わが街 新津

 明治・大正にかけて日本一の産油量を誇った新津油田とそれを運ぶ鉄道で繁栄した街であります。しかし、現在は車社会、そして国鉄が民営化され上越新幹線の拠点も、それに伴う商業圏・通勤圏も徐々に新潟に移り、かっての活気は衰退しつつありますが、信越本線を中心に磐越西線、羽越本線への分岐点として交通要所の街でであったことは今も伺えます。また新津駅構内ではC57のSLをはじめ、昔懐かしい車輌も時々見受けられるのも新津ならではと感動しております。
 国鉄民営化に伴い日本で唯一、JR東日本車輌製作所がこの地に設置られ、ここで製造られた新型車輌(電車)は関東方面へどんどん運ばれております。 
 なお、国の政策である平成の大合併で平成17年3月に新潟市と合併し、日本海側では唯一の政令指定都市(81万都市)になる予定です。


D51498型 蒸気機関車

 D51型蒸気機関車は昭和11年から昭和19年にかけて総計 1,115両製造され、その製造技術が世界中から高く評価されたものである。だが、電化が進むにつれ昭和51年12月までに全機が本線の営業運転から退き、ほとんど廃車、解体された。現在、本線とつながったレール上に走れる状態のものは3両しかない。その3両とはJR西日本で保存されているD511号機とD51200号機、そしてJR東日本高崎運転所所属のD51498号機である。
 現在、JR東日本各地のイベントで使用されるD51498号機は、昭和15年鉄道省鷹取工場で製造され、岡山機関区で山陽本線を中心に戦前・戦後長らく活躍した。その後、吹田、平機関区を経て昭和38年10月以降、長岡・直江津・新津・坂町の各機関区に配置され、信越線・北陸線・羽越線等、新潟県下での運転歴も長かった。
 昭和63年、JR東日本が1両のD51型を復元して走らせるのに498号機を決定したのは、その保存状態が完璧だったからである。オリエント エクスプレス号の牽引を皮切りに、今なお東日本管内各地のイベントで活躍しつづけていることは、日本の機械工学技術レベルが如何に高かったかを物語っている。

                                   (参考文献   鉄道ファン 平成8年5月号)



C57180型 蒸気機関車

  C57型蒸気機関車は昭和12年から製造されたが、この機関車は戦後直ぐ昭和21年に三菱重工三原製作所で誕生した。爾来、昭和44年引退するまでの総走行距離は約169万km(地球42週分)に達した。引退後は新津第一小学校校庭の隅に保存された。新津は元々石油と鉄道で栄えた街、「新津市蒸気機関車保存協力会」の元に良く手入れされ、保存状態もよかった。平成9年この会が母体となり「SL C57180号を走らせる会」が発足。翌年JR東日本大宮工場で解体修理、平成11年磐越西線で試運転。その後「SL ばんえつ物語号」として復活。現在も4月〜11月の土・日に新潟・会津若松間で運転され、懐かしい汽笛とその雄姿には鉄道ファンのみならず満喫できる。

   2000年4月下旬   阿賀野路を走る雄姿(旧新津市新関付近)      2005年8月中旬  日出谷駅で給水(15分停車)

C57の動輪 1対 約2.8t

    磐越物語号と新型車輌 (2005年9月  新津駅)