唯我独尊人
色即是空の色眼鏡取るに従い、ものみな親しいってことあります。いまだかつてないといって驚くんですが、もとっからこうあるっきりなく、風景は風景さっさと忘れるに及くはないんです。いいわるいじゃない、こういう現象です。もし留意してこれを持とうというなら、そりゃひっかかり妄想になっちゃうです。
「なるほど」
でそれっきりにする。
また、これちらっと見ただけなんです、見ている自分があって、それがとやこう脇見運転するんです。面白くないです。その見ている自分をも失い去るんす。
坐るにはただ坐る、どこまで行っても同じです、なりふりかまわず坐りっぱなす。
糸の切れた凧、ほんとうの唯我独尊人たることを自覚して下さい。これには方法はないんです。もと唯我独尊人だからです。
音と一つになる、面白いでしょう、じき一つになっている、もっとも自分なければ内も外もないんです。テレビのこっちは、こっちってのどだいないんだけど、云うべきって示す必要あってです。そう、あなたのけっこういい線行ってるけどなあ。もっともこれ形影相見るという、あるいは手に持った茶碗の中にそっくり入れという、むかしっから公案手段として用いられたんですが、ほんとうにそうなりゃそれっきりです。でもちらちらっと見る、これ本来こうあるってこと確かめただけなんです。これを持する必要なく−もとこうなんです、だからどうだってこともない、強いて云えば当然てことです。出たり入ったりでもいいです。
いよいよ坐って下さい、そうしてついにこいつを手に入れて下さい。アッハッハぜにもかからんし、こんなにいいことないです。
気にかかってるなら、もう一回でも何度でもやってみりゃいい。でもって仏教というものが他にはまったくないことを知る。膨大な仏教経典がです。わずかに自己を忘れること、この宗ゴウマツ(毛ほどってこと)なれども一切沙界含容す。そうして結局自分とは何か、初発心なんです。
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