恋時雨
あたしは、季節と云うものが移り変わってゆくのが解る。
大抵の人は、この前まで春だったのに、気が付いたらもう夏だった、と云うふうに
四季を感じるらしいけど、あたしは準備期間が見える、と云うか、今日は春の準備期間が終わるから
明日から夏だ、みたいな。
これはあたしだけの持つ力だけど、特別な能力だとは想ってない。
ただ、少しだけ。
ほんの少しだけ人より季節の匂いに気づきやすいだけなんだと想う。
その日は朝から空が澱んでいて、重たくて鬱陶しいグレーだった。
あ、降るな、と想ってあたしは薄いピンクの生地にカスミ草のような花が散った傘を
持って登校した。
この傘を広げると、可愛すぎて目の前の滲んだ暗い景色の方が嘘みたいに見えるから好き。
碧い空が見えないなら好きな景色を見ればいい。
下校の時、水溜りを盛大に踏みつけて走って帰る男子や、教室に残って終わりも意味もない話で
時間を潰す女子や、自慢気に彼氏に電話して甘ったるい声で迎えを頼む子を見ると
あたしは醒めた気持ちになる。
そう見下していても、あたしはこの人たちと同じモノに見えるようになろうとする。
それは、この空間にいる為の、あたしの人生を狂いの無いものにする為の手段だから。
雲雀なら、「草食動物の生き様だね」と嘲笑うだろうか。
それでもいいの。悲しいことだけどあたしは雲雀みたいに強くないから。
あたしは、お母さんが持たせてくれたんだー。うちのお母さん天才でしょ?とかって言い訳して
独り、傘を差して帰るところだった。そして交差点の前まで着いた。
雨の似合う人だと想った。
長く、長く真っ直ぐに伸びた銀色の髪に切れ長の深い哀しみの目。
傘を持たずに惜しげもなく濡れたその人は、あたしの嫌いな景色がすごく似合ってた。
あたしはおもいっきり背伸びして、自分より30cm以上は高いその人に、傘を傾けた。
驚いたようにあたしに視線を合わせる。
「ほんのちょっとの距離だけど、ね?」
あたしがそう云ったとき、ちょうど信号は青に変わった。
ふっとその人は笑うと、あたしの傘を取った。
「おまえが持ってどうすんだよ」
一緒に歩道を渡りながら、「おめでたいっつーか、少女趣味だな」って笑った。
「お兄さん似合うよー。可愛い」
「う゛お゛ぉい ふざけんじゃねーぞぉ」
「う゛お゛ぉい?お兄さん喋んない方がいいよー。何かアホっぽーい」
「あ?うるせーよ!」
「お兄さんもうるさーい。ね、何人?」
「オレか?イタリア」
「へー。じゃあたしが日本語教えてあげる。淫乱とか!」
「・・・それ意味知ってんぞぉ。変なこと云わせようとすんな!日本語は結構解るんだよ」
「なぁんだぁ。じゃあ・・・時雨れるって解る」
「シグレル?グレるのか?」
「そんな言葉じゃないの!今日みたいな冬の準備期間に雨が降ったり止んだりすることー」
「ほー。そりゃ知らねえや」
本当にちょっとの距離だけど、あたしはなんだか幸せだった。
信号を渡りきると、その人はあたしに、どうして声掛けてきたんだ?って訊いた。
「んっとー・・・」
衝動、って云うのが一番正しいと想う。
あなたは強い。そう見えたし、話して解ったけどあなたは強い人だ。
でも、綺麗過ぎてあたしは苦しくなったの。
「綺麗なお兄さんだから声聴きたいなって。あわよくばもっといろんな声も。ひひひ」
「何気味悪いこと云ってんだてめぇは」
「あ」
2人同時に空を見上げた。さっきまで降った雨は止んで、雲の切れ間から真っ直ぐな陽射しが
地面に突き刺さるように射してきた。
「晴れたな」
ぱた、とあたしの傘を閉じながらその人はそれを見ていた。
銀の髪にしがみつく雫が、陽の光にきらきら反射して、小さい頃、雨上がりの蜘蛛の巣が
驚くほど綺麗で、長い時間見惚れていたことを想い出した。
「何だぁ?」
あなたを守ってあげたくなった。でもあたしの方が救われちゃった。
このままじゃ終れないし、終りたくもない。
「お兄さんの名前、教えて?」
降り始めた、恋。
まだまだ止みそうもない。
明日の雨が雪に変わっても。
蝉時雨、ってのは終りなく想えるほど五月蝿い蝉の声です。
で、降り止まない恋、タイトルはそう云う造語です。
安いって英語で何を思い浮かべますか?
「cheap」ですか?これは「安っぽい」って意味もあるそうで。
お金の場合「low」なんです。「低コスト」とかいいますしね。
で、これは僕の理想の女の子ですが、「cheapな宝石に溶け込んだ玉」
解りづらいですが、普通の女の子。否、安っぽい俗世に溶け込んだ女の子。
その中で、思慮深い面や子悪魔な面があると魅力的だなぁ、と。
夢小説の女の子は多分全部僕の理想で書いちゃいます。
理解した上で読んでもらえると是幸い至極。
ちなみに横断歩道を渡り切るまで見知らぬ人と相合傘ってのは最近ラジオで聴いた
「桑田圭介の優しい夜遊び」のリスナーさんの投稿から。笑
ネタは何処にでも落ちています。目敏く見つけ、拾い上げる感性、もとい意地汚さで
成海の小説は綴られます。