参道にはすずむしがうるさいほどに鳴く。がちゃがちゃすいっちょがすむとこおろぎで、仲秋の名月にはもうなんにも鳴かず、鳴くのは坊主の耳鳴りばかり。とにかく夕立が降ったらもう鳴いている、あれっと思う。秋の七草と同じ、気の早いのは人間さまの方か。歌というものはこんなふうに作るんだと思い当たった作品、能なしでいっぱし歌になるには、どえらい苦労する。

山門をとく夕立の降り止めばいついつ鳴かむ虫の音ぞこれ

雲水になって、墨染めを着て托鉢して歩く、良寛ゆかりのなと云うどころではなく無我夢中、はざうらの早稲の田んぼに烏が群れる、気違いゴッホの絵を見るような、いっそ自分が烏になったような。

いやひこの早稲の田うらを谷内烏なんに舞ひ行く西山曇る
蒲原のはざうら田井を谷内烏なんに鳴くなへ日は照りまさる


・はざ=田圃わきにたまぎという木を並べ植え、稲を刈り干す、蒲原平野の風物であったが今はもうどこにもない。
・西山=日本海側に続く丘陵、西山に日が沈む、西が曇れば雨が降る、西山に対して東山という、東山寺の呼び名。
・万葉にある、伊夜日子のおのれ神さひ白雲の棚引く日すら小雨そほふる、という弥彦を望んで東西南北中蒲原と、越後平野そのもの。漱石の坊ちゃんのばあやが蒲原の出。

稲を刈ろうとすると雨が降る、なにか物悲しいような。

谷内烏鳴くも悲しえ蒲原の早稲の田うらに雨もよひする

嫁日照り、どこの村行ったって一人や二人嫁無し、寺としちゃ檀家が消える。

かかと鳴く烏にあらん高畑の六郎屋敷も嫁は来ずとて
夏草の刈らずてあればかかと鳴く烏も外けて六郎田んぼ


・大面村=おおもと読んだ人を知らぬ、東山寺の大字小滝も旧大面村で、跡継ぎで揉めたから大面のおおもめ寺と云う。このあたり五十嵐小文治の大むかしから開け、上杉謙信の頃の地図には、山沿いの街道筋から弥彦山までずうっと海であった。大面おおもというのは水際の名であるという。

大面村松がへわたる雲間ゆも押し照る月に小夜更けにけり

笹川の流れというのは岩船郡朝日村にある景勝地、真っ白な砂は鳴き砂であった、山百合が百幾つも花を付けて咲く。お寺を持ってから行ったら、どこかわからない。聞いたらここだという。そうかねえ、なんだかどうもって、夜はやっぱり笹川の流れ。

岩船に棹さし行くか笹川の流らふ月を見れど飽かぬかも
月詠みも年はふりぬれ笹川の流らふ雲を見れど飽かぬかも


群らふ鷺茂み田うらが夕のへも吹く風しのひ秋立ちにけり
郷別けの中なる川に橋かけてわたらふ月は清やにも照らせ
郷別けの中なる川に橋かけてわたらふ月は池島に行く


おふくろが栗を植えた、早稲は山栗よりもおいしかった、苦労しっぱなしに死んで、栗はまだある。嫁っこ欲しくなると栗の夢見るといったのは、おふくろだったか。

若栗はいついつ稔るあしびきの山押す風に問ふても聞かな
若栗の稔らふ待ちにあしびきの山押す風がなんぞ恋ほしき


・あしびき=足を引くからあしびきだと思ってます。

大面村沖つへ行かむ鷺つ鳥泊てむとしてやまたも舞ひ行く
蒲原のはざうら田辺もいついつか秋になりぬれ雨降りながら
大河津わけても降れる長雨のまふらまふらに秋の風吹く
茂みむら吹く風しのひ大河津舞ひ立つ鷺の姿さへ見ず


・大河津分水=信州から廻りめぐって来た信濃川が、中越のこのあたりへ来て急カーブする、中之島は三年にいっぺん米を取るという、つど大洪水に見舞われて来た。明治時代大竹貫一という人が、私材を投じて分水を作り海へ押し流す。それはもう大変な工事だった、去年から改修が行なわれている、桜の名所。
・しましく=暫く、枕詞は無意味というけれども、しかすがにが霞のかかるイメージングのように、どこか風景そのもの、色合いがあると思ってます

米山さんから、ぴっからしゃんから雷鳴ってという、寺にも米山薬師の石搭がある、戸隠へお水取り、あるいは米山参りが、田んぼの村々の行事であった。ここは弥彦の真っ正面だけれども、なにしろお米の米山さん。

三島なる橋を越えても長雨は降り止まずけむあれは米山
谷内烏ぴっからしゃんから米山の早稲の田うらに夕焼けわたる
群雀ぴっからしゃんから米山の穂向き寄りあへ夕凪ぎわたる
こんぺいとうに赤のまんま咲き咲く門前は刈り終えてすでに久しき


伝兵衛さは寺の大旦那であった、終戦農地開放、事業に失敗して、名にしおう伝兵衛屋敷は買い取られて行った、こじんまりした家に住んで、さまざまな花が咲く、秋海棠をわしは貰って三回絶やして四どめが咲く。せがれが上級公務員試験にパスして文部官僚になった。

つゆしのふ長者屋敷はいにしへの早稲の田浦を押し分け行かな
つゆしのふ長者屋敷は満月のこれや小萩と押し分け行かな


ドライブをする、一時間もあれば魚沼から上越からたいていの所に行ける

芦辺なす十二社の寄りあへに人住む里と我が問ひこせね
山を越えここは何処か植うる杉の折れしだえつつ人も老ひぬれ
妹らがり問へるもあらんあしびきの山尾の萩の風揺れわたる


・渋海川は松之山から出て信濃河へ、信濃河についで長い流域を持つ、地滑り地帯の、松のしぶのようにたいてい濁っている。十二社のことはわしにはよく知らない。中古ワゴンを買って雲水どもと、テント鍋釜シュラーフ一式持って東北旅行に出かけた、いらんものは五月と稲刈り坊主という、その稲刈り時、たいてい葬式はない、
「おめさまの世話にならんきゃなんねえ。」
大婆さわしに云えば、
「なこと云って貰っちゃ困る、田んぼ終わってからにしてくれ。」
中婆さ必死こく、でその通りになった。今は人間がわやになったしわからない。
七号線を行く。

むかし助平な殿さまがいて、よかりそうだとすぐに手を出す、それ故目だけ残してすっぽりかぶる手拭いは、日除けになる。余目というのは、これが呼び名ではなかろうかって、田んぼは誰もいない。

余目のこれや乙女を見まく欲り早稲の田浦に吹く風のよき
鳥海の廻らひ行ける久しきに遊佐の松らに出羽の風吹く


中学生のころ秋田市に住んだ、記憶に残っているほどのものは何もなかった、千秋公園のお掘りと、取り壊すことになっている木の内デバートと、秋田杉の太平山まで、トロッコに乗って昆虫採集に行ったが。

我がおくの長けき思ひは大杉の太平山とぞただずまひけれ
行き行けば風を清やけし雄物川浮かべる瀬々に思ほゆるかも


碇ケ関は東北第一の関所かと思ったら、温泉があって殿様が浸かりに来たというだけ。新幹線が過る。田代の大杉はうっかり見過ごした。

行く春を忘れて思へや水の辺の碇ケ関とふおくの清やけさ
みちのくに雪を迎えむ大杉の出羽の田代とこれの清やけさ


いったん弘前へ入る、なつかしい感じがする郊外、つげ義春の世界へ入ったような、昭和三十年代のような。

僧我れや六十を過ぎて訪はむりんごの国の何を悲しと

青荷のランプの宿は大流行り、予約しないと入れない、大小の混浴があって、うっふっふ若い女の子がわんさか。谷川の辺り、電気も来ているやらせのランプ。油煙の掃除が大変だと思ったら、このごろ油は上質で、そうさなあ、番度び子供の小さな手を借りずに済む。もっともランプ点けられりゃ、あとやることは一つって、雲水ばかり。

名にしおふるランプの宿と聞き越せど川音のみぞ清やけかりけれ
門付けて我も行かめやじょんがらの津軽の郷に雪降りしきり


奥入瀬川。

いにしへの月を知らじや行く秋の長けき思ひを奥入瀬の川

酸ケ湯には入らなかった。近くに地獄谷という、ぶくぶく湧き出していて、初秋の蝶が飛ぶ、きべりたては、えるたては、くじゃくちょう、山たずのここを何処か名にしおふる酸ケ湯と云ふぞ舞ふらむ蝶も三内丸山遺跡は見ものであった、掘り跡を展示してある、大小無数の土器群。例の栗の巨木の六本柱や、集会場やくず屋根の家がみな復元されて並ぶ、入場無料ガイドまでつく。もしや住むにもいいし、あんなの僧堂に欲しいなと思う集会場。一メートルもある鯛やひらめの骨。むかしも今もだが同じと、そりゃ当然。

日は上り月は廻らへ三内の埴輪の眉の空しゅうもありて

野辺地はなつかしいという、まさに旅に出たという。帆立ての貝殻の巨大なピラミッド。

下北は遠くにありと思ふれど吹く風しのひ野辺地を過ぎぬ
ここをかもいずこ宿らむはまなすの茂み野辺地に風吹きわたる


下北温泉

行き行きて終ひの宿りを下北の松美しき夕凪ぎにして

なんでも屋兼温泉宿のかあちゃん、食い切れぬご馳走を出して、元気いっぱい、
「恐れ山の大祭さ来た坊さまだけ、おめさま方。」
「わかんねわかんね。」
こっちもなんとか弁。

枯れ葦にもがりわたらへ下北の恐れの山ぞ我れ他所に見つ

艦艇が並びレーダーサイトあり、広大な宿舎、海上自衛隊基地、陸奥湾には立派に稲が稔る。

国民の鎮守めなれこそつゆじもの忘れて思へや陸奥の稲群

川内川という夢のように美しい川があった、やまめの泳ぐ碧いかんらん石の淵。上流には戊申の役のあと、会津藩士が移り住んだ、そのまあ実にたいへんな暮らしを、子弟の教育だけは忘れなかったという。

もののふはここに長らへ下北の清き川内と笹鳴りすらむ
初々に雪は降りしけ会津らがこれや川内と笹鳴りすらむ


仏ケ浦という奇岩絶壁

時のまに海は荒れなむさひはての仏ケ浦とふ舟の寄りあへ

本州北端の大間岬からフェリーに乗って。

出船にはなんに鳴くなへ海猫の大間の浜に秋を暮れなば
手ぐす引き鮪釣るらむ波の辺は寝ねても渡れ津軽の海ぞ


これは別の年に北海道へわたった記録である、新潟港夜の十一時のカーフェリーに乗って、明くる日の午後五時小樽着。それはもうのんびり過ぎるほど乗って、大島小島が見える。

神威かもアイヌにわたる吾背子が舟のしりへに寄せあふものは
大島や小島の沖に寄るさへやくしくも思へ暮れあひ小樽


札幌に弟子がいて一泊、チェロを習っている、生は遠慮して、CDでカザルスのバッハを聞いた。

カザルスのバッハを聞くは札幌の街の辺にして涙流るる

彼を慕う女の子もいた

ウルップの北海沖をしましくは一つ木の葉に舞ふぞ悲しき

北海道のへそ富良野を通り越して、金山湖畔に泊まる、えぞぶきとせりの花と。

蕗の葉の露にもしのへさひはての見果てぬ夢を金山の郷

ライダーの宿五百円というのがあった、歩くのはトホラー自転車はチャリラーで、北海道の青春。

ライダーの宿とは云はむ過ぎ行けば残んの夏を芹の花ぞも

丸瀬布温泉はもうオホーツクで、雪の辺に桜のような花の咲く写真があった。

あけぼののオホーツクかも雪の辺に李咲くらむ知らじや吾妹

サロマ湖

行く秋をここに迎えむサロマ湖や寄せあふ波はオホーツクの海
岬には花を問はむにオホーツクの波風高し行くには行かじ


知床

知床やウトロ岬のかもめ鳥何を告げなん行く手をよぎる
知床に海人の大網差し入れて迎えむものは二十一世紀も
知床の花の岬を今日もがも神威こやさむ我れ他所に見つ


白糠、馬主来バシュクルと読む。

暮れ行けば宿を仮らむに白糠の鮭ののぼるを眺めやりつつ
行き暮れて宿らむものを馬主来の右に問へれば左へそける
いにしへゆ神威廻らへ北海の寄せあふ波に満天の星


へえいわな釣りか、ふんじゃラッコ川へ行けと、ガソリンスタンドの兄ちゃんに教わる、釣れた。

ここをかも神威こやさむ夏をなほラッコ川とふ舞ひ散る落ち葉
ここにして残んの酒を汲み交はしつとに終えなん鱒釣りの旅


襟裳岬に秋の夕陽

秋の陽を寄せあひすらむ島影や襟裳岬を過ぎがてにせむ

・過ぎがて=去り難い、がては難。

門別に鳴る神わたり廻らへば過ぎし空知は如何にやあらむ

雨が上がって札幌も百万ドルの夜景

えぞ鹿の声だに聞かじ夕霧らひ行くにはい行け石狩の野を

軒先に萩がある、冬は刈り春は芽吹いて人の背丈を越す、たいてい雨が降ってせっかくの盛りを散り敷く。

我が宿に帰り来つれば長雨のしだれも萩は咲き満ちてけり
しだれつつ今夕も萩は咲き満つに雲間も出でな十四日の月
寝ねいつつ虫の鳴く音に行き通ひ今宵は月の出でずともよし
長雨のしだれ萩花散らふれば山の門とは誰を待たなむ


備中の奥あへ深み老ひだたす村にしあらむ山鳥の行く
山古志の尾上の萩をいついつか廻らへ行かむこは雲に鳥
山古志の萩の尾上を咲き満つるなんに鳴き行くこは月に鳥


上杉影勝扈従丸太伊豆守は東山寺の開基さん、目の前の山に大面城を築く、今は林に垣の跡が残るだけ。札幌の板垣市長は大面村出身であって、寺を尋ねて来た、伊豆守の子孫であると主張する。

武士のいにしへ垣のいつしばも押し照る月を読み人知らず
野別け吹くあした門とは八重葎秋をあきづの群らふるよしも

・いつしば=した枝、しば、それといつかという意味がある。

栃尾からトンネルが出来て入広瀬まで一時間で行く、破間(あぶるま)川の上流、一冬に雪を十何回もかき下ろす、むかし日本のチベットと云われた。

吹き荒れぬ萩にしあらん吾妹子や雲井の月に追はれてぞ来し
入広瀬遠き芦辺に月出でてなんの群れかも鳴きわたらる
広神のあぶるま川の瀬を早みしのふる恋もつり舟の花
吾背子や恋ふらむあらば破間のしぶきに濡れてつり舟の花


闘牛で有名な山古志村は、山のてっぺんまで道がつき、村があって田んぼがあって、村があって田んぼがあって、うっかり行くとラビリントス、牛は実際に見るとどえらい迫力。

山古志のこの奥の井に我が行くか初々萩の咲き満つるまで
山古志のこの奥の井に我が行くか人を恋ふらむ道の如くに


片貝の花火は四尺玉を打ち上げて、何十キロも離れたここへ聞こえる。弟子が婿養子になってお寺へ入る、それがいい嫁さんであって、二人して見に行った。

初秋をなんの音かも片貝の花火にあらん雨は上がりて
名にしおふる花火と云ふぞ片貝の二人して行け汝とその妹と

三十年住んで庫院の改築があった、戊申の役に丸焼けになって、応急に建てた大きな真っ黒けの梁もとうとうおしまい。新婚旅行は裏山にぜんまい取りに行った、老夫婦も今日は新室祝いーにいむろほがい。

夫婦して秋はたけなは野しおんの花の門にするめ一対
汲み交はし祝ひ廻らへ野しおんの花の門もめで鯛一尾


塚の辺はかやつり草も茂しきに勇名居士なむ搭婆を建てて
塚のへはかやつり草も茂しきに勇名居士なむ雨にそほ降る
時を超え帰り行くとふヒマラヤの花の谷間の青きけしはも
フィレンツェの手料理となむ君もしやポテッツェルリの春の如くに


これは全国版のニュースになった

見附路や昨夜死ぬるは酒にして火炎茸とふ食らへる男
見附市の議員になるし清一郎永眠せりしは夏の終わりに
一箇だに打ちだしえぬとな思ひそね柿をたははに底無しの天

五郎兵衛どんに嫁が来たよかった、坊主も招ばれて行った。

五郎兵衛の嫁取りならむ大面村田ごとの松を押し照る月も
長け行きてしましく夜半の目覚むれば雪のやふなる月にしあらん


常波川は阿賀野川の支流、津川から遡る流域は、県境からこっち、笠掘の裏側まで来ている、山が険しくこっちからは行けない、津川は会津越後間の交易で盛った。森や山のみずみずしく美しい。

常波の問ひしはいつぞよしえやし踏みし石さへ忘らえずあれ
月かげのすみ故郷にあれやかし山も草木も常波の川
我をまたつげ義春のいにしへゆ花に問へりし津川の街は
我をまたつげ義春のいにしへゆ月に問へりし津川の街は


曼珠沙華彼岸花は冬もおもとのような葉があって、それが枯れて花はとつぜん伸びだして咲く。

二十世紀ふりうつろへな曼珠沙華年老ひ人の思ひも行かず
二十一世紀ふりうつろへな曼珠沙華さめが井の上に人の声を聞く
エルニーニョ曇らひも行け曼珠沙華狂人北斎の筆になるとふ
つくつくほうし名残り鳴くなへ曼珠沙華六十を越えて問へるは誰そ


秋は紅葉の

清やけきは紅葉下田を追ひ分けていつか越ゆらむ牛の尾の郷
六日町ここはも何処しの生ふる忘れ田代を見れば悲しも
五十嵐の夕を押し分けしの生ふる忘れ田代を見れば淋しも
芦辺刈る人をもなけれこしみちの津南の郷を忘れて思へや 
湯の煙見まく欲しけれ八十氏の破間の瀬にもみじいや増す
年はふり杖をたよりに行く秋の思ひもふけぬこは梅もどき
下関の三郎屋敷をしぐれつつ荘厳せむは若き楓も
刈谷田の郷分け中に橋かけて降りぬしぐれはひもすがら降る
群つ鳥宿らふ池は田屋を越えしましくこれの霧らひ立ちこも
山古志の金谷の郷に行き立たしなびく雲いがなんぞ恋ほしき
早出川奥の井紅葉見まく欲り行くには行かじ道ふたぎける
早出川舞ひ立つ鳥の群にして人知れずこそ秋は長け行く
舞ひ行くははやぶさならむ八木鼻の松の背うらに秋は立つらく


出雲崎は良寛ゆかりの地で、弟子が托鉢したらえらい持てたという、柏崎へ行ったらけんもほろろ、おまえさもそういうことしてねえで早く定職に付けって、ばあさに云われたそうの。

出雲崎なんのえにしか廻らへる松の浦戸に日は落ちきはむ
年のへも秋は長け行く何をなす焼酎柿を二人し食らふ
年のへも荒れけむ夕のしのを分け鴨打ち猟の支度せるらく


信州との県境にある秋山郷は、平家の落ち人が住むという、秋山というだけあって紅葉がすばらしい、どこかに宝が埋まっているなと、きのこ狩りに行って、きのこをおみやげに買って来た。

守門の山に降って一月して雪が来る、その間は上天気だったりする。

広神の松の梢に月かかり帰らひ来れば我が門辺に
守門なる嶺いは降らで廻らへる刈谷田すすきおほにも思ほゆ

先々住のせがれが兵隊に行って持ち帰ったという、これは柳か、泥の木か、喬木となって穂棉を飛ばす。晩秋である。

いやひこの天つみ空に舞ひ行かな汝は満州の泥の木穂棉

木枯らし一番

田の末の良寛さんや木枯らしのおらあがんとぞ吹き荒れ行くに
木枯らしの吹き荒れけんに与板なむ橋を越えたるそれの閑そけさ
与板なむ橋を越えてもしましくは吹き荒れ舞はむ郷別け烏
束の間に松も枯れたり国上山おらあがんとぞ月の流らふ


・良寛さんは人の物だろうが、手当たりしだいおらあがんと書いたという。

雪の知らせ

草も木もかそかなりけれ大面村あしたさ霧は滝の如くに
初々の雪は降れりと聞こえけむその山古志のかなやの里に
津軽より帰り来たれる汝が故になほ木枯らしの吹くぞおかしき
木枯らしに荒れぬる夕を寝ねやれば我が故郷を思ひこそすれ
米山に雪は降れりとあしたには人にも告げな門田辺紅葉


母を故郷の墓に分骨して、浅間山のふもと嬬恋村を通って帰る。

夕霧らひ浅間を過ぎて嬬恋の村に入るらく小夜更けにけり
雲間にか月は見裂けれ嬬恋の我をのみとて通ひ来にけり
嬬恋の雲井に月の隠らへばあしたをしじに雪はふりしく
山のまを出ては天降る月の影いくつ里辺を通ひ過ぎにき
月影を眩しみ我は行く河のかそけきなへに入り泊てむとす

入広瀬から田子倉ダムを廻って道がつく、八十里越えと云われる会津街道、雪の冬は閉鎖になる。

田子倉のえ深きなへに時さひてしじにも雪は降りしかむとす
初々に雪降りしけば笹がねの会津に入らむ春遠みか


また阿賀野川沿いに西会津の奥川渓谷に入る。

秋の日を寄せあひすらむ河の辺やなんに袖振り会津の人も
熱塩ゆ加納へ行かむしだり尾の山鳥の子が群らふよろしき
村の名を弥平四郎と飯豊なる山は閉ざして散りあふ落ち葉
村の名を弥平四郎と飯豊なる山は閉ざして雪にふりしく
阿賀野川山なみしるく見ゆるは研鎌の月ぞ入りあへ行かめ


・弥平四郎は飯豊山登山口の部落の名、熱塩加納線という道があって、なだれ工事中を押し渡って行くと、きのこが寝ていて取れるほど生えていた、山鳥の一年子の群れに車はストップ。

降り続くしぐれ雨まっくらけの毎日。

北国に我も住まへり初しぐれ田辺のわたりを夕かぎろへる
明月や北国時雨止みもせで千々の小草に夕かぎろへる
北国の降りぬ時雨は止みもせで鳴る神起こし雪はしの降る
北国の降りぬ時雨の止みぬれば鳴る神起こし雪はうちしく


そうしてまあ半年続く冬

大寺の松の尾の上に初々の降りしく雪は暮れさひにけれ
あかねさす月は今夕もわたらへど雪を待つらむ軒辺淋しも
栄ゆると名をし代えたる大面村雪に残んのあら柿もみじ



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