晋山式
晋山式はそうですなあ、諸国行脚の僧が寺へ入って住職になる、行脚の草鞋を脱ぐところを安解所という、たいてい村の旧家、大世話人の家です。そこで風呂を使い朝飯を食って、たいてい大ご馳走になったり、支度を整えてお寺まで行く、台傘さして五侍者引き連れて、そうして稚児行列が出て賑やかにやって行く。山門頭に香を拈じて錫杖を突いて偈を唱える、我こそはといって住持人たるべく力量を披露する。むかしはけっこう猛者どもたむろしてやり返して、かなわずば退散てことあったらしい、今はとにかく寺のせがれが跡継ぎのこと。ついで本堂へ入って本尊さま達磨さん開山堂と同じように挨拶して歩く。終わって管長辞令を読み上げ、お迎えの言葉でもって晋山の儀はけり。ついで出国開堂ということになる。一休さんはその人気にあやかって大徳寺の住持になった、偈を唱えてたってすけべ雲雨そのもっての唱えて歩いて、終わってみたらもういなかった。でも人みな集まって傾きかけた大徳寺は一息ついたとある。
偈というのはひょうそく合わせて予め作っておくが、それにしたって自分の心境とはさっぱり関係もない物まねってのはその後の住職一生、お経の内容とは似ても似つかぬはりかんぼう。そいつを平然やってこう武士は会見互いっての−なんだかもう。
出国開堂は本尊さん前須弥(須弥山に見立てる−シャバに向き直る意)壇上に上って、三界に偈を発し世間一般の問答を受けてこれを接化のしるしとする、
世尊一日しん座、文殊白鎚して云く、諦観法王法王法如是。
という故事による、世尊お−釈迦さんが一日座に上られて大衆の面前にあり、一語も発せずに座を下りられたのを、文殊菩薩が
「諦観法王法、王法かくの如し。」
と示す。
白鎚師というのがいて、本寺たるわしに回って来たのもあったが、たいてい本山のお偉いさんとか来る、本山の後堂老師というのが来た。黄色い衣黄恩衣とかいうの他三人来る、宗務所長両本山使、ウッヒ本寺さま合わせ先住忌に4人同じ部屋になる。こういうのむかし億劫だったけど、今どうってことないな。ちゃ−んと立ててやってる、ただこういるだけで向こうちじんじまうからおかしい、なんてまあてんぷらども、偉そうやる他に爪っから先もなくって、よくぞまあその年までってワッハッハ笑っちまう。
でもって問答になって諦観法王法もくそもない、そりゃまるっきり茶番で何百年猿芝居で続いて来たってんなら、そりゃ国民性が疑われる−とにかくどうしようもないてんぷら、蚊の鳴くみたい、やたら声ばっかでかくって終わって、そうしたら世話人代表、県会議員の某か祝辞に一発かました、
「わたしは県会の議長をやったことがあるが、いうこと聞いて吉祥吉祥大吉祥といって引き下がる人はめったやたらにゃいなかったです。さすがにお坊さんは違いますか、せっかく新命さんにお願いします。わたしどももそりゃ禅問答だ、大吉祥といって引き下がれるお答えをぜひにお願いします。」
一瞬坊主はりかんぼうマッチ箱みたいに揺らぐかと見えた、やっと一般人も云うこと云えるようんなったか、こりゃ面白いやとにんまり−でもさどうなるんだか。
出国開堂終わって首座法戦式わしの出番もあってカ−ツやってさ、猿芝居ぶっとばしって、旧住職引退式あって記念撮影あって、いや前の晩から首座入寺式とか本則行茶とか、つまり弟子をとって修行も提唱もマニュアルに乗っ取って一夜漬けをやる。こんなことを鬼の首とったみたいやっている、
「なあにやってんだ。」
しゃば人に云われるのがもうそこまで迫っているのにだ−れも気がつかない。
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