警戒区域を散歩した韓国人観光客                            岡森利幸   2009/1/22

                                                                    R1-2009/1/25

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2008/7/12 一面

北朝鮮の金剛山を観光旅行中の韓国人女性、朴(パク)ワンジャさん(53)が2008年7月11日午前5時ごろ、観光客立ち入り禁止区域内で警備兵の発砲を受け、死亡した。

朴さんは金剛山観光の団体旅行に参加していた。日本海側のチャンジョン湾に面した宿泊先ホテルから午前4時半ごろ1人で散歩に出かけて、撃たれた。

北朝鮮は9時40分ごろ、観光事業を運営している韓国企業に通報。朴さんが北朝鮮の警戒区域に侵入し、警備兵の停止命令と警告射撃を無視して逃げようとしたため、銃撃したと説明した。

毎日新聞朝刊2008/7/15 国際面

北朝鮮・金剛山で女性観光客射殺事件。

立ち入り禁止区域のフェンスは、高さ3.5メートル、70メートルの長さがあったが、波打ち際の手前約30メートルで途切れ、そこから、海までは砂が1〜2メートルの高さに積み上げられていた。さらに「立ち入り禁止」の警告標識はフェンスの海側末端から65メートルも離れたところにあった。このため朴さん波打ち際を歩いているうちに、誤って進入してしまった可能性が指摘されている。

観光ホテルはからフェンスまで北に1.1キロ、さらにフェンスから北1.2キロの海岸線沿いに北朝鮮軍の見張り所があり、警備兵が常時監視していた。朴さんの遺体はフェンスから200メートル北の砂浜で発見された。

毎日新聞朝刊2008/12/27 国際面

韓国統一省が、経営難に陥っている金剛山観光業者に70億ウォン(約5億円)を貸し出す。

7月の韓国人観光客銃殺事件から5カ月がたったが、事業再開の見通しがたたない。

観光客が歩き回るすぐそばにフェンスで囲われた北朝鮮軍の監視区域があるのも、異様なことである。観光客が歩き回る区域がフェンスで囲われているのかもしれない。

なぜ、観光地のそばにこんな監視区域を設けているのかというと、北朝鮮には、宿泊施設周辺でさえ、観光客に見せたくない部分があるから、あるいは、観光客と住民と「不用意な」接触を恐れていたから、監視していたのだと想像できる。観光客に見せたくない部分というのは、第一に、庶民の困窮した暮らしぶりだろう。

金剛(クムガン)山の観光は、韓国人にとって人気のあるスポットで、この前年(2007年)には約35万5000人が訪れたという。北朝鮮にとっても、いい外貨収入源になっていたのだろう。金剛山観光の宿泊施設の一つが、日本海(東海)に面したチャンジョン湾の海岸にあって、そのホテルから散歩に出た一人の女性が銃撃されたのだ。この事件によって、北朝鮮と韓国が互いに相手を非難し合うという外交問題にまで発展してしまった。北朝鮮は、決して自分たちの非を認めず、自分たちの行為の正当性を主張するだけで、真相を明らかにしようとしないし、韓国側は無防備の女性観光客を「逃げようとしたから銃殺した」という説明ではとうてい納得できない。再発防止もおぼつかないようでは、観光旅行を再開するわけにはいかないだろう。

ホテルの前の海岸は海水浴場にもなっているというから、きれいな砂浜と海が広がっているようだ。韓国やその他の国からの観光客が来て、旅行を楽しむ一方で、銃を携えてそれをじっと監視する北朝鮮警備兵の「悲しい構図」がある。北朝鮮の戦争は終っていないのだ。朝鮮戦争は1950年6月から始まり、1953年7月に休戦になったが、北朝鮮は、今でも、戦時下の状態にあるのだ。「ほしがりません、勝つまでは」の標語がふさわしいような状況(一部の上層部を除いて)なのだ。

 

パク・ワンジャさんが撃たれた状況を想像してみよう――。

パクさんはホテルの一室で4時に目覚めた。パクさんは、部屋に閉じこもっているよりは外へ出て北朝鮮の地をもっと踏みしめてみたかった。〈この異国の地を歩くのは、もう二度とないかもしれない〉という思いがあり、ベッドに寝ているのはもったいなかった。旅の道連れの友人たちは、前日の山登りで疲れてぐっすり眠っていたから、そのままにした。

ホテルの門を出て海岸に出た。まだ夜が開けきらず、うすい朝の光と空気を感じた。目の前には、チャンジョン湾の海が広がっていた。海岸線に続く岬や、海に浮かぶような小島が見えた。海岸の波打ち際に行き、打ち寄せる波を見つめた。ちょうど引き潮どきらしく、海岸線が後退し、砂浜が広く現れていた。

パクさんは多くのことを考えていた。自分の国、韓国とこの北朝鮮は、一つの民族が住んでいるのに、政治的に分断され、いつまでもいがみ合い、緊張が続いている現状に、自分ではどうすることもできない無力さを感じながら……。自分たちがこうした観光旅行で二つの国の間を行き来することが、相互の融和と平和にわずかでも一助となればいいと思いながら……。パクさんは、波打ち際に沿って北に歩き続けた。まだ朝の食事まで時間はたっぷりあったから、ホテルへは、すぐにもどる気はしなかった。

一方で、見張り所で一人の警備兵が、チャンジョン湾を遠望していた。真夜中に交代して任務についてから、夜明けは、ちょうど任務の半分の時間がすぎたことを意味した。いつものように何事もなく、終るかと思っていた。そのとき、波打ち際に黒い影を発見した。

〈こんな時間に一人で歩くのは怪しい。観光客なら、だいたい2、3人のグループで行動するものだろう〉

その影が警戒区域内に近づいてきた。望遠鏡でのぞくと、観光客らしい服装の女が見えた。

〈警戒区域内に入るのは、不審者かもしれない。韓国諜報部の女が団体旅行客に紛れて、わが国に侵入し、スパイ工作をするのかもしれない〉と警備兵は思った。緊張が走った。見てる間に、その女はフェンスを無視するかのように、フェンスの切れた波打ち際から警戒区域内に入ってきた。警備兵はあわてて仮眠していた上官を起こして報告した。

「上官! 警戒区域に侵入して来る人影があります。観光客の一人のようでありますが、怪しい女です」

「そうか。キム二等兵、キサマ、尋問しに行ってこい!」

「はっ! キム二等兵、尋問しに行きます!」

警備兵は上官の命令を復唱し、銃を手に取って見張り所から飛び出した。

パクさんと警備兵が数百メートルの距離にせばまった時、警備兵が「止まれ! ここは警戒区域だ」と声をあげた。

パクさんが、その声の方に仰ぎみると、前方の海岸砂丘の上に警備兵の姿があった。銃をもって立っていたのだから、パクさんは驚いた。警戒区域と聞いて、後ろを振り向くと、300メートルほどのところに陸上方向に伸びたフェンスが見えた。波打ち際を歩いていたときには、気づかなかった。

警戒区域に入ってしまった!?〉

パクさんは、〈警戒区域には入ってはいけない〉とガイドや旅行会社社員にくどく言われていたから、ぞっとする思いをもった。〈大変なことをしてしまった。足を踏み入れてはいけないところに入ってしまった。すぐ引き返さなければ……〉 パクさんは、〈スパイ扱いされたら大変な目に合うだろう〉と思い、背筋が凍った。北朝鮮の取調べの厳しさも、噂に聞いていた。もう走ってもどるしかなかった。警備兵に背を向け、走り出した。

「止まれ! オーイ、止まれ!」と警備兵は叫んだ。

そんな叫びは、パクさんの恐怖心をさらに募らせるだけだった。

警備兵は、あせった。〈逃げるのは、やましいところがあるからで、不審者に違いない〉と思った。〈ここで不審者を取り逃がしたら、自分は上官に何を言われるか分からない。厳しく処罰されるだろう。鉄拳制裁だけではすまない。見せしめで、生きては出られないという収容所送りになるかもしれない〉という恐怖心もこみ上げてきた。

パクさんは懸命に走って、フェンスが途切れた波打ち際のところまで、あと200メートルの地点まで近づいていた。

警備兵は〈砂浜を走るのは、足が砂に取られて、とうてい女に追いつけない。女を止めるのは、銃しかない〉と思った。銃を構えて、照準を女の背中に合わせた。〈かわいそうだが、職務に忠実であらねば……〉

引き金を引くと、「バババーン」と自動小銃が火を噴いた。直後、警備兵は、女が前のめりに倒れるのを見た。

 

 

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