どんど焼き

 道祖神は古くから民間で行われている信仰の一つであり、集落の境や集落の辻(道路の分かれ道)に丸石、陰陽石、石像、石祠など様々な形で祭られている。長野・静岡・神奈川・群馬・山梨には双体道祖神が多く、大月市内では梁川町新倉の有倉神社前にある双体道祖神は有名である。
もともとは、境界を守るものとしてその境から悪病、悪霊の入り込むのを防ぐ神であったが、その置かれた場所からやがて道行く人を災いから守る性格を持つようになった。さらにいろいろな信仰と混じり合って縁結びの神、子どもの守護神、増産農作の神という性格もあわせ持つようになった。

 どんど焼きは、道祖神の祭行事のひとつとして1月14日、15日の小正月に行われる。昔と違って今では道祖神近くにも家が立て込んできたので、河原や田畑などの空き地で行われるようになったが、梁川町新倉地区では現在も有倉神社前、つまり上に述べた双体道祖神前で行われている。またかつては14日の夜または15日の朝に行われていたが、最近は勤めの関係で日をずらして休日に行われたり、また、消防の関係で昼間行い、夜は禁止されることも多い。
正月の門松やしめ飾り、お札、おひな様などを各戸から集められ、また火の勢いをつけるために杉の葉や竹を入れたりして造られる。どんど焼きの語源については、火が燃えるのを「尊(とうと)や尊(とうと)」とはやし立てたことから、そのはやし言葉がなまったとか、あるいは、火がどんどん燃える様子からそう名付けられたとか言われるが定かではない。地方によっては「どんどん焼き」などの名称もある。

 どんど焼きで正月に飾っていた松や飾りなどを燃すことによって、正月の神様は煙とともに天に戻るとか、その火に体をあてることによって健康で丈夫な体になるとか、餅や火で焼いて食べると病気をしないとか、火に書き初めをかざしてそれが高く舞い上がると字が上手になるとか言われている。このことから、火を神聖なものと考える信仰が背景にあることがわかる。また、燃え残った木は魔よけになると言われ、家に持ち帰り門口に建てたりする。梁川でも西村、綱本を歩くと玄関の軒先などにどんど焼きの燃えさしが縄に吊されているのを見ることができる。また、その灰を田畑にまくと豊作となると言う人もいる。

 どんど焼きの火の勢いが弱まると、団子や鏡餅を焼く段取りとなる。この団子を「繭玉団子」という。米の粉をこねて蚕の白い繭の形に似せて丸めた団子で、ダンゴバラとよばれる山桑の枝などにさして神棚や大黒柱に飾った。蚕が安全に成長し、たくさんの繭ができるようにと願い、養蚕が盛んに行われた地区に多くに見られた。かつては梁川でも多くの農家で蚕業が営まれ、神棚ばかりか部屋中に繭玉団子を刺したダンゴバラが飾られたそうだ。
どんど焼きの神聖な火であぶられた「繭玉団子」は薬となり、これを食えば風邪をひかない、虫歯にならない、健康に過ごせるなどと言われ、その場で食べたり、家で留守居をしている家族に食べさせるために持ち帰ったりする。