さわきこうどう さん
仲人やった末寺の若が写真かなんか持って来て、接心前準備の応量器とか見て、お作法はどうの、だからどうのいい出す、うっかり、
「ふりやらしさじゃない、本来ことやってるだけ。」
といっちまったら、ぎゅうと睨みすえて、
「訴えてやる。」
といわんばかりの。
弱ったね、親父神さまにするラゴども(お寺の子)、その親父どの、坊主には珍しく坐禅する、一度うちの坐禅にもやって来て、老師が来ていたころだったが、話はぜんぜんわからない、五日坐ってひげも頭も伸びたのを、「みんなに見せる。」
といって、得意然として帰って行った。笑っちまうんだけれど、
「人に見せるための仏教。」
という以外、それっこそ欠落してな−んもなし。今様人間な。ないっての恐ろしいよ。永平寺風ってんで、えんさうんさ盛り上がってお拝して、お袈裟のかけかたはどうのやる、行事綿密の、威儀即仏法の、そりゃ仲間うちだけ通用ってか、信仰っていう、なあなあいじめだけどさ、雀や蛙大笑いするってやつ。
「ぶさいくな無駄っこと。」
軍隊の行進みたい、歩調取れな、でもっていくらなんでも、そればからしいから下火になったかというと、はあてなあって、また復活?
だれもそっぽ向いたって、それで飯食えてりゃあんちょこ。
沢木興道さんという、きわめて人のいいだけの、墨染め着たら天下取ったような気分だったとか、行ないすます以外、らしい気分に浸ってる以外な−んもない人いたんだな。
そいつを宗門が担ぎ上げた、ラゴども肉系相続の世の中、仏法だの悟りだのわけのわからんこといってちゃ、一寸も成り立って行かぬ、幸い西有穆禅といういいかげん人物いて、正法眼蔵のどこ捜しても悟りなんて書いてないとか、忘我っての夢中事ご都合主義やって、つまり組織犯罪な、仏教というものを急遽中身空っぽにして、体面だけ保ってりゃいいってことにした。
沢木さんはいなくなってたが、その弟子の内山興正という人に会った。さしでもって肝心なとこに来ると、托鉢してどっかの婆さんがどうのの変な話になる、いったいこいつなんだろうなあと思った。人をおちょくってるんだろうか、だれも好き好んで仏門なんか叩くものか、にっちもさっちも行かなくなった、どうにかしてくれ救ってくれっていってるんだ、それをまあ、−
京都の安泰寺というところだった、若いのがいかのも堂々坐っている、いかにまずい飯食ってるかっていいつのる、そりゃいいけどもさ、だからどうなんだっていうんだけど。
でもな、ことは本物より偽のほうがらしく見える、それに本物は心痛むんだけど、偽物は痛まない。便利あんちょこ、いやもうまさにやりがいがあるってやつ。
人に見せてどうだな−んて、小っ恥ずかしくって、いやはやってな。
そうじゃないっていうんなら、そりゃ新興宗教だよ、お仕着せ人形、いらんこというな無理矢理教な。
沢木さんの坐禅の写真見たけど、ただの見せ物ってっだけ。
そういや、良寛さんのころから坊主はもう猿芝居ばっかり。
もう一人弟子の酒井得元という人にも会った。これは坐って妄想失せるにしたがい、自分を眺め暮らす、このな−んにもならんのをあのくたらさんみゃくさんぼだい−無上正当菩提とする、つまりこれでいいというのだ。
こりゃ噴飯もので、そんなの認めた日には仏教のブの字もなくなっちまう。
お釈迦さん以来命がけの苦労がいったいどこ行っちまうんだ。
でもって長い間こんなふうが宗門主流であった。
若いのの親父はときおり禅問答みたい、変なこというから、問答にもなんにもなっとらんし、ほおっておいたら、いいかげんメッキ剥がれたと思ったら、化けの皮いよいよ背負い込んでいたには恐れ入る。
坊主っていつのまにか偉くなっちまうんだ。
絵に書いた餅の滑稽さが、なんでわかんね−んだろうなあって思うのは、そりゃこっちのこと。
意識の退廃は坊主から起こったな、無心と有心の区別がつかなくなった。
それじゃどこに心の拠所がある。
宗門坊主もひところどうにもならなくなって、ちったあ反省かと思ったら、なにやらまた巻き返す。だめんなった世相となあなあ関係な。こりゃこっちの出る幕じゃないったって、な−にさへらへら笑って孤軍奮闘、ぼろっとやらんよう気を付けねばな。
あっはっは、坊主愚痴っちゃ駄目だな。
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