日々是好日
お釈迦さんがお生まれになったとき、七歩歩んで上下四維指さして、天上天下唯我独尊といはれたとあります、わたしはすべての赤ん坊がそのように生まれ付くと思っております、実感です。七歩とは六道輪廻にもう一歩、六道輪廻を抜きんでて、如来としてあり、来たれる如しと、上下四維指さして天上天下唯我独尊です。
われらの実感は現実生活にあります、どうですか、あなたご自身、毎日が六道輪廻たらいまわしという−日々是れ好日とは程遠い現実を痛感しませんか。今日は地獄明日は極楽、一瞬一瞬が阿鼻叫喚であり、他人を蹴落としても一円でもよけい手に入ればとか、ほっとした二日後には子どもが交通事故、夫婦げんかのああいえばこういう、てめえのへま、いったい自分の望みはなにか、なんで世の中がこうある、通り魔でもやってやろうか云々です。
痛切に思い、古くより六道輪廻とあるその壁です、生まれかわり死にかわりのこっちゃない、たった今のおのれを、どうにかしてくれ、どうにかならないかっていうんです。 それを一時棚上げにして、いいことしいは極楽浄土となと、お題目に過ぎないといったら、そうです、お題目だっていいたいんでしょう。なんまんだぶつと巨大な数珠を一つづつ繰りながら、みなしてなんまんだぶつと唱える、一万回百万回念仏です。
我を忘れて唱えるんです、我=六道輪廻なんです、法悦というでしょう、自分という地獄餓鬼畜生修羅天上人間を免れるんです、そうしてついに忘我です、ほんとうにすっからかんになれば、天上天下唯我独尊の如来です。
物心つく前の赤ん坊がそうです、宇宙の一かけらのような、こわいような目をして。
わたしの実感は、既に生まれかわり死にかわりしないっていうことです。そんじゃつまらないってね、あっはっは、極楽浄土ぐらいつまらんとこないですよ、蓮のうてななんて退屈して死ぬ−理想郷とか共産主義とかたといなんだって、人間の観念の生み出したものには、人間は住めないんです。
如来とは何か、六道輪廻たらいまわしを来たる如し。
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