スプ−ン曲げ


 わたしに超能力はあるかって、スプ−ン曲げいくらやっても曲がらない、たけし番組超能力バトルに変な酒屋のおっさん出て、自由自在に曲げていた、さしもの大槻教授がぎゃふんたって、真鍮の鍵は曲がらない。どうだってんで得意げな面は、肯定派連中のうさんくさあに共通する、なぜうさんくさかというと、客観的な論理がない、てめえかってにこうだとやっつけるについては、どこかでそれを自分が知っている、ごまかしを何かにすりかえる。人間てのは正直なもので隠すよりは現れる。大槻教授が必死こくのも、その面つきに参っちまうせいだ。生理的に悪いよ。 

 スプ−ン曲げにはトレ−ニングとイメ−ジングが必要だという、超能力あやしい目付きのおっさんがうなずく。
 わたしスプ−ンもってきてやってたんだ、曲がらない、ぜ−んぜんだめ、なにイメ−ジングだと、とたんに気がついてひょいとやったらくにゃと曲がる。アッハッハこりゃ大槻教授に教えてやらにゃ−超能力なんてもんじゃない。
 イメ−ジングが(スプ−ンを曲げるという)一連の動作を圧縮する、無意識のうちに事を運ばせる、かなてこと機械で150kでやっと曲がるなんてことに、びっくらこいてなくてもいい、ちょっとした−あるいは熟練のトレ−ニングで実にスム−ズに行く。+アルファの超能力感覚が後押しというわけだ。真鍮の鍵のように、できないものはできないのが当然。

 こりゃ物理学というより心のメカニックの問題だ、実に簡単に説明がつくから、うさんくさい連中に拍手なんか送らんでいいってこと。
 早稲田の先生ってろくなんいない、だのになんでわんさか押しかけるんだって、ウッヒヒあっちこっち云いふらしていたけど、そういや漱石のむかしっから、学者なんてろくなもんいなかった。中谷宇吉郎は詩人だった。大槻教授も厳密な真面目な面してるぜって、まあどっちでもいいこったけど、超能力があるにして、科学という土俵にまだ上がってないというだけで、大騒ぎするよりそりゃ先駆者の血の滲むような苦労が必要だってこと。まあそういうこったな。
 単純未来予知能力とかあって、受験ときそれでもってパス、むかし見知らぬとこ行って、つまじろうらじゃのめ出るなと思ったら、比較的珍種のつまじろうらじゃのめ出たり。これ人間コンピュ−タ−がちゃんと察知したわけ。
 独参やってると、坐って坐ってやって来た人から、ど−っと風吹いて、うわって感じになったことあったり、指差された背中にぽつんと火傷とか−実際はあとかたもなく、そりゃまあっちこっちあるってばあるけど、どこでもドアっていう超能力欲しい。


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