2001年度から2002年度、山梨県の現職教員大学院派遣制度を利用し、2年間にわたり都留文科大学大学院社会学地域社会研究専攻に在籍した。研修期間中は、日本近現代史、特に昭和の戦時下の社会・文化の変容を研究対象とする高岡裕之教授の指導の下で、私の生まれ育った大月の空襲について調査・研究をし、その成果を修士論文にまとめた。
 これまでにも大月空襲を扱った刊本は数点あったが、そのいずれもが体験者の証言によって構成されており、具体的客観的な被害状況や、大月が空襲を受けることになった理由については、不明のままだった。本論文では、これまで引用されたことのない大月市立図書館に所蔵されている市有文書「戦災関係書類綴(文献276)」や国立国会図書館にマイクロフィルムとして所蔵されている米軍文書 "Records of the United States Strategic Bombing Survey (RG243)"にもとづいてそれらを解明し、さらに大月空襲体験者への聞き取り調査を行うことによって、新たな被害者を2名追加することができた。
 本論文の終わりにも書いたが、私のつたない調査研究でも、新たな犠牲者を2名確定し得たように、大月空襲の被害については未だ未解明の部分が多い。プライバシーの保護を名目に目を通せなかった資料もたくさんあり、また、聞き取り調査による「証言」については、当時15歳の少年も、すでに70歳を越えていることから、直接に聞き取れる時間も多くは残されていない。その他、個人ではいかんともしがたい事柄もあることから、これまで明らかにされた事実を再度検証し、不足部分を明らかにし補完していくために、もう一度大月市の手で「大月空襲」がまとめられることを期待してやまない。
 なお、戦後60年を期して、今夏に出版する予定であったが、諸般の事情により、頓挫してしまった。とりあえずホームページで公開し、たくさんの方の情報を得る中で加筆修正し、来夏には製本するつもりである。

 本論文を作成するにあたり、上記の高岡裕之教授による懇切丁寧な指導をはじめ、前大月市教育委員会教育長加納健司氏や前大月東中学校長天野昭氏の温かい励ましと助言をいただいた。また、米軍文書を訳出する際には、猿橋中学校英語教諭平井成二氏に協力いただいた。この場を借りて感謝の意を表したい。

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