雲 水 日 記    


   二、発心寺僧堂安居  

 巻の千仏寺から発心寺へ安居した。袈裟行履に後付けして、胴鉢に応量器を包んで縛りする、いかい世話になった。尼僧のそれとは違うのか、どっか珍妙な格好だった。
 庫院前に板を叩く、
「免掛塔宜しゆう。」
 と云って、叉手して立つ。むかしは三日あるいは七日も立ちん棒だった。頃合いに接客和尚出る、
「なにしに来た。」
「仏道修行に参りました。」
「仏道ってなんだ。」
「仏とは何かという、およそ人たるものの取るべき道だと思いますが。」
「ふうん、うちじゃそういうだいそれたことはしとらんで、帰れ。」 何云ったってらちあかん、どんな問答だったか忘れた、急に目眩がする、吐きそうになって倒れ込んだ。旅の疲れが出たらしい、そのまま上げられて、旦過寮へ入った。
 袈裟行履を解いて、龍天さんという軸を掛け、七日の間坐りっ放す。飯だけは運んで来る。一食忘れられた。だれか障子の穴から覗く。三日過ぎて法堂に出る、朝夕のお経をいっしょに上げる。
 とにかく仲間入り。たとい命失うともという誓紙に血判、
「いくらいくら下さい。」
 という、諸方挨拶、
「ない。」
 ねはん金まで使っちまった。では仕方がないとて案内する、三拝して回る。
 僧堂に寝る、かんきという押し入れがあって、そこへ蒲団を押し込む、その上が応量器と経本を置く棚。畳一畳。単に面壁して、くるっと回る上がりかまちが飯台だった、だからそれを踏まぬように坐す。
 千年以前からまったく変わらぬ、一挙手一投足。
 柱側の足から入って、一礼して右回りに自分の位につく、聖僧という本尊さまを過らない。裏口があった。
 土間を拭いて顔が写るまでに磨く。
 じきに摂心であった。
 秋は九月からを、夏は四月からを制中と云う。
 掃き掃除をした。雲衲は六、七人。新到は鐘司であった、大梵鐘をつく。朝六時、十一時、夕六時、九時。
摂心になった。四時振鈴、
「新しい人総参。」
 と云って、維那に率いられて、堂頭老師の室に入る。僧はわし一人、在家が何人かいた。
「とにかく坐ってみる、なにしろ坐ってみることじゃ、ただ坐る、只管打坐と云うな。次には吐く息吸う息、呼吸に合わせて坐る、随息観じゃ。あるいは一つ二つ十まで数えてまた一つ二つと繰り返す、数息観じゃ。」
 堂頭老師は示す。
「まあこれを幼稚園小学校じゃな、それを卒業すると、いよいよ無字の公案じゃ、中学校という所じゃ、その上の高校大学とあるが、どうじゃ一つおれは中学校からという者はおらんか。」
 と云った。だれもいずわしだけが、
「はい。」
 と云う、そういうことになっていた。一人残って無字の公案を授かる。
「心機丹田、臍下丹田とも云うな、へそ下のこのあたりに無の字を置く、無はむでもムでもよいぞ、そうしてそれを見つめ見つめして行く。」
 なんでそんなことをといって、やるよりなく。

吸ふ息もひょうたんなまずの問答の水は澄めるかまた濁れるか

魚行いて魚の如くに水は澄みひょうたんなまずも宝鏡三味

 へそ下にムの字を置く、案ずるより生むがやすしで、ムの字赤くなったり青くなったりやっていると、盛んに妄想が出る、風景や人の顔やネオンサインや、そのうちピカソばりの抽象絵画の千変万化、これもし写し取るカメラあれば一財産という。
 雲衲は柱開なし、食事用便の他は坐りっぱなし、
(はておれは何をやってんのかな。)
 あそうだ、出家してこうして坐ってるんだっけ、とか云う他なくて終わる。
「今回も残念ながら見性者はでなかったが、善根山上一微塵も積む、他日異日必ずや。」
 堂頭老師の垂語を聞き、紅白の餅を貰って食う、急に意識が奪われる、
(気違いになる。)
 必死になって繋ぎ止める。
 見性のこれがそうだとすると、止めた方がいい。
 雲衲はでかちゃんこと角力崩れの広道士。満祐という若い盗癖のある。良念というやくざっぽいの。義道士は駒沢大学を出て、本山へ行かずに来た、これはまじめな。また雪元という六十老雲水の(みな仮名)、わしを入れてたったの六名。
(なんだこりゃ化物屋敷か。)
 という程にさびれていた。維那雪溪老漢は、今の発心寺堂頭老師である。
 わしは僧堂の弟子になり、雪水老師の雪の一字を戴いて雪担という。
「せきたんさん肥担ぎ。」
 真っ黒い面だもんで維那和尚が云う、半端エリートには肥担ぎがいいんだそうだ。天秤棒担いでゆっさりゆっさ、弾みがついて跳ね飛ぶ、ぴっしゃり面へついても平気なもんだから、
「ひやー。」
 と云って維那逃げる。菜園があって菜っ葉など作っていた。
 自給自足が建て前で、燃料は山の木を伐って薪にする。
 月の十五日と二十八日が托鉢であった。行事綿密といって本山のような煩瑣はなく、道を専一の作務暁天坐黄昏坐日課、単調な繰り返し。
 四と九のつく日を四九日といって、剃髪し開浴といって風呂がある、身の回りのことをする。
「雪担さん飲み行こう。」
 良念和尚が云った、
「わしおごる。」
 そんなら行こうかと云って、ついて行く。コップ酒飲んでラーメン一杯食って帰って来たら、典座に呼び出しを食らった。
 お宅の雲水さんどこそこで飲んでまっせという、電話があったそうの。
「謹んで下さい。」
 ちええなんてえこった。頭へ来た、そのあと良念さんが行こうというと、ついて行く。

搬柴に石を担ふていそしまむ破れ衣を元の木阿弥

搬柴に石を担ふていそしまむ破れ衣も今日は洗濯

 秋には遠鉢がある、一年分のお米を托鉢する、頭陀袋行鉢という首からさげる袋に一杯になると、胴鉢という、二斗は入る細長い袋に入れる、こいつを二本背負わないと一丁前ではないという、良念和尚二本担ぐ、角力くずれのでかちゃん、からっきし意気地なしの、一本きり、わしやってみたら腰砕け。リヤカーが来てそれに積む。「発心寺僧堂秋托鉢。」
 と声張り上げる、人前に満祐和尚いきなり大声を上げる、
「もっと大きい声で。」
 と維那に云われ、拍子抜けして大笑い。富裕という柿の王様がある、一つ貰って食べた。晴れているときはいい、しぐれにやられる、寒さ雨の草臥れるし、死ぬ思い。遠鉢は三回あった、施主家へ泊まったりする。
 十一月の摂心は、無の字同じく妄想の、変り映えせず。
 晩秋しぐれ続き。大梵鐘もなかなか。行き返り吊るし柿取って食ったりしていたが、腹下しする、我慢し切れず一声と一声の間に、垂れっぱなす。
 暁天坐朝課終わって粥坐と引き継ぐ、あいにく作務は鐘楼回りの草むしり。弱ったと思ったら雪元老雲水、きれに片づけていた。
 臘八になる、十二月一日から釈尊成道の八日未明にかけて行なわれる摂心である、宗門最大の行事と云われる。雪元老人と二人、前夜経蔵裏に七輪かんてきに火を起こし、とん汁をこさえて食う。
「冷えるでなあ、栄養つけなきゃ。」
 とほんに冷えさびる。臘八は三時振鈴といったって、雲衲は不眠不休、寝ているひまはない、雪が降って来た。
「峨山禅師ある年の臘八に、成ずるになんなんとする者十士を選び、目の前に穴を穿ち、首尾よう成ぜずんば、生きていたってせんもない、生き埋めじゃと云った。これを峨山紹碩活埋境と云う。十士中九人までは行った。中の一人がどうにも行かぬ、とうとう生き埋めになった。砂を掛けられるに及んで悟ったと云う。幸い天候も暑つからず寒からず、へたをすれば風邪を引く。」
 不惜身命じゃと堂頭老師垂語。暑からず暑からずと雪元老人。
 体を外気に合わせる、冬眠の熊のように眠くなる。予感があった。
(まあ中三日ごろぶち抜こう。)
 ぼちぼちという、それが初日にやって来る。どうにもなるもんではない、卵を孵すようにという、胸のあたり膨れ上がるような、黄昏坐独参に堂頭老師、
「しっかりやれ。」
 口血盆に似たりというのか、ライオンみたいな顔、
「するてえとわしもあんな顔。」
 思うとからに気が抜ける。不思議な感じがした、
(おれがおれになった。)
 という、見性だってこれが、まさか。九時開枕、雲衲は坐布を持って裏の墓場へ行く。
「夜はまだ早いんです、朗報を期待しておりますぞ。」
 と、単頭老師。
 雪の降り頻る墓場にしばらくやっていた、いっやになった、
(こんなもんが見性てんなら、泥たんぼうの眠りの方がいい。)
 引き揚げて、かねて用意の蒲団を敷いた隠れ所に潜り込んで、寝入ってしまった。

死ねというふもがり吹雪にみをつくし泥たんぼうの眠り恋ほしき

信濃川芦に宿仮る白鳥のそれのすがたに雪降りしきる
  
 翌朝そろっとやるかとて、それがパンクした風船のように力入らぬ、はてどうしたこったといううち、
「なんということをしたのです、くう、あそこまで行くきながら、百日の説法屁一つ。」
単頭和尚嘆く、
(そうさ、おれはいつだって、女口説く時にさへ。)
なんとも情けなくなるにつけ、坐にもならぬ。
「罰だ、雪担さん池へ飛び込んで来なさい。」
 仕方ない、氷を断ち割って池へ飛び込む、
「ぐわあ。」
 通身ぶった切られるような、命あっての、のこのこ這い出した。あとで聞けば、単頭原田潭玄老師、ご自身も臘八に行くには行かず、池へ飛び込んでついに脱したという。ともあれあとをぽっかり暖かい。
 へえこやつはとて、いまいっぺん飛び込んだり。
 あとはろくでもないことになった、破れ障子のように、無字の公案ムの字写らない。生まれ変り死に変りだ、惟識阿羅耶識だの、発心寺流仏教というか、到底信ずる能わず、なにがなし信ずればふうっと身を建て直す。
(家畜人ヤプーの麟太郎。)
 見性という付け焼き刃、お笑いだと云うには、背中ぎりぎり痛む、目はやすりを掛けたよう、でもって臘八中やっていた。お手上げ万歳するとふうっと来る、無字だというてこりっこりの、慌てて止める。予定表はもういやだ。
 人間なかなか死なぬ、妄想も死なぬ、臘八終わって開浴び風呂へ入ったら、生涯あんなに気持ちのいいものはなかった。
 わしのようなを、
「めっこがんた。」
 と云った。飯を炊く時に、途中で火を引くと、なんとしても煮えぬ、めっこめしだ。めっこがんたの十二月は、ことのほか寒かった。
 冬至の日を、冬夜といって雲衲無礼講である、典座から軍資金が出て、食いたい放題の料理を作る、飲めや歌えや一晩中。でかんしょ節の、
「堂頭雲水の成れの果て。」
 とやって、ぎろり睨まれる。二十七日は餅つき、二時起きして火を炊く。寿餅という、のし袋をこさえて師匠の、法臘延長を願う。三十一日は大布薩。
 鐘司は除夜の鐘一0八声をつく、二時間近くかかる、酔っ払いが来て、
「檀家だつかせろ。」
 という、無事円了をごちゃごちゃ。微睡んだら起こされて、祈祷大般若。

首くくる縄を引き摺る大年の寒さ身にしむ我もあらじや

首くくる縄さへなしや年の瀬の雪しの降れば涼しかりける

 三元日は年始客の応対。位牌堂にお鏡が上がる、飯台はなし、各自勝手にそれを料理して食う。お盆にはそうめんが上がって、毎日そうめんだった。
 六日から寒行托鉢、節分までの寒三十日。
 素草鞋履いて雪を踏んで行く、足は一町も行けば馴れつく、なたでぶっ切るように痛むのは手だ。応量器鉢の子はお釈迦さまの頭蓋を象るという、地に落としたら即刻下山、
「そういう時は見て見ぬふりするんです。」
 三つ指もて支える、唾して凍みつかせて行く。
 一列に並び、
「ほう。」
 と呼ばわりながら、小浜市内をねり歩く。ほうというのは、鉢の子をはつ〜ほうと云う、仏法のほうという二説がある。
「これはまあ見せる為の修行じゃが、古来ほうの一声に悟入する者多し、心してかかれ。」 と云われて、めっこがんたもその気になる。「ほう。」
 と日んがな油断なく、それをどうなるといっては観察する、声ばかりは七通八達して、
「雪担さんいい声。」
 と満祐和尚が云う。遊郭あり京都の台所と云われる市場あり、海沿いに行き、一日晴れると次は曇り、雪降り吹雪になって、またぽっかり晴れる。
 小浜の人は、毎日かかさず喜捨する数多く、
「おう発心寺がんばれよう。」
 と声がかかったりする。
「あっちの方が行だ。」
 雲衲が云ったり、泣いてる子は、
「発心寺に入れちゃうぞ。」
 と云えば黙っちまうとか。 
 寒行托鉢にはお施餓鬼がある、施主家が雲衲を丸抱えに招ぶ、たいへんなご馳走だ。みな平らげるのが礼儀の、
「馬の食うほど出したのに。」
「比丘の食うほど出さなかったからだ。」
 というほどに、おひつを空っぽにする。一年分の食い溜めだという。始めはよかったが、次第億劫になる。素草鞋脱いで上がって、酒はほんの一口出たか、冷えきった体は、うでだこのように膨れ上がる、たらふく食って暖まって、そうしてまた托鉢の形。 
「今日は勘弁してくれ。」
「駄目です。」
 こっちの方が修行だったり。
 十一時大梵鐘に遅れると、堂頭老師が鐘をつく、雪の辺に響みわたる。

かへりみる心もあらでほうと呼ぶ響みやわたれ若狭の海へ

若狭なるしくしく降るにほうと呼ぶ行きて帰れる我が釈迦牟尼仏と

 節分は、なむとうねんじょ本名願心と唱えて、先導が何かいう、あとずけが、御尤もでございますといって、豆を撒く。
 何を云ったって御尤もでございます。
 寒行托鉢の浄財は三分して、一は常住へ一は寄付金一を大衆しん(口へんに親)金、分け前になる。寄付は市役所へ持って行くと、
「恵まれない人ってお前さん方じゃないのか。」
 と云われたとか。当時のお金で六千円あった。四月制中まで一応はお休みである、師寮寺へ帰る者は帰る、僧堂の弟子とて、わしはぶらぶらしていた。雪元老人は托鉢に行く。
「あの人戸がらっと開けてお経を読む。」
 苦情が来たといって、維那と一悶着。
 LPを売っていた、モーツアルトのピアノと弦楽曲を買う、まだあった名曲喫茶に入って聞いた。
「ちったあなんとかなったか。」
 少しは修行の成果という、あんまりそうもいえぬ、わしはモーツアルトが好きだった、モーツアルトさへあれば一生涯他なんにもなくっていいと思った。それがある日とつぜん聞こえなくなった。死ぬ思いして必死にしがみついて来たのに、水爆でも落っこちたみたいに雲散霧消。
 ケロイドに焼け爛れて転がる。
 モーツアルト如何、
「漆喰に産みつけられたぷより黄緑色の虫の卵の行列。すべては無意味だった。生皮ひき剥がれたマルシュアース、因幡の白兎の、
「がまの穂棉は、ー 」
 わめき声もひっからび、とまあそういったぐらいの。
 たとい修行もモーツアルトの亡霊。
 一に旧に復したかった、でなけりゃ死んだほうがいい。いやモーツアルトを捨てる方が先だ、違う同じ人間だ、ちらとも満足せにゃ元の木阿弥。
 ともあれ今は仏教以外になく。
 批評眼の面皮脱いで蘇ること。
 喫茶店に出入りすると、十七八の女の子が前の席に座る。一方の乳房がぎゅうともたがる、あれえと思ったら替わってもう一方の胸。
(淋しいからだな。)
 別にそういう趣味というよりー気づかれた、はっと身構えて帰って行く。あとついて行くたって文無しの、文無しでもいいのかな、
「ええ修行中の身が。」
 振り切る、女って妙なもので何日かしてまた会った、すると二人とも男を知ったと見えて、どうだというようにわしを見る。
(ちええなんてえこった。)
 もう少しましなおねえちゃんと、いや飲みに行くところのおねえちゃんと、そうさ坊主さら止めて、どっか旅館の亭主にでもなって、一生あゆ釣りして暮らす。
 名前もない過去のない人間として。
 三月雲衲が帰って来て、声名の稽古など始まった。
 かぎぶし大かぎぶしろぶしふじゆりぶしなど、古来の節回しは発声からして違う。
 テープはいい声だのに、維那が教えるとへんてこだ。
「ちええ、そんなもん習う為に出家したんじゃねえや。」
 といって、さぼって町へ行った。
 ゼニもない、冬の海っぱたの烏。

佐渡へ行く海なも荒れてかもめ鳥かふと鳴くらむあふと鳴くらむ

行く春を佐渡に迎えむみずとりのか寄りかく寄り夢に見えつつ


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