八尾市立歴史民俗資料館 河内木綿の部屋(4)
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(4)−3 河内の手織り機
下機
 (しもばた)


河内木綿を織り出した織機はどのようなものだったのでしょうか。
江戸時代、河内では「下機(しもばた)」と呼ばれる手織り機(ておりばた)を使っていたようです。


▲復元された下機

下機(しもばた)とは河内地方の呼び方で、当時のある書物では「木綿機(もめんばた)」とも書かれています。

伝統的な日本の手織り機には、大きく二つの種類があり、

経糸(たていと)を機自体で固定する形式の「高機(たかばた)」と、
織り手が経糸の腰につける形式の「地機(じばた)」にわけられます。

下機は、後者の地機に属する織機です。

写真でもおわかりのとおり、織り手が腰板で経糸とつながっています。この腰板の使い方、及び招き木と呼ぶ部品を足でうまく操作して、経糸を上下させたり、糸を張ったり、緩めたりして、横糸を入れていきます。
高機に比べて、熟練の技が必要ですが、織り手の個性がよくでる織機といわれています。

なお、横糸を入れるのは、刀杼(とうじょ)と呼ぶ道具を使います。この道具で、横糸を通す作業と、打ち込みの作業がともにできます。



実は最近まで、河内木綿を織っていた織機はほとんどみつかっていませんでした。わずかに東大阪市立郷土博物館の下機が一例確認されているだけでした。しかし近年、八尾市内の旧家で下機がみつかり、その他のところでも少しづつ確認されています。


八尾市内の旧家で見つかった下機
(個人蔵)


資料館では、
東大阪市郷土博物館の下機と八尾市内で発見された下機の復元資料を、
専門家の方に製作していただき、帝塚山短期大学織物研究室(代表植村和代教授)の指導を受け、
機織りの実践を試みました。
現在、ホール「河内木綿コーナー」に、糸を通して展示しています。






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