インド !びっくり! インド6日間 
インド
「!びっくり!インド6日間」
 デリー
 ガンジーの墓
 ジャイプール
 アグラ

 1ルピー=3円

インド以外の国は
  こちら からどうぞ
2006年12月29日〜1月5日(5泊7日)


 何がびっくりって、まず、このツアー(阪急トラピックス)の参加者が想像以上に多く、日程表に”3号車”とあり!びっくり!なんだか修学旅行のようだな〜なんていうのが始まりでした。それから次々と!びっくり!が続きます。さすがインド。 果たしてどれだけ!びっくり!したのでしょうか。お暇な人は、読みながら数えてみてはいかがでしょうか。

 1日目 平成18年(2006年) 12月29日(金)

 <日程>
 中部国際空港(13:00)→上海経由(16:00/17:00)
 → デリー インディラ・ガンジー国際空港(23:00) MU-292   バスにてホテル タージ・パレスへ

 早朝から大雪に見舞われ空港は、大パニック!よりによって暖冬の今年にいきなり大雪なんて!びっくり!予定通り機内へと案内されたものの、除雪車が何度もくるのですが、すぐに雪は積もってしまい、 そうこうしているうちに、飲み物サービス、そして食事のサービスまで出発しない機内で。果たして出発するのだろうか?と不安になるほどの時間が過ぎていきました。インドは呼ばれた者が行く所、、まだ呼ばれてないのかとあきらめかけたとき、それは、4時間後の午後1時、ようやく出発。ちょっと信じられない気持ちでした。何はともあれ出発したのでインドに行けるぞ!
中部国際空港にて除雪車
 上海の空港では、私達団体の到着を待ってのインド出発のため、急いで乗り継ぎ。深夜デリーのインディラ・ガンジー国際空港へ到着しました。霧のため、なかなか着陸できず、到着時間は大幅に遅れたせいもあってか、空港の出迎えも、ものすごい人、人、人で!びっくり!。さすが人口ナンバー2でもあるインド、まるで自分がヨン様?!になった気分でした(笑)。現地ガイドに連れられてホテルへと向かいました。夜だったせいもあるのか、想像以上に寒い。
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 2日目 平成18年(2006年) 12月30日(土)

 <日程>
 ホテル出発(09:30)
 フマユーン廟見学(60分)→インド門(30分)→国立博物館(60分)→クトュブミナール(45分)
 昼食後、ジャイプールのホテル KKロイヤルディズへと向かう 
 この旅行中、最高のホテルでの朝食には!びっくり!品数豊富なビュッフェ式で洋・中・インド色々あります。朝からカレーはきついけど・・・。

 朝食後はホテル内、プールやテラスなど散歩。正面玄関で民族衣装のスタッフと記念撮影。2mぐらいありそうな背の高いインド人でした。
 世界遺産のフマユーン廟へ。ムガル朝2代皇帝フマユーンの墓です。あのタージマハルも影響を受けたといわれるだけあり、よく似ている。赤い砂を敷きつめた道と、緑色の芝生、水しぶきをあげる噴水、また 南北東西に門があり、調和のとれた贅沢なお墓です。 フマユーン廟
 第一次世界大戦の戦死者を弔うために建てられたインド門。霧なのか排気ガスなのか、白いもやのため近くまで行かないとはっきり見ることはできませんでした。
 今思えば、ここから!びっくり!の物売りたちが登場しました。バスを降りると日本語で書かれたインドのガイドブックやおもちゃなどを手にした男たちがついてきます。でも、ここの人たちは静かだったのか、なんて言ってついてきたのか、あまり覚えていません。
インド門
 インドの歴史がつまった国立博物館。インダス文明の遺跡や仏教、ガンダーラ美術など南アジア周辺の歴史や文明に関する美術品が多い。
 最初の予定で行くことになっていたこの博物館とガンジーの墓が、なぜか郵送されてきた案内には消えていました。参加客からの苦情のため、急遽行くことになりました。やったー!

 世界遺産のクトュブミナール。インド最古のイスラム遺跡です。高くそびえる記念塔は高さ73m。逆光でうまく写真に写りませんでした。
クトュブミナール
 デリー郊外にあるアショカ・カントリーホテルにて昼食。カレーのバイキングでした。ナンは焼きたてを配ってくれます。カレーの種類も豊富で、カレーだけでなく、パスタやビーフンもありました。デザートは、砂糖のかたまりのようなあま〜い団子?やフルーツでした。

 昼食後、バスで6時間以上かけてジャイプールへと向かいました。高速道路でさえ、穴ぼこだらけなので、バスは激しく縦に揺れます。そして高速道路なのに、自転車も、歩く人も、そして、う、牛も!!いっしょなんてうっそーでしょ。これまた!びっくり!インドの運転は大変だ。夜8時、ようやくホテルに到着。
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 3日目 平成18年(2006年) 12月31日(日)

 <日程>
 ホテル出発(08:00)
 アンベール城(90分)→シティパレス(45分)→風の宮殿(5分)→宝石店
 昼食後、布の店、その後アグラのホテル クラーク・シラーズへ。
 前日のバスでの疲れに加え、夜中まで続いたホテルでのパーティとやらの騒音のため、寝不足で気分最悪のまま、朝食後、バスでアンベール城のふもとへ向かう。途中、ペイントされた象タクシーがバスと同じように道をのんびりと歩いているではないか。さすがインド。
 ジープで丘にある城をめざして走るのですが、またしても狭い道は穴ぼこだらけでしかも、ジープは吹きさらし状態で座っていてもどこかにつかまっていないと、投げ出されてしまいそうなくらい、気分最悪もどこかに放り出されてしまったようです。インドの不思議な雰囲気に!びっくり!
 およそ900年前の王の名前にちなんで建てられたのか、それとも宝石の街ジャイプールで採掘された原石の名前をとったのかといわれているアンベール城。ペルシャ建築でありながら、ヒンズーを代表する蓮の花の模様を取り入れるなどの配慮がみられる。
 城のまわりの山には、小規模版「万里の長城」のような城壁が今なお残っており、当時繁栄した様子がみられます。 
アンベール城
 他には、ベルギー産のステンドグラスに描かれた青い肌と横笛が目印の神様クリシュナ。
 ☆クリシュナとは・・・ヒンズー教の神話に出てくるヴィシュヌ神(様々な姿に変身して、悪と戦う人間を助ける神)の一人で、愛をふりまく美青年として有名ですが、時には戦士に武人として助言することもあり、3億3000万ともいわれるインドの神様の中で、最も愛され、親しまれている神様です。☆
アンベール城内ステンドグラス
 ジャイプールの旧市街にあるシティ・パレスへ。1727年に、この地の王サワイ・ジャイ・シンが、バラモン(占い師)の助言で建てた宮殿です。
 現在も一部にマハラジャの子孫が住んでいるらしい。入口の門を入ると中庭があり、宮殿の他に、後に子孫が建てた、当時の王の財産などを公開するための博物館などを見学します。それが、マハラジャ(王様)の衣装やアクセサリー、武器などが展示されている博物館です。
シティパレス
 インドで2番目に大きいシャンデリアやガンジス河の水を運んだ大きな銀の水瓶などが展示されています。どうやって運んだのだろうかと悩んでしまうくらい大きな水瓶です。なんと900リットルも入るというから、!びっくり!です。
 シティ・パレスの外では、蛇使いがいたり、牛がふつうに歩いていたりとインドならでは光景を見ることができます。
シティパレスにある水瓶
 ジャイプールを代表するハワー・マハル別名風の宮殿は、ピンク色の巨大な建物が通りに面して建っています。王妃や後宮の女性たちが、夫以外の男性に顔を見られることなく宮殿の外を眺めることができるようにと造られたそうです。
 しかし、意外にも、宮殿の中は薄っぺらで、それぞれの窓に座れるくらいの幅しかないようです。
ハワー・マハル(風の宮殿)
  風の宮殿の近くの宝石店へ。宝石の街として知られるジャイプールならではのショッピングなのかな・・・。その後、お待ちかねの昼食。
 中心地からそんなに遠くないレストランで、ビュッフェではなくターリーと呼ばれるセットメニュー。
 銀の丸いトレイにほうれん草、ひよこ豆、チキン、野菜の4種類のカレー、チャパティ、味付けされたライス、デザートがのっています。定食のような感じです。ナンは焼きたてを持ってきてくれます。まろやかな味でしかもビュッフェじゃないというのが最高。
ターリー
 昼食後は、布のお店、結構大型店へ。店の裏では、絨毯を洗濯していたり、糸つむぎをしている職人たちの工房も自由に見学できました。
 その後は、アグラへ向けて、バスでひたすら走ること6時間。長いバスの中で、ガイドさんが、インドについて色々とお話してくれました。しだいに質問も発せられるようになり、聞き入っているうちに、アグラに到着する時間だけど、やはり渋滞でかなり遅れるようです。今度は紅茶などの車内販売も始まりました。インドの道は穴ぼこだらけではなく、広いということを改めて実感しました。日本の8倍というから移動も大変なはずです。
 アグラのホテルへ到着すると、すでに始まっていたガラ・パーティ(ニューイヤーズパーティ)へ直行。ドレスアップする時間などない。ああよかった。の一言ですが・・・。テーブルにつくと、飲み物とおつまみ系はウェーターが運んできてくれます。他の料理はビュッフェ。もう面倒くさい。私達は、このビュッフェにいい加減飽き飽きしてきた所でした。どこへ行っても必ず長い列に並び、料理もほとんど代わり映えせず、食べるまでにものすごく時間がかかってしまうからです。移動の疲れもあったので、早々に部屋に戻り、休息しました。今夜は安眠できそうです。
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 4日目 平成19年(2007年) 1月 1日(月)

 <日程>
 ホテル出発(08:30)アグラ タージ・マハル(90分)→アグラ城塞(60分)→大理石店
 昼食後、ファテープル・スィークリー(60分)

 あけましておめでとう!のあいさつで始まった元旦の朝。今日はいよいよメインのタージ・マハルへ出発。小型バスに乗り換えて、門まで少し歩きます。またあのみやげ物売りの兄さんたちがついてきます。小物入れや知恵の輪のようなユニークな物などで、片言の日本語で商売しています。千円とか五百円とかの数字まで日本語を使っていて、感心しました。
タージマハル
 さて、世界遺産のタージ・マハル、厳しいボディチェックを済ませ、中へと進むと、えっー、何にも見えない!濃い霧のため、一寸先は闇ではなく真っ白。午後からならきれいに見えるはずでしたが、あいにく元旦で、王様が拝観されるということで、午後からは閉館。
 元旦ということもあり、観光客に加え、地元のイスラム教徒たちも、お参りにきていて、朝から大賑わいでした。
タージ・マハルに隣接するモスク
 続いて世界遺産のアグラ城塞、タージマハルと同じムガル帝国の王、シャー・ジャハーンの親子3代に渡って居城として使われました。
 ここでのハイライト、八つのドアに囲まれためずらしい八角形でできた部屋の大理石の壁には、花や草木の模様にすべて宝石がはめこまれた贅沢な部屋です。手の届くところにあった宝石は、ほとんど盗まれているため、現在では、入室禁止になっていて、柵から中には入れないようになっています。カメラの望遠で撮りましたが、このような壁や柱でできた部屋です。
アグラ城
 大理石の町とよばれるアグラ、小さな小物入れからテーブルなどの大きな物まで揃う店内では、作成する工程などの実演後、販売となります。さすがに高価なものなので、早々にバスに戻ると、あのみやげ物売りの兄さんいや、おじさん、おばさんがいました。ビンディや刺繍されたテーブルクロス、Tシャツなど、5枚で千円から始まり、終いには10枚千円になっていくのには、!びっくり!です。
 ホテルに戻り、昼食を取った後、バスで1時間半ほどの、アグラから西へおよそ40キロに位置する、世界遺産のファテープル・スィークリーへ。
 ムガル帝国3代アクバル王が建てた、勝利の都という意味のファテープル・スィークリー。しかし、水不足と猛暑にあえいだこの地での生活は、14年間しか続かなかった。
ファテープルシークリー
 帰り道、いきなり馬がこちらに向かって逃走してくるのです。運転手は急ブレーキを踏み、!びっくり!。馬はそのままとんでもない方向に暴走しようとしています。少年が追いかけて捕まえ、無事事故もなくてよかったです。
 夕方、ホテルへ戻り、オプションでアユールベーダに参加する人もいましたが、久しぶりにのんびり部屋でくつろぎました。
 お風呂のお湯が少し茶色でしたが、ミネラルウォーターを毎日一人1リットル無料サービスだったので、洗顔や歯磨きにはその水を使い、普段よりも肌の調子がよかったほどです。
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 5日目 平成19年(2007年) 1月 2日(火)

 <日程>
 ホテル出発(08:00)
 デリーへ→昼食後、手工芸品店(45分)→ラージ・ガート(45分)中華の夕食後、空港へ。
 しかし、霧のため1日延期。デリー郊外のクラウン・プラザ・ホテルへ
 今朝も濃い霧に包まれ、デリーへ出発。すっかりインドの景色も慣れてきて、少々のことでは驚かなくなってきました。しかし、ガイドの一言でそればかりが目につくようになってしまい・・・。それは、風のトイレ。急にトイレに行きたくなったら遠慮なく声かけてください。草むらの中でどうぞ。確かに汚いトイレに行くよりその方がいいかも。何気なく窓の外を見ていると、男は壁に向かって、女は木の下でしゃがみこんでやっている現場を何度も見てしまい、!びっくり!住宅にトイレはないのかも・・・。 アグラの町並み
 渋滞のため、予定より遅れて、午後1時、デリーに到着。バスに長時間はお腹もすきます。最後のインド料理はターリーで、雰囲気のよいレストランでした。やはり4種類のカレーとチャパティ、コロッケ、タンドリーチキン、白いライス、生野菜(これは食べてはいけない)、デザート、そして焼きたてのナンです。ビュッフェよりこの方が断然うれしいです。 ターリー
 最後のショッピング、手工芸品店というか、何でもある総合お土産屋といった感じですが、意外に高いと思ってしまった私たちは、もうインド人?あの物売り兄さんたちの商品と何ら変わりないような物もあり、あの兄さんたちと交渉して買ってもよかったかも・・・。でも、やっぱり私達にとっては、いらない物なのです。
  英国の植民地から戦争なしで独立を果たしたインド。その指導者が、かの有名なマハトマ・ガンジー。そのお墓、ラージ・ガート。黒い大理石の慰霊碑へは、靴を脱いで参拝します。
ラージガート
 早めの夕食、昼食から2時間強しかたってないので、食べられない最後の晩餐、中華料理。おいしそうなのですが、手が出ない。レストランの辺りは、ショッピング街になっており、少しぶらぶらと散策もしました。そこにも、地図売りの兄さんがお店をでるとやってきました。靴磨きをする子どももいました。そして、噴水のあるベンチの背後には牛たちが・・・。歩行者通りの角にも牛たちがのっそのっそと歩いていたり、犬が走り回っていたり、ここは、サファリパーク?いえいえショッピング街です。
  空港へと向かいましたが、霧のため飛行機が欠航?ガイドさんたちが航空会社と長い間交渉の末、どうやらデリー郊外のホテルで一泊して明日出直すことになり、バスで1時間、豪華なクラウンプラザホテルへ到着。
 展望レストランでの夕食付きということなので、食事はさておき夜景を見にいきましたが、やはり霧で真っ白。何も見えませんでした。
 そして、異常な寒さに!びっくり!。部屋は、暖房がないので余計に寒く感じました。
デリーのホテル
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 6日目 平成19年(2007年) 1月 3日(水)

 <日程>
 ホテル出発(10:00) デリー空港(16:00)→上海(00:10)
 上海(三湘大厦)HUNAN ホテルで仮眠



 ようやく10時、ホテルを出発し、空港へと向かいました。昨日からの欠航のため、空港は大
混雑のため、乗客しか空港内に入れないので、ガイドさんとは、駐車場でお別れ。午後1時
頃、出発する予定が、遅れて4時。上海には、深夜到着となったため、3〜4時間の仮眠を
取るため?に、バスで1時間ほどかけてホテルへ。ホテルのお風呂のお湯は濁っていて、なんだ
か臭い。足浴だけして体を温め、ベッドに入る。インドも寒かったが、上海も同じく寒い。

 7日目 平成19年(2007年)  1月 4日(木)

 <日程>
 ホテル出発(06:00)→上海空港(10:30)→中部国際空港(13:30)
 早朝、ホテルを出発し、空港へと向かう。寒いのに運転手は窓を開けっぱなし。私達がカレー臭いのかな?
 上海の空港では、インドを出発するときから続いていたお腹の調子が悪化し、何度もトイレに駆け込むことに。もしかして・・・コレラ?生野菜は食べてないから大丈夫と暗示をかける。結局は、食べすぎと旅の疲れでしたが。
 一日遅れで、日本に無事到着。添乗員付きのツアーに参加ということもあり、いつものきままな自由旅の私達にとっては、色々と不満もありましたが、楽しかったこと、!びっくり!のインドを体験できてよかったと思います。5年後、いや10年後に訪れてみたいです。そのときは、また違った!びっくり!に出逢えることでしょう。
上海空港にて
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 阪急トラピックスを利用しました。