ドラキュラ


 ドラキュラになりたいって、うっふう、真っ白いうなじにザクッと噛みつく夜の住人、わたしはかつて透明人間になりたかったから、おたく+ソケットならこっち−かな。
 わたし大地とインタ−コ−スしたことありますよ、坐っていたんです、どうしてそんな気になったって、これ、たとえじゃなくって、ほんとうにやっちゃうんです、スペルマ出なかった、へ−えと思って、それっからやっぱり夫婦でいるのかなあ、ガイヤさんと二人って、でも天地宇宙、別に−透明人間張らなくたっていいとこある、どうってことないか。

 新宿西口に風月堂ってとこあって、そこの牢名主やってたら、「オオ、ジャパニ−ズボ−イ。」なんて優雅であるべきはずの、LPがつぶやく、ありゃなんだといったら、四分何十秒だったかなあ、なんにもいわね−のある、笑っちゃったです。
 これね、どう思います。
 「らしく」なんですよ、結局は作為(縛るっきりない)なんです、「やってみた。」という一事引くといったい何が残る、う−んて首傾げる。

 そのころ絵描き詩人の卵とかと付き合って、音楽とか芸術とか首突っ込んだ。忘れちゃったですけど、向こうの人で禅をモチ−フって人何人かいた、アンリ・マチスはさすがに禅とかじゃなかった、でも東洋ぶりっての、向こうの神さま忘れちゃったんじゃないかって、思わせる、そこ行くとセザンヌが徹底していた、神さまかそうじゃないかって議論すると、限りなくそうじゃないほうだけど、
「やっぱり。」
と思う、どっかどうしてもふっきれないものある、時間が無限延長して、だけど停止しないって感じ?
「ふん、禅に一番近いって、それレンブラントにでもしとけ。」
というのが結論だったか。
当時のわたし−ピカソとゴッホかなあ、とんでもないこいつらと刺し違えて、死んじまうより透明人間て思ったんかもってね。
後のこってす。

 富岡ホワイトの富岡画伯ご存じでしょう、もう死んじゃったけど、黒いとこ真っ白に塗ったくって、削ぎ落としてゆく、ユニ−クな作風だったが、あの人、
「雪舟の空間を手に入れるために、ヘリコプタ−で雪山を。」
とかいった、それ聞いてもって、日本人てまあなんて非常識になったんかって、思ったんです、せっかく絵好きだったのに、しょうがないなあって。
 
 雪舟はほとんど唯一人、禅の境地(なんの境地にもよらんのを、禅の境地というんですがね、ただの人の風景−ふつうの人は特別です)から絵を描いたんです。
 禅のビジブルなもの、まだありますよ、鎌倉彫刻が最高です、こればっかりは作者が成仏してないと、どうらしくやったって、見るもの見りゃ、な−んだこれってことです。あのまあ仁王さんの膨大なマッスが空です、虚空と同じに見える、うわっと思うんです、こんなことあっていいものか、東大寺の仁王さんなんて目じゃね−やってね。
 でもこれがほんとうです。


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