常識があるだけです


 参禅に形式しきたりはないんです、四六時中です、寝てるときは叩き起こさない、トイレに入ったらだめという、常識があるだけです、坐るたって摂心暁天坐の他はてんでかってです、一人が熱心に坐ってあと野球やっていたり、作務はみんなでが原則ですが、それだってだれか寝入ってたりします、規則なしなんです、そうでしょう、人間が規則をこさえる以前に、法としてこう、自然として厳然とあるものなんです、乃至は警策でぶっ叩く、やたらどなったりってことないです、自分のことです、ほったらかしをみんな一生懸命なんです、独参てそりゃありますよ、提唱独参なければ、たいていなんにもならんです、曹洞も臨済もそんなものはないんです、ほんとうに法を継ぐか継がないかってことだけです。

 わたしは困ったことに、遊ぶの大好き人間でひまさえあればなんか仕出かすんです、すると弟子どもは、仕方なく付き合って、こんだおまえだ、おれ昨日きのこ取り行ったからとかやっています、麻雀牌を燃えないごみの日に、捨てられたこともあります。
「ちええなんだ、世の中こんな面白いのに、うだうだ能書きたれやがって。」
とかいったって、弟子どもにすりゃとんだ迷惑、でもね、早いとこ決着つけて、
「たたわわ。」
です、いっしょに遊ぼうよっていうんです、一人より二人のほうがいい、二人より三人のほうがいい、月あり花ありオ−ストラリアありペンギンあり南極あり、わあきゃあっていう、なんていうすばらしい世界ですか、それを肩肘張ってつっぱらかって、なんになるんです、たしかに飯食うってことがある、だったらなんとか食って、世間事は世間事という、他なんにもないんです。
 なりふりかまわず、これを取って下さい。

 カ−ブやシンカ−投げてるんじゃないんです、直球だけです、まわりっくどいことはいらんのです。
 インタ−ネットもただの手段です。


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