しらちゃんランド
しらちゃん様

『ディア・ハンター』から考える「戦争の真実」

「ジェーン・フォンダは俳優としては尊敬しているけれど、この映画を見もしないで批判しているのはまちがいだと思う」と言っているスティーブン・スピルバーグをテレビで見て、ジェーン・フォンダって問題児なのかなと思ったのは、『ディア・ハンター』が1978年のアカデミー賞作品賞を受賞した時のことです。この映画に抗議する運動が起きていて、ジェーン・フォンダはその中心人物でした。当時中学3年生の私にはなにがなんだかよくわからなかったのですが、映画館で見たのはそれから4年後のことです。

1960年代末、ペンシルバニア州のロシア系住民の繰り広げる結婚式と鹿狩り、そして幼なじみ3人、マイケル、ニック、スティーブンのベトナム出兵。3人は戦場のベトナムで一緒にベトコンの捕虜となり、ロシアン・ルーレットを強制される。マイケルが反撃して命からがら逃げ出すものの、スティーブンは足に重傷を負い、ニックは行方不明になってしまう。帰国したマイケルにニックがサイゴンで生きているらしいらしいという話が伝わり、マイケルは単身サイゴンに赴く。。。

泣きました。映画を見てこんなに泣いたのははじめてだというくらい泣きました。「死ぬ直前にまた見たい映画だ」と友だちには伝え、サントラのLPも何度も聞いて、どこかのお店のBGMで「カヴァティーナ」が流れているのを聞いただけで涙が流れ出してくる日々。どうして「ベトコン」が同じベトナム人の農民を殺しているのかよくわからなかったけれど、ベトナム戦争でアメリカ人がずたずたになったことはわかりました。戦争のむなしさを描いた名作ですね。。。ベトナム戦争のことを知らなければこんなもんでしょう。
しばらくしてベトナム戦争に興味を持ち、何冊かの本を読んでわかったことは、農民を殺しまくったのはアメリカ人だということ!、捕虜に対して非人間的な拷問を加えて殺したのはアメリカ人だということ!、「ベトコン」ということばは、南ベトナム政権による蔑称で、正式な名称は「南ベトナム解放民族戦線」でなければいけないこと!、エトセトラエトセトラ。2年ぐらいしてから『ディア・ハンター』をもう一度見てみましたが、涙が流れるどころか、不愉快でしかなかったです。
もちろん、ベトナム戦争を、ソ連・中国の支援する北ベトナムとアメリカの支援する南ベトナムの冷戦代理戦争、と矮小化する人が日本にもたくさんいることは知っています。アメリカ人にとっては「負けたからいけなかった」戦争みたいです。ただ、もっと問題なのは、だれとだれがどこで戦ったのかさえ、一般的な知識ではないということですね。今回、この原稿を書くにあたって、サイトを検索したところ、こんな映画の紹介がなされていました。「北ベトナムでの戦況は酸鼻を極めていた。逃げまどう農民を虐殺するベトコンに対し(以下略)」(キネマ旬報DB)、あらら、「北ベトナムの手先のベトコン」が北ベトナムで農民を殺しまくったなんて、アメリカ人だってびっくり仰天してしまう史実です。つまり、立場が違うから戦争のとらえかたが違うとかいうのではなく、この要約を書いた人にも他の多くの人にもベトナム戦争の基礎知識さえないだろうということが大きな問題なのです。
そうなると、戦争の悲劇を描いた作品だからと言って安易に感動することはできなくなってしまいます。戦争映画を見る前にその歴史を勉強してから見ろなんていうのはとうてい無理な話で、映画ファンはどうしたらいいのやら。安心して見ることができるのは、「ホロコースト」関係かな。だって、「ドイツ=絶対悪」だから、たぶん。でも、ユーゴスラビア内戦やスペイン内戦の悪者ってだれかわかります? 幸いなことに、もっとも作品公開数が多いアメリカの映画ではスペイン内戦をあつかったものはなきに等しいので心配も少なくてすみますが。『ブラックホーク・ダウン』のソマリア内戦なんてちんぷんかんぷんですね。「この映画すごいみたいよ」「あ、ベトナムね」「そうそう」なんて会話が映画チケット売り場で聞こえましたが、それはむりもないでしょう。
では、「映画なんだから」と割り切ってしまえばいいのかな。「ベトコンがサーフィンやロシアン・ルーレットの名人であるか否かを問うことの映画的ファシズム」つまり、そんな歴史的事実なんかどうでもいいじゃんかと蓮実重彦は言っています(『映画狂人シネマの扇動装置』河出書房新社)。余談だけれど、彼が『グッド・モーニング・バビロン』を批判したさい、映画のモデルになった『イントレランス』のセットはあんなにちゃちくない、なんてことを言って怒っていましたが、そんなのよくあることで、これこそ「映画的ファシズム」ではないですか!
もし「映画なんだから」と割り切るとして、ドイツ人を殺しまくるユダヤ人に対し戦いをいどんだSS隊なんて映画を見たいと思うかどうか。ユダヤ人がドイツ人に反撃をしたワルシャワ蜂起をドイツ人の側から映画化したものを見て、「ドイツ人だってひどい目にあったんだ。それが戦争なんだ」という感想を述べることができるかどうか。それと同じことをベトナム戦争の映画には許してしまっているというのがとてもふしぎです。ドイツに「勝った」アメリカは、自分の国が直接かかわったことではないのに、延々とナチスの非道を映画で描き続け、ベトナムで「負けた」アメリカは、延々とベトナムでのアメリカ人の苦難を映画で描き続ける。世界の映画産業の中心がベトナムだったら、アメリカ人俳優は「国際俳優」へ飛躍する夢を持って、ベトナムを侵略する悪徳軍人の役を喜んで引き受けるのかな、なんて考えたりします。

『ブルーサンダー』(1983年)はベトナムで捕虜をヘリコプターから突き落として殺した上官とそれに反感を持った部下がアメリカ国内で政治陰謀を巡って対立する話。『ユニバーサル・ソルジャー』(1992年)は、自分の連隊の仲間とベトナム民間人を殺した軍曹と彼と争った部下が、ともに死んだのちに特殊技術により蘇生され対テロリスト特殊部隊として蘇り、記憶が戻ってふたたび対立する話。この軍曹、ベトナムでは殺した人間の耳を切り取って数珠のようにつなげて悦に入るのですが、アメリカで生き返ってからも耳切り取りをしてしまうんですね。
これらの映画ではベトナム戦争は、あくまでもストーリー上のお膳立てでしかないものの、ベトナム戦争から時がたち、アメリカ人にもある程度は真実−−−記念品として殺したベトナム人の耳を切り取るのは当時のアメリカ兵が実際にやったこと−−−が伝わったということがわかり興味深く思います。ただ、もしもベトナム戦争が農民を虐殺するベトコン共産勢力に対するアメリカの正義の戦いで、アメリカはぎりぎりまで紳士的に戦ったのが歴史的事実だとしたら、この2本の映画は歴史を歪曲する映画ということになります。

あなたが見ている戦争映画は史実として正しいですか。それとも、「映画なんだから」史実が捏造・逆転されていてもかまいませんか。これは自分に対してのいつまでも消えない問いかけです。


『ディア・ハンター』(1978年・米)
監督:マイケル・チミノ
出演:ロバート・デ・ニーロ。クリストファー・ウォーケン。ジョン・カザール。メリル・ストリープ。
BACK