人を苦しめない


 人を苦しめない−自分を苦しめない−人を苦しめても苦しめない−自分を苦しめても苦しめない、どうですか、まさにこの間の問題だと思います。
 人を苦しめる−無知の故にです、従い人を苦しめていると思ったときに、もはや苦しめていない。苦しめるのが趣味の人は、こりゃどうしようもないです、でもこういう人自分が同じことやられると、強烈脆いんです、なんか不思議にそうですよ、つまりやっぱり無知の故にです。
 自分を苦しめるのは、頭念を燃やすといいます、頭のてっぺん目頭あたりぐるぐるやって、ぐるぐるぐるめっちゃか収拾がつかなくなる。
 これ座禅ではちょっと意をてのひらとか足のあたりに置く、するとふうっと軽くなって免れたりします。
 要は自分ていうの脱いだり着たりできる着ものってぐらい、ほんとうの自分てビッグバン三つ宇宙の四個分ぐらいって、これほんとなんです、身心脱落−悟り、禅脱っていうの、つまり自分集合体、自分という思い込みから一抜けたってやるんです。
 どんなに苦しんでも、ちっとも苦しまない理屈。
 どんなに傷つけてもまるっきり傷つかない。
 心はこういうものだと、ちらっとも知るにいいです。
この世は仮の世というと、いかにも儚い云い分ですが、そういうふうにいった昔の人の方が知恵があったんです。現代ものみな理屈にかなう、主権在民民主主義だっていうほうが儚い夢です、人間一切なにがどうなるかわからない、どんな親しい人だって、明日はそっぽ向く、あるいは死ぬetcです。しかもわっはっはの朗らか人生、なぜかって、百万ビックバンのうちの、たった今はこういう世間わたっているんだっていうぐらい、アッハッハどうです、坊主の辻説法。
 自分苦しんでも苦しまないこと知ると、だ−れも苦しめないんです。


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