えびちゃんの山行記録
(注)最初に
概 要 ![]() 釈迦ヶ岳の旭登山道口に車をおいてMTBで林道を下れば中の川の出合まではアッという間に行けるので、早朝から登り始めることができる。単独でもあり本格的な沢登りができない私は、中の川の主要な滝がある下流部分は国土地理院の1/2.5万図にある右岸の点線(登山)道を登り、滝が少なくなるポイントから谷に入っていくこととした。稲村ヶ岳キレット直登行や弥山川遡行等での数々の失敗した経験から、前夜に自宅を出発し登山口泊を含めた2泊2日の無理のない計画がこうして完成した(はずであった)。
06:42 釈迦ヶ岳登山口(旭の峠) ![]() ![]() 09:15 山小屋から中の川へ 吊り橋を渡り登山道?(道標なし、作業道?)を進み、旭小屋(だったと思う)と書かれた小 屋には難なく到着した。ここには旭の川出合から索道が通っていて荷物などを運搬できるようになっている。ここから中の川に入って行くが、すでに大きな滝のほとんどはパスできているはずだ。 いきなりドボン!思ったよりも手強い川であった。念のために持ってきていた地下足袋と「わらじ」が最初から大活躍する。しかし、腰までつかると頭の中までツーンと痺れた。ここで足を滑らして滝に落っこちても誰も助けてはくれないので、途中から滝という滝は全て高巻くことにした。 ![]() 12:00 ゴルジェにて どうにも高巻けない滝に至る。両岸は目も眩むような高い崖でどうにもならない気がする。しかし、後戻りも既にできない所まで来ているので、左岸の壁を所々生えている木を頼りにほとんど垂直に登っていった。もうちょっと登れば巻けると思って高度を上げていく内に、40mくらいは登ってしまっただろうか、上にも下にも行けなくなってしまった。さて、困った。。。 木の枝に引っかけてフワフワと飛んでいく帽子。気の遠くなるような崖の下へ落ちていった。どうしようか?しばらく悩んだ末に、ザックをおろして木にくくりつけ、空身で降りていく。「体が軽い!」ザックがなければどんな所でも登れそうな気になってくる。帽子を拾うとそのままオーバーハング気味に絶壁の頂上まで登り、ザックをロープでつり上げた。このとき初めてザックの異様な重さに気がつく。もっと軽くしておくべきだったが、後の祭り。。。 ![]() ![]() 13:54 黒滝に到着する。 40mの大滝。ここからは、先行するグループの行動を参考にしながらの遡行であり、だいぶ気が楽になった。が、何度か見失い、やっぱり火事場の馬鹿力的な腕力を駆使しながらの高巻きが続いた。 ![]() ![]() 15:00 最後のテント・サイト 川の流れが弱まる河原で、先行のパーティーはテントを張って宿泊準備を始めた。私は、七面山うまくいけば楊枝の宿まで足を伸ばす計画であり、そうでないと明日が大変なことなるので(今日はもっと大変だが)先に進むことにした。しかし、このペースでは七面まで行けるかも怪しい。足元をみると、わらじは既にボロボロで、要をなさなくなっている。つるつる足が滑って何度もこける。実は昨年の夏に使ったものをそのまま持ってきていたのだ。わらじの使用は2回が限度である(1年以内が限度)と思い知った。 しかたなく、ここからはゴアの登山靴に履き替えた。正解!足の裏が痛くない(^^)昔の人は良く地下足袋で歩いていたものだと、つくづく感心してしまう。しかし、感心している場合ではない。川水が途切れる寸前に水を補給し更に重たくなったザックを背負ってだんだん急になる谷筋を両手両足を使いながら這い登っていると、夕日が背を差しはじめたのだ。日が沈むまでに尾根に到着しなければテントも張ることができない。何度も偽ピークに泣かされながら、ごろごろ崩れる石に這いつくばり、草の根を握りしめながらひたすら登りつめると、ようやく尾根に到着した。時間は17:35。まさに暗くなる寸前であった。 ![]()
西峰にて夜を明かす。 ![]() あけぼの平の夜明け 翌朝の七面山、あけぼの平は「最高!」の一言。完全な紅葉にはまだ少しであるが、そんなことは関係なく感動してしまう風景である。できればここで夜を明かしたかった。。。 ![]() ![]() 奥駆道への道 奥駆道への道は、微かな踏み跡とテープを頼りにして歩けば間違うことはない素晴らしい道である。言葉では表現できないが、時折ぶら下がる赤黄テープが無ければ泣き出したくなるほど、人の臭いがしない空間であった。ここではコンパスを何度も確認することが必要である。でないと、間違って弥山の方へ歩いてしまうかもしれない。奥駈道から七面山を示す道標は皆無であるうえ、・1633のピークは立派な山頂であるにも関わらず名前が付けられていないため、何の標識もなく本当に奥駆道であるのかさえ不安に感じてしまう。 ![]()
09:35 楊枝ヶ宿 ![]() 七面山をもっとも正確に表現する構図だと思う 12:00 孔雀覗 仏生ヶ岳と同じく孔雀岳の山頂も、なぜか登山道は巻いているので、立ち寄ってみたが何も無かった。道標などから一般的に孔雀覗と呼ばれるポイントが孔雀岳と呼ばれているような気がする。確かに縦走路の南からは孔雀覗のポイントは尖って見える。孔雀覗というだけあって、ここから眺める五百羅漢の岩石群は素晴らしいが、写真で見るとそのときの感動が色を失ってしまうのでここに載せるのはやめた。 ![]() 13:20 釈迦ヶ岳 奥駈道に入ってからは、岩場もあったが身の危険を感じることはなく、思いの外早く釈迦ヶ岳に到着したので、濡れたシートなどを乾かしながらゆっくり休憩した。ようやく心に余裕がでてきたのか、昨日はいずり回って血だらけになったスネが気になる。 ![]() ![]() 大日岳は眺めるポイントによって姿を変えるらしい 終わりに 今回の山行ではもし誤ったら命が無かったと思える場面が何度かあったが、基本的には安全マージンを取って行動したつもりであり、食料も普通に食べて2日分は残った(それがザックの重くなった原因であり、所要時間が倍加した理由ではあるが)ということで、精神的には「遭難してしまうんではないだろうか?」なんて気持ちはほとんど起きず、心にもかなり余裕があったので無事に下山できたのだと思う。しかし、遭難してしまったらそれは無謀な山行の言い訳に過ぎなくなる。七面山(中の川)は、単独登山のそういう危険性を改めて私に教えてくれた。 ![]()
おそらく、この山行がきっかけで私は積極的に単独で山に登ろうとしなくなったのだと、今なら分かる。この時に「えびちゃんの山行記録」は終焉に向けてスタートしたのだろう。こうして冒険する時代は終わった。まさに禁断の山行である(後日追記)
|