くろねこさん

『きけ、わだつみの声』

戦争。
人が人を殺す狂気
殺さなければ生きていけない狂気
若者の未来を奪い、そんな世界に押し込む狂気
おそらくは、誰の心の中にも棲む鬼が
その人の人格を乗っ取ってしまう狂気

その中でも、必死に、人間らしく生き抜こうとする生命
その輝きを押しつぶそうとする狂気
ごくごく平凡に、穏やかに生きていたはずの人たち、
その狂気の中に飲まれ、そうでない生命を、
まるで、そうでないことに嫉妬するかのように、
自分たちの狂気の世界に引きこもうとする
それに逆らう者を押しつぶそうとしてしまう。

終戦50年のグラウンドから、終戦間近の狂気へと
飛ばされてしまった1人の若者。
50年後を、戦争の虚しさを知る彼は、
なぜか組み込まれているその世界で、徴兵忌避者となり
「非国民」と糾弾される
その中にいる者は、その世界の狂気に
気付くことはできず、
彼の叫びは、誰にも届かない

かばおうとする両親にさえ。
両親が彼をかばうのは、
息子の命のためであって、
その主張の正しさを知るからではないのだから

否応なく、前線に送られていく学生たち
学問半ばにして旅立っていく彼らに贈られた教授の言葉
与謝野晶子の歌にこめられたその思い
いくら深い思いでも、表立ってそれを表明することの許されない世界
人の心を、言葉を、権力という暴力で押さえつける狂気

「大事な者を守るため」、志願して生きて帰れぬ道を進む若者たち
その想いが、悲しく、やりきれない
なぜ、守りたい者のために、「戦争をなくす」という道を選べないのか
そんな彼らは、すでに、狂気の波に飲まれているような気がするから
時代の狂気に飲み込まれ、その道を失っているような気がするから

それでも、彼らの想いは、泣きたくなるほど純粋で
だからこそ、よけいに悲しい

今はただ、祈ろう
そんな日が、2度と来ないことを。


『きけ、わだつみの声』 (1995年・日本/東映)
監督: 出目昌伸
出演: 織田裕二。 風間トオル。仲村トオル。緒形直人。
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