心のメカニック
生臭坊主もこの年になれば、実社会がたいてい、いいかげんというか、まんがというか、たこやき風景、なまくら焼き鉄板みたいの、ふりしたって、角出したってろくなことなく、そんでもって外れりゃたいへんてね。
う−んわし坊主だから、坊主社会ってわけで、坊主と先生にろくなもんいないって、完全に平行線の、つまりまったくの食み出しで、「なんとか落っこちないよう。」
やって来ました。だから人さまにいえないです。あっはっは、なんとか落っこちないよう−しばしば落っこちて、これ我が生活モット−なんです。
深刻に気を使って、なんたって鬱陶しくって、破れほうけのずたずた、身心症でまがいでもって、
「くるっと首振ると。」
まっさらってのどうです、
え−とね、yahoo掲示板のどっかへ、口出したら、お呼びじゃないっていわれっぱなしん中に、31歳女性子どもあって、別居生活みたい、毎日死にたいってばっかり、くよくよってのあって、
「心のメカニックですよ。」
といったら、聡明な人で理解するんです。どうメカニックかというと、心意識というものは、ぽっと出てぽっと消える、わきから栄養与えてどうのこうのやれば、際限もない、ほっときゃ納まるってこと、消えてもうないものを追う、だから苦しむ。
どんな複雑怪奇だろうが、あるものには悩まない。
幽霊にしてやられるんだっていう。
これ心のメカニック。
つまり、悩み鬱陶しいとかいうその正体は、実は思想の内容にはよらないってこと、いいわるいだからどうだって解決にならない。
ということを知ってもよし。
ハイってね。
こんな例を挙げました。三つになる女の子が、ずるっこいお兄ちゃんと、があがあわあわあ、かあっとなって、
「ぴかちゅう。」
とやるんです、ひどいときは、身をよじるようにして、ぴかちゅう唱える、するとぽっかりにっこり。この子よく心のメカを知っています。
際限もない心意識を切るんですよ。
いろんな枠や前提=だから抜きの石っころなら、うっかりつまずかぬよう努力だけで足ります、目の前にありゃある、なきゃもうないんです、それをどこへ行ってもあると思い込む、鬱陶しいわけです。理屈こうなんですよ。
それとね、たいてい自然体っていうそれ知らんのです。自然体っていう枠と前提なんです。
これとっ外すと風景みんなおらあがんてね。
出家とはね、世の中家族みんな捨てちゃっても、すすきの葉っぱ手に入れようっていう、極道なんです。
(断じて許されるこっちゃない。)
と痛切に思いましたよ、二十九の年に出家したんですがね、毒食えば皿までです、世の中ネビュラのはてまで満喫、なにねきのこ一本取って、
「あんがとよ。」
涙ぼろり
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