国破れて山河あり


 懸命に生きているからという、これではね、どうしようもないことあるんです、そりゃ一生ない人だっていますよ、でもね、そういうときどこに頼るか、信仰あるいは宗教って、そういう問題だったです。出家がなんで出家かってことです。自分という、まったくうたがいようもないものの崩壊です、どうしたらいいかにっちもさっちも行かない、途方に暮れるんです、これに答えてくれるもの、仏教です。
 そりゃむろん、それだけが仏教とはいわんです、でもね
 ほんとうにずばっと入る人は、破れほうけの人です。いったん家国破れる、それが仏教の根幹だからです。

 因に、風動くか、幡動くか、わたしが参じた師は、六祖さんが大好きで−そりゃわたしらだれだって、六祖さんがなつかしいですよ、よく提唱に挙げた。
「へ−え、風動幡動ね。」
 理屈としちゃわかるんです、でもどうしたってそうならない、摂心で坐っているんです、トイレに行くたんび、手洗いの手拭いと、浜松のからっ風です、そいつとにらめっこです。風も手拭いも揺れ動くけど、こっちどうもならん、五回十回やるうち、たしかにこうわかるんですよ、手拭い止まってるんです、こっちが揺れ動く。さっそく飛んでって、師に挙すと、

「そりゃ、そうやって見ればなるわさ。」
といって、笑われた。そうなんですよ、自分というたが−自分という思い込み、いいですか、仏教っていうの、まったく単純ていうか、自分なけりゃ悩まない、一切苦厄なしって理屈です、身も蓋もないんです、でもってね、自分ないから、風動かず、幡動かず、心=身心=たがはずれて宇宙全体動くんです。そういうとやこうじゃない、単なる現象ですよ。でもそれ見ている自分があったら、徹底しない、つまりなんにもならない、師に笑われるわけです。

 これね我見とやこういってないで、ちょっとたしかめたらいいです。
 無眼耳鼻舌意、無色声香味触法が、たしかにこのとおりだということです。
たいして手間ひまかからんです、気がつくと自分がない、そういうことあります、別に天才だ、特定の人じゃなく、だれのって、あなた自身の問題です、でもってね、わたし座蒲団ひっくり返すっていう、「座蒲団ひっくりかえす」問題十ばかり出題、イヤミっていうんでなくって、議論なんてな−んもならん。

 座蒲団ひっくりかえす問題十
1、色即是空−空即是色
2、無無明−無無明尽
3、身は是れ菩提樹−菩提元樹にあらず
  心明鏡台の如し−明鏡亦台に非ず
  時々に務めて払拭せよ−本来無一物
  塵芥を惹かしむること勿れ−何れの処にか塵芥を惹かん
4、如何なるか是れ仏法の真髄−真髄に非らず皮袋なり
5、一夜落花雨−満域流水香
6、信心不二−不二信心
7、風動くか幡動くか−風動かず幡動かず汝が心も動かず
8、個性的−没個性的
9、世法−正法
10、なんにもない−担いで帰れ
 どれでもいいです、ほんとうに解けば同じ。もっともどんなアップロ−チでもいいです、ケッサクっていうのや、死ぬほど笑っちまうの、いいけどな。


戻る