説教


 むかしは命を鴻毛の軽きに置けと云った、鴻毛とはみずとりの羽、ダウンです、吹けば飛ぶような軽さ、必要とあれば、いざとなったら自分の命などはというわけです。でもって戦争に負けたら、人の命は地球より重いと云う、北朝鮮べったりの社会党が、「だからごめんなさいって謝ったじゃねーか。」といって、開き直っても生きて行ける国の、アンチョコ転換てこったけれども、これ鴻毛の軽きにと云った時代のほうが、地球より重い今よりよっぽど、人間を大切にした、生き生きした子供の目、品のある年寄り、頼り甲斐の大人っていう、そりゃ社会現象の違いってことあるけど、どっか根本に「おかしい」って思うことあるんですよ。もう一度考え直して下さい。人の命は地球より重いって、これひょっとして鴻毛の軽きに置けと同じ意味だったんじゃないんですか。人の命は鴻毛の軽きに置き、自分の命は地球より重いと云ったら、今様人間の見本が出来たりする、そうではないんでしょう、まったくそうではないんでしょう、「おかしい」って思うことここらへんにあるんです。
 なにがおかしいって、ほんの三つのころから親の愛情だのいうお仕着せ砂糖漬けの、物心ついたときには窒息死している、つまり自分のために以外なんにも考えられぬ人間、これ人間とはほとんど云えない、おむつかえてもらって文句云ってるしか能がない、てめえ杓子定規の思い通り、通り一遍しか世の中ない、そりゃもうどうしようもないです。
 趣味だのてめえの快感自分流という、そりゃ行き詰まりの道なんです、自分と自分以外どっちが大きいか、どっちへ住んだほうが楽しいか、自由であるかってこんなこた猫でもわかるのに、世間一般がわからない、とにかくゼニ儲けしかないって、こりゃどういうこってす。
 どこ向いたってすっきりしない、そりゃ当たり前のこってす。
 人間の根本を履き違えている。
 色即是空の仏法は、自分の身も心ももとまるっきり自分のものではない、というんです。自分の物だと思い込む、ちらともそいつを手放せ、彼岸に渡れ、渡り切って下さいです。
 すべての不幸はそこから起こる、ものみなまっ平らをよこしまに私するから、つまらんことになるっていうんです。
 仏を説いて我利我利坊主とか、好き勝手云ってなんにもしない評論家とか、人のことばっかりギャースカ云ってる一般人とか。「おかしい」ってこりゃ根本に間違ってることに、まず気がつくこってす。でなけりゃなんにもなりはしない。
 ちらっとも気がついたら、できること一つやりゃいい、それだけのこってす。世の中すっきりしますよ、一つやりおおせる、まず冗舌が納まるです、民主主義だといって原発賛成反対20年もやっていたりとか、幼いみっともないこと自ずから止むです。
 一人光明なれば全世界を救う、はいこれ仏法です、他になんの方法もないんです。世の中ぜんたいが幸福でなければ、個人の幸福はありえないという、わたしの大好きな宮沢賢治の言葉は、こりゃ西欧思想なんですけど、間違っています。世界中うるさったく正義のアメリカだの十字軍だ、テロってことになる、アッハッハどうですか、そういうこったと思いませんか。


戻る