真っ正面
これね、そう難しいこっちゃないです、実行の問題なんです、坐ってみると一切が自分でしょう、世間事そりゃあるにしたって、こうして一人こっきり、見渡すかぎり−宇宙一切自分てこってす。
そうしてね、まずは坐に任す、なにおこったって手を付けないんです、自分の苦しみ不都合はもとちゃ−んと解決済みです、だって過去のことどこにあります、わやわや出てくる妄想を取り扱う必要はない、もとそりゃ根無草です、どうかこの間のことちらっとも手に入れて下さい。
三つのがきとぜ−んぜん変わらないってことです、オリンピックみてギャアギャアわめいて、次の瞬間別事です、人間てそうできたっきりですよ。それをどっかで余計な操縦してるんです、後ろめたい気がして、こうあらねばならぬとかやってるんです。
え−いもう止めたって、いっそ自分−人間止めちまうって寸法です。
だれに頼まれて自分やってるわけでもないってね。
煩悩の自分が主、煩悩の奴隷ではないんです、煩悩もまっとうな思想もまったく同じです、大脳停止せんかぎり白雲去来です。
わたしは坐によったです、煩悩を取り扱わない、追っかけ追っかけられない工夫、ただ−只管打坐手を付けないんです、手をつけまいとすると卻って煩瑣とかあるんです、でもあるときころっとできる、な−んにもなくなっちゃうです、煩悩が失せたんじゃない、煩悩を観察する目が消えたんです。だって煩悩を生むやつと、それに煩わされるやつと同一人でしょ。同一人がめでたく一つになっちゃったんです。おしまいってことです。
これを手つかずの工夫といいます、実感としてはむしろでたらめ、好き勝手に坐る、いい気分になりたいってふう。こうしちゃいけないどうのって自分の坐と喧嘩しない、喧嘩すんなら底抜けにやる、なにやったってやったってことがあるっきり。
自分と真っ正面に向き合うこと。
それゆえに何か疵ある、問題ありというなら、そいつと真っ正面に向き合うんです。逃げると追って来るエリ−ニュ−ス、正面切るとそやつがない!
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