Poems 詩

  
 学生時代から「書くこと」に興味を持っていた。ゲーテやハイネ、藤村やヴェルレーヌそしてフレノーやポーなどの詩を読んでは、それらの持つ清潔な叙情性に憧れ、模倣的な詩を書いていた時代があった。
 また、大岡信や谷川俊太郎、そして吉岡実などの現代詩にも刺激を受け、現代という錯綜した時代に現代詩の形式を借りて、自己を表現したいという意識に駆り立てられた。  K.Y


Tomorrow in Rose Garden バラ園の明日
                         
鉄の扉が重々しいバラ園の午後。
木製のベンチがひっそりと置かれている。
ぼくは腰を下ろす。
詩集を片手に
ぼくは濃いコーヒーを飲む。

コーヒーの香りに
バラの香りが混ざる。
初夏の日差しが
淡い木陰を浮き立たせている。

読書に疲れた後、
石畳の小道に沿って
ぼくはゆっくりと庭園をめぐる。
閉ざされた空間を彩るバラ園の迷宮。

少女の微笑みを投げかけるコックテイル、
新妻の唇の色を浮かべるアルテシモ、
尼僧の祈りの姿と重なるサンショウバラ、
神殿の玉座に光るクイーンエリザベス。

かつて、多くの詩人達に
妄想と嫉妬の刺を打ち込んだバラの花よ。

詩人の墓碑銘はぼくに語る。
「バラの刺に近づかないほうがよい。
それでも近づきたいのならば、
常に血を流す覚悟をせよ」

10年前の記憶がよみがえり、
ぼくはバラの香りにむせかえる。

「ねえ、あなた。
私たちにはもう時間がない。
憎しみ合うだけの時間は残されていない。
このバラの花も今を盛りと
命の輝きをいや増しているけれど、
明日はもう、
誰も見向きもしないわ。
滅びゆくものだけが美しいのよ。」

ミドリはそう言い残して、
ぼくから去った。

バラの花がさきみだれる季節になると、
ぼくは決まってミドリのことを、
彼女と過ごしたバラの日々を思い出す。

今でも
ぼくの胸の奥深くに、
ミドリの言葉が
バラの刺のように突き刺さり、
深紅の血を流し続けている。

バラ園の午後は
ひっそりと静まりかえり、
バラたちの秘めやかな
吐息が聞こえる。
バラの樹間を通り抜けてきた風は
透明で、
空まで蒼く透き通っている。

最後のコーヒーを飲み干し、
10年前の思い出を胸に
ぼくはバラ園の鉄の扉を閉める。
扉の閉まる音を聞きながら
振り返ることをせず、
ぼくは歩き続ける。


Blue Coral Reef ブルーコーラルリーフ
               
視界が開けると
ぼくは浜辺に立っていた
目の前にマリンブルーの海が広がる
遠浅の海はベネチアングラスのように透明だ

新鮮な磯の香りがする

浜辺の砂は白い珊瑚礁の
風化した無数の粒からできている

手の平にすくうと
指の間からサラサラとこぼれ落ちてゆく

ぼくはマングローブの木陰に腰を下ろし
しばらく白い波を眺めていた
それから砂の上に寝ころんだ

頭上に水色の空が広がり
淡い雲が浮いている

マングローブの葉裏に 
夏の日差しがあたり、白く輝く

梢が風に揺れている
波の寄せ来る音
返す音が聞こえる
遠くで海鳥の鳴き声がする

ぼくは眼をつむる
潮風とともに
さらさらとした時間が
ぼくのまぶたの上を流れてゆく

「私、魚になってしまったみたい」
髪の先からしずくをたらしながら
ミドリが海から上がってきた
スラリとのびた白い足がまぶしい

ミドリはぼくの横に腰を下ろし
珊瑚礁のあいだを泳ぎまわる
魚のような眼付きで
沖の白波を眺めている

泳いだり休んだりしながら
ぼくたちは一日を過ごした

夜、浜辺を歩きながら
ミドリは「もう人間にもどりたくない」
そう言って泣いた

入り江の海はおだやかにうねり
月の光が波に当たると
金色のグラスのように
輝いて砕け散った

だが、翌朝になってみると
ぼくたちはやはり
人間にもどるよりほかに
しかたがなかった


Love in Autumn 秋の恋
      
ピンクのコスモスが
風に揺れる
白いコスモスも
風に揺れている
サンシュユの葉が
黄色く色づき
その葉裏では
地中海の落日のような
紅い実が
秋の日差しのなかで
輝いている

「僕たちの時代はもう
過ぎ去ろうとしているのだろうか」
僕は君につぶやく
君は枯れかけた黄菊を手折り
唇に寄せる

芝生の中央に置かれた
ギリシャ様式の
白い椅子に
秋の陽がきらめく

「私はいつも
こんにちはの挨拶の代わりに
さよならを言うことにしているの」
君は小鳥の声で
つぶやく

僕たちは芝生の上に寝ころび
空を見上げる
空は透明なアクリル板を
ひっくり返したように
青くたわんでいる

ウクライナの空も
こんな青色に
染まっていただろうか

空は深い海のように
僕たちを沈めてゆく
やがて
秋空の海底深くに
僕たちは降り立つ

「ずいぶん遠くまで
来てしまったようだね」

「それほどでもないわ
冒険という言葉を
思いだしただけのことよ」

僕たち異邦人のまわりに
魚たちが集まって来る

「さようなら」僕はあいさつをする
「さようなら」魚たちは答える

海の底から空を見上げると
空は魚のうろこのように
銀色に輝いている

銀色の空に向かって
僕たちは上昇する
ペルシャ湾の空も
銀色に輝いているのだろうか

ピンクと白のコスモスが
風に揺れ
芝生の上の白い椅子は
秋の日差しに
金色に染まる

僕たちの時代は
もう暮れようとしているが
僕たちも
秋の日差しを浴びて
かすかに
透き通り始めている


Our Love ぼくたちの恋

ぼくの机のひきだしのなかに
湯気の立つコーヒーがしまってある
そのコーヒーカップを取り出し
机の上にそっと置く

今日は何が出てくるのかな
カップに指をそっと入れ
ゆっくりかき回すと
カラカラと乾いた音がする

コーヒーの香りとともに
カップのなかから
ぼくは、ぼくのあばら骨を
そっとつまみだす

しずくを切って
机上のスタンドにかざしてみると
数千年前の
あの「こわばった笑い」が
ゼラチン質にとじこめられて
ぼくのあばら骨に
へばりついている

「誕生日おめでとう
これでやっと大人だね
これ君へのプレゼント」
ぼくは、ぼくのあばら骨を
彼女に手渡した

「ありがとう
これでやっと
セピア色の恋に
別れを告げられるわ」

恋>解体>詩
始源の海<再生<死

「わたし
海の見える丘の上で
最後のワインを
飲んでみたいな
永い間
そう思っていた
白い風が吹いていて
髪まで白く
染まってしまいそう」

「さようなら
あなた
シャガールの魚のようなあなた
青い魚のようなわたしたちの恋
さようなら」

こうして彼女は
ぼくのもとを去った

ぼくのあばら骨にへばりついていた
あの「こわばった笑い」は
今でも彼女の横顔を
のぞき見しているのだろうか
青白い顔をして
のぞき見しているのだろうか


Riverside Garden リバーサイド・ガーデン

ぼくの家には庭があり
庭を横切るようにして
小川が流れている

父がぼくに買ってくれた小川だ

土曜日の朝は庭に出て
小川のほとりで遅い朝食をとる
焼き立てのクロワッサンと
コーヒーの香りがただよう

小川の堤には曼珠沙華が群生し
秋海棠の花がうなだれて
水面をざわめかす

「明日私は日本を離れます
そしてあなたの元へは
二度と戻らないつもりです」

「君は以前に比べて
ずいぶん強くなったね」

「これがあなたに対する
私の最後の愛情だと考えてください
あなたは強くなろうと
しないだけなんです」

そう言ってミドリは遠くを
見つめる目つきになった 

ハナミズキの葉は黄色味を帯び
エーゲ海の落日のような赤い実を
つけはじめている

彼女は最後のコーヒーを飲み干し
ぼくの元から去って行った

小川に沿って回廊をめぐり
ツルバラのアーチをくぐって
ぼくはぼくの1990年代に
どんなさよならの言葉を贈ればよいのか
考え続けている


Passing Spring 行く春

デイジーの白い花の影が
芝生の上に浮いている
萌えはじめたシャラの樹の若葉が
四月の日差しをはねかえしている
セキレイの鳴き声が
芝生の上を走る

「春の光がこんなに明るいのに
いま何かが終わりつつあるということが
ぼくには信じられない」
ぼくの言葉を聞き流しながら
白いテーブルの上にミドリはコーヒーを置く

山並みが淡い緑に輝き
彼女の瞳は藍色に染まる

「風までが光るこの四月の空の下こそ
ものみな明晰であるほかはないでしょう
わたしはそう思う
確かに終わったのです」

彼女はデイジーの花を二輪切り取ってきて
一輪を僕に手渡した

「あなたはむりやりに明晰であろうとしているように
ぼくには思える
春の光はまばゆいけれど
その背後には
ゆらめく影の世界が存在するはずだ」

白い蝶が二羽
芝生の上に影を落とし
やがて別れて消えていった

「ひとつのことが終われば
必ず新たなはじまりが来るものです
一粒の麦死なずば
ふたたび萌えいずることなからむ
そう考えるだけでもいいじゃないですか」
ミドリはコーヒーを飲み干した

ポーチの階段を下りて振り返ると
彼女の顔は青ざめて見えた
ぼくは両手を彼女に向かって差し伸べた

ミドリは静かに頭を振り
「さようなら私たちの恋」と言って
ぼくの前から姿を消した