一つっこと


 春は花夏時鳥秋紅葉冬雪降りて涼しかりける
 心象風景とただの風景が一致してるんです、百万の知識よりも石っころ一つってね、そうなあこれ仏教とはほど遠いんだけど、すべての書は読まれたり肉は悲しって語あるでしょう、マラルメだっけかな、あっちこっちじゃない一つっこと尽くしてみなさいよ、そうすると自分しかない世界ってあります、立ち往生するんです、まあ仏の道を知るのにそんな大仰なこたいらんけれども、わたしやってみましたよ、モ−ツアルトと差し違えたです、そうしたらぼろくずのように転がってたです。
 月は月花はむかしの花ながら見るもののものになりにけるかな
 自然がいいという、ほんとうに自然を見ているのか、見れども見えずの空き盲ではないのか、どうです、ことはこういう問題なんです、平家なり、太平記には月も出ずって日本語です、どういうこったかわかりますか。
 芸術の喜びだってさ、ばっかじゃなかろか、ピカソでもクレエだって絵一枚のっぴきならぬってことあるよ、ほんとうに絵一枚見たことあるんかな、彼らの絵−ほんものがいいんです、ゴッホなんかとくにそうです−絶句して突っ立つ以外にないんです、冷や汗だらだら目ん玉が氷っちまうってことある。日本画伯だってすごいのいるよ、彼らが一枚にどれほど精力を注ぎ込んだかわかりますか、精力=人生だったです、
 死んで死んで死にきって思いのままにするわざぞよき
 知識だの議論だのそんなものの取り付く島がないんです、ほんとうの生活があるんです、ものみなそうです。ものみなそうだってことちらとも気がついて下さい、生まれて始めてってことありますよ、始めて自分の人生に手を触れるんです、形而上学じゃないです、現実です。
 日本語の勉強ならつれづれ草がいいよ、正確な論文とはこういうもんだって、ちっとは日本人やってごらん、男の子だめんなったの、説明文学だらだら韻律なしの、自己分析とかやってるからだよ。オナンの精のようにただふりかかるってね、これリルケがまるてベ−ト−ベンを聴いていった言葉です、マルテの手記にあるよ、世界的なデカタンス−まあそうさなあ、あなた流にいえばそういうこった、人も我もそりゃ同じ平地、でもってこれをどうするかの問題だったです、たとい我叫べばとて、天使はだれもそっぽ向いたまんま、リルケはそうですよ、結局失敗したとしかいいようになく。
 なぜか、言葉のせいだって、学生のころ思いましたよ、日本語なら成功する、よおしってね、アッハッハでもってこけの一念でやり通したです、こんなこと仏教には関係ないからいわんだけだ、でも仏教は西欧人が失ったモ−ツアルトを取り戻してくれましたよ。モ−ツアルトなんかいらんです、木の葉っぱ一枚と揺れているんです、これがどんなことか、そりゃ日本語なんかの行きつくこっちゃない。
 濁りなき心の水にすむ月は波も砕けて光とぞなる


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