八尾市立歴史民俗資料館 河内木綿の部屋(3)
ページ内容の無断転用等はご遠慮ください。

(3)−1 江戸時代の綿作り
(『綿圃要務』より)
<2>灌漑、肥料、手入れ



<2>灌漑、施肥、手入れ
  綿に水や肥料をやったり、手入れをしたりする

 
この図は、綿に水や肥料をやっているところです。

上側の図は、水肥(みずごえ。糞尿の混合物)をやっているところです。芽が出始めたところの側に鍬で溝をつくり、桶で運んできた水肥を流します。

下側の図は、底に穴をつけた「底ぬけ担桶(そこぬけたんご)」で水をかけているところです。底に棒で開閉できる栓があって、井戸や川から水を汲んできて、必要なときに栓を開けて水をかけます。
ただし、このやり方は綿が小さい頃までで、大きくなったら、畝の間に水を流して、根元に水をかけます。
    この図は、生えてきた芽のうち、よいものだけを選んで、残りを抜き、生えていないところに植え替えをしているところです。
蒔いても、芽がでない種もあるからです。

 




▼木末(きすえ)の芽を留(とめ)る図


現在の暦で7月くらいになり、
綿が腰あたりまで成長すると、
先端の芽(木末の芽)を摘んでやります。
こうしないと、どんどん背が伸びるだけで、
ふっくらとした綿の実ができないからです。
葉ばかり繁らせてはだめなのです。



次のページ(江戸時代の綿作り<3><4>)へ

前のページ(江戸時代の綿作り<1>)へ戻る


河内木綿の部屋の最初に戻る



八尾市立歴史民俗資料館のトップへ戻る