一遍上人  


 大燈はものすごいやつだったがな、足びっこで坐禅できない、いよいよ弁舌並びなき、機鋒鋭く、あっちこっちの禅坊主やっつけて歩いていた、ついに、こいつがまた忘れちゃったんだけど(老人ぼけ−固有名詞健忘症)なんとか禅師に会う、さんざんやっつけて、うんといわない、ようやく気がついて、三日三晩立ちつくす、ついに悟入するんです。大悟して一説を立してのち、十八年間乞食暮らしをする、キリスト教とか法難あって、彼を呼び戻そうとした、大燈は瓜が好きだった、乞食に瓜を施して、「手を出さずに取ってみよ。」といった、瓜につられてやってきて、「じゃ、手を使わずに出せ。」とかいって、とうとうとっつかっまった。乃至は見事に法難を救うんです、古今を通じて弁舌一等といわれた。遷化するときに、坐禅を組むんです、びっこの足から、骨が突き出たといわれる。

 となうればほとけもわれもなかりけり南無阿弥陀仏の声ばかりして
 一遍上人は、こいつはごっつい、たいしたもんなんです、おそらく我国宗教史上一といって二のない人物です、なむあみだぶつと唱えながら、ついに空じ切る、しかも老若男女だれを厭わずです、ふれるものみなを度して歩いた。
 となうればほとけもわれもなかりけり
 だれだってこの実感を持つはずだのに、どうして落着しないのか。
 他いったい何が欲しいのか。
 落着しないという自分があるっきり。

 なんまんだぶつ、なんまんだぶつ。
 なんまんだぶつの声消えて、四智円明の草も木も。
 いいですか、たったこの間のことなんです。
 いったいなにがあるんです。


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