行鉢念誦 


行鉢念誦−曹洞宗的ご飯の食べ方ご披露します。各宗派中一番長いという、もっとも唾液分泌に適したお経、そうとううんざりするから、あれ、わたし人を困らすの大好きだったっけ。

1、敷展して器を並べる

仏生迦毘羅−ぶっしょうかびら
成道摩褐陀−じょうどうまかだ
説法浪羅奈−せっぽうはらな
入滅狗緻羅−にゅうめつくちら
如来応量器−にょらいおうりょうき
我今得敷展−がこんとくふてん
願共一切衆−がんぐいっさいしゅ
等三輪空寂−とうさんりんくじゃく

 かびら国に生まれ、まかだに於て成道し、普くこの世に説法し、くちらに於て入滅した、如来釈尊の頭蓋を象った応量器、分に応じ、必要に応じて量るべきこの器を、今こうして並べることができる、願わくは一切衆生とみなともに、仏法僧の三輪を転じて等しく空寂=一切事に於てけい礙なしを願う。

2、にゃんにさんぽう、あんすいんし、にゃんぴんそんすうにゃん=漢字めんどくさいから省略、三宝に帰依し、ついにはこれが本来を得、本来を得て如来となった尊衆を敬う、という意の漢文の中国読み。維那が唱えて、十仏名。合掌。

清浄法身毘盧舎那仏−しんじんばしんみるうしゃのうふ
円満報身盧舎那仏−えんもんほうしんるしゃのうふ
千百億化身釈迦牟尼仏−せんばいかしんしきゃ−むにふ
当来下生弥勒尊仏−とうらいあさんみるうそんふ
十方三世一切諸仏−じいほうさんしいしいしいふ
大乗妙法蓮華経−だいじんみょうはりんが−きい
大聖文殊師利菩薩−だいしんもんじゅしゅりいぼうさあ
大乗普賢菩薩−だいじんふげんぶうさあ
大非観世音菩薩−だいひかんしいんぶうさあ
諸尊菩薩摩訶薩−しいそんぶうさあもうこうさあ
摩訶般若波羅蜜−もうこうほうじゃほろみ−

とうらいあさんで一礼して、ご飯等お互いの器に盛る。

3、粥有十利、饒益安人、果報無辺、究竟常楽。しゅうゆうじり、にょいあんじん、こほうぶへん、きゅうきんじょうらあ。読んで字の如しを中国読みして、いわゆる五管の偈を唱える。

一つには巧の多少を計り彼の来処を知る。
二つには己が徳行の全欠を忖って供に応ず。
三つには心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等を宗とす。
四つには正に良薬を事とするは形枯を療ぜんが為なり。
五つには成道の為の故に今此の食を受く。

といって応量器をかかげ、

上分三宝、中分四恩、下及六道、皆同供養。一口断一切悪、二口為修一切善、三口為度衆生、皆共成仏道。

と唱え終わって、箸を運ぶ。

4、食べ終わって、以下のように唱えて、食器を洗う、

我此洗鉢水−がしせんぱっすい、
如天甘露味−にょてんかんろみ、
施与鬼神衆−せよきじんしゅ、
悉令得飽満− しつりょうとくぼうまん、
おん摩休羅細娑婆訶−おんまくらさいそわか。

器をしまい、合掌して維那後唄す、

処世界如虚空−しいしかいじきくん、
如蓮華不着水−じれんかふじゃしい、
心清浄超於彼−しんしんじんちょういひ、
稽首礼無上尊−きしゅりんぶじょうそん。

このある世界は虚空の如く、蓮の花の水を付着させぬ如く、心は清浄であり彼我を超ゆる、かくの如くの無上尊に敬礼す。
わっはっはたいへんでしょう、ところがこれ、一分の隙なく無駄なく事が運ぶんです、まことに合理的にできてます、それから食事中は一切音を立てない、器ぶっつけない、たくあん噛むとき苦労したりとか、−
喫飯中に悟った人ってけっこういます、ほおっと忘我になって、気がついたら手に持った器の中に、ころっと入っていたりします。


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