生微涼


 この橋わたるべからずと、看板を立てて一休さんは真ん中をわたったんです。曲がりくねった道をまっすぐ歩けといって、ただ歩いてみせたんです。

 な−んだっていうコロンブスの卵じゃないんです、なにかする=橋をわたる、ではたいていの人が端っこ渡っちゃうんです、自分で自分を推量してあああでもないこうでもないの、二人三脚、あげくの果てにいいのわるいの反省会、まっすぐど真ん中わたるっきりない、ど真ん中わたったら、それっきり忘れておしまい、この醍醐味を君知るや、です。あるいはいつだって、ど真ん中わたってるのに、なんだって文句百万だら、このバカったれ、です。
 曲がりくねった道を歩いてごらんなさい、まっすぐ歩くっきりないんだすよ、そうかあといってはあっと気がつく分=一OO%

 一休禅師頭ぼうぼうの、どっか助平面の頂像(ちんぞう)があります。禿筆による「薫風自南来、殿閣生微涼。」のすばらしい書といっしょです。ばあさんが観音さまの像をこさえた、来合わせた乞食坊主に、開眼してくれといったら、はいよといって、前まくってしゃあっと小便ひっかけた。したたかぶんなぐられるんです。どこ行ったって一休禅師命がけでやってるんです、それほど世の中の無明、迷いに迷いこんぐらかって、人類と地球に重くのしかかっているんです、おのれ命などいらん、ほんの少しでも真実、世の中に風穴開けようっていうんです。助平は付録だって、付録もど真ん中わたっちまうんです。薫風南より来たる、神秀上座のいいことしい仏教を北宗といい、六祖禅師の、これより大いに興るこの宗を南宗といった。お釈迦さん、達磨さん六祖さんを経て、たしかにわしに伝わったというんです、無明黒闇を破る光明、宝の持ち腐れにはすまいぞ。

 殿閣微涼を生ず、命がけ八面六膂の大活躍も、ほんのわずかな涼風、ほんのわずかなその風が今に伝わる、涙なしにはって思います、殿閣のほうはまあ、地球の癌みたいはびこったにしてもです。


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