ラスコールニコフ論理 2 


 オレステ−スはアテネ市の評決に、主神アテ−ナイの一票によって、有罪無罪同数になった。無罪放免。
 人は生きているかぎり、こういうことか、自分流といっている、いいかげん現代人には無縁のことか、陪審員という市民権の問題か、アテ−ナイの気まま勝手に委ねるギリシャ人の知恵か、ともあれこれは法律、権利義務の問題を超えて、実にポリス市民=人の子人間としての、心そのものの問題であった、不可となればおぞましいエリ−ニュ−スに食い殺されて、もぬけのから。 

 ラスコ−ルニコフは有罪になって、シベリア送りになる、優秀な探偵という読者サ−ビス、そうではない、陪審員のだれ一人信用できぬ、評決なんかどっちだっていい、気の狂う母親をそのまんま、大地に接吻する犯罪人、彼はなんの罪を犯したか、無垢のマリアを殺したからか、その償いという、なにそんなことはない、彼には最後っまで彼の理由しかない。

 ロシアの大地だと、そうさしまいその幻想にすがりつく、そうしてシベリアから帰って来た、レフ・ムイシュキンとして、そうして破滅。
 信ずべき市民もなく、おのれを委ねるべきアテ−ナイもなく。
 なぜだ。
「神は死んだ。」
陳腐になったその言葉をそっくり。

 マリアが手を会わせの神さまが−ない、じゃ、責任の取りようも、喜怒哀楽も卒業論文も、いや一句半句なし、わあとわめくこともできない、地下室のラスコ−ルニコフのこれが真相であった、孤独とはどういうことか、神あっての孤独、両親の帰りを待つ子どもの孤独、心というなにごとかコンセンサスがあって、始めて孤独という空間、でなかったら張り裂けてしまう、物理的にインプル−ジョン、もしくは発狂するよりない、あいまいキマイラの日本人には不可解といって、無気味に符号する未成年の突発事件がある。
 100年前のラスコ−ルニコフと同じ、真空の地下室を脱するために、自分というものを、自分という市民権を、「金貸しばばあを殺す。」
 何事か引き起こす以外になく、その道行きの理論金縛り状態をドストエ−フスキ−は克明に描き出す。
 犯罪とは何か、欲望のかけらもなくってそんなものが成立するか。
 自分の存律を賭けるという思い込み。はたしてそうか。「外へ出なければならぬ。」
 卵の殻を割って外へ、ピカソの青の時代がヴィジュアルに示す。やせて優しいアルルカンがいったい何を見、何を演じようとも、愛も喜怒哀楽もおのれ発したものはなんにも帰って来ない、青いつるっとした壁があるっきり、ついにはおのれそのものが失せる。
 青い壁、卵の殻を割る、死に物狂いのそいつ、外へ出たら空気がない、一瞬も生きていけない、どうすりゃいいって、手足もって描く以外になく、人は実存主義なぞ無責任な名を付けようが、生涯ほっと息づくひまがあったかという。
 
 ばばあをばっさりやって、ついでに善良のマリアを殺害。生きる行為が世間いうところの世の中と信仰を抹殺する。そりゃはじめっからわかっていた。世間へ出る=死ぬしかない。これは仏説ではない、比喩でもない、
「だれでもいい殺したかった。」
というガキンチョの心理学以外の理由だ。もっともまあ二番煎じ三番煎じは心理学の対象にしかならぬ。

 信仰とはどういうことか、マリアが手を合わせる、信じている、いつの時代にもあった、理屈抜きの見てござるの神さま仏さま、善男善女という、今そういう一般人というのが存在するか。
 存在しないとはいわぬ。
 カルトや新興宗教がある。
 マスコミの神さま、ふれあいの神さま、戦争は悪いの神さま、なんの神さま、信仰より始末に悪い雑念。
「庶民には神さまが必要だ。」
ということがわかったと、今更ながらのようにゲ−テがいった。じゃゲ−テには神さま不要だったかというと、ゲ−テスアオゲンというゼウスの目、もっと光をという、あの目を維持するには、相応のぜにかねも必要だったし、操欝病じみた大騒ぎも必要だった。

 良寛とゲ−テが似ているという、たしかに古典性という、自然詩人という、似ていることも似ている、だが良寛は無一文のなりふりかまわず、ゲ−テはそうは行かない、一定の条件が整わないと、嶺々に憩いありというわけには行かない、なぜか行かない。

 無心と有心の違い。
 無心とは赤ん坊の目だ、目のない人自分のない人の目だ、ただだ、すべてがすべてとしてうつる。
 有心は大人の支配者の目だ、ことだまという自然さえ思い通りにしようという、聞き手が欲しいうるさい、どうしてもただにはならない。すべてはわがもの。
「大衆にはノウかイエスだ、その中間はありえぬ。」
といったヒットラ−とオウムの違いはというと、ノウハウあるいはト−ンの違いの他なく、ゲ−テとヒットラ−の違いも本質的に同じという他なく。
 ラスコ−ルニコフの欲しいものはなんだった、ヒットラ−になりたいかゲ−テになりたいか、違うただの人になりたい、人の子になりたかった。
 有心の子。
 ただじゃなかった。有料だった、地下室の一人っきりじゃどうにもならない。

 だんだん面倒臭くなっちゃった、そうだった、一神教のワンタッチ体験、さらっとやろうと思ったのに、どうもいかんなあ、でもこれ実に深刻だったんだ、だ−れにもいえぬトラウマ、洋の東西を結ぶ蝶番ってやつでさ、青春は美はし、どえれえまあ七転八倒であってさ、差し違え人生ってのかな、は−て結局な−んもならなかった、禅宗無門関と来たら、そんなものにゃな−んも関係なく、バカかってぐらい、まそれじゃなくっちゃしょうがないけどさ。
 もし一神教ヨ−ロッパで悩んでる人あったら、悪態なんかついてないで真っ正直聞いておくれ、悪いようにはしないよ、答え出すだけの苦労はしたつもりだってね。


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