かつ消えかつ結びて
応接室の利点。
まず、上質なソファーがあること。いつでも寝られるんだよね。
次に独りになれること。学校の中は、教室でも廊下でもトイレでもとにかくどこにでも
人がいて落ち着かない。
そして、僕が密かに一番気にいってること。
それは、この部屋の窓から見られる景色。
初めてこの部屋に入った時は、綺麗な空の暖かい春だった。
ちょうど桜が満開で、窓を開けて手を伸ばせば触れられそうな近さに花が咲いていた。
こんなに間近に見られる場所は滅多に無い。
そしてその景色は、鮮やかに変わり続けて僕を飽きさせることがなかった。
夏には目が痛いほどの青空と緑のコントラスト。
秋にはそれはそれは紅く色づいた葉を見られる。
冬には薄く雪に覆われた枝が小春日和にはきらきらと光る。
その日、放課後いつも通り応接室に入ろうとすると・・・鍵、開いてる?
「・・・?」
「あ、おじゃましてま〜す」
いや、おじゃましてますっていわれても。
「鍵、掛かってたと想うんだけど?」
「うん、掛かってたよ〜。だって雲雀が合鍵くれないんだもん。あたしたちの仲なのにぃ」
そう云っては前髪のアメリカンピンを外すとひらひらと翳した。
は、2年生の文化委員。一度委員会の会議で顔を合わせてからすっかり付きまとわれた。
小さくて、ツインテールの髪を揺らしながらぱたぱたと駆け寄ってきて、
「ねぇね、名前何ていうんですか?雲雀恭弥?綺麗な名前♪ じゃあ何て呼ぼうかなぁ・・・。
ヒバ、ヒバリー、ヒバリン、ぴよ・・・」
ぴよって・・・。全部嫌だ、と云うと、
「え〜、じゃあやっぱり名前で・・・・・・恭弥(脂ぎったオヤジ風の声で)」
いや、どっから出してんのさ、そんな声。
**********************************************
とにかくは変な奴だ。黙っていれば結構可愛いのに。
「ねぇ雲雀ぃ」
「この部屋から見られる桜って、あたしが生涯見る桜で一番綺麗だと想うの」
は窓を開けて、思いっきりつま先立ちで外を眺めていた。
ふっと、ある事件を想い出した。
それは、この部屋の窓から、一人の女子生徒が飛び降りた、と云うものだった。
幸い、下には芝生もあったし、散った花びらで大怪我にはならなかったらしい。
それが、だった。
どんなに教師から理由を訊かれても曖昧な返事しかしなくて、いつの間にか何も無かったように
すごしていた。
同じようにの横に立って窓にもたれながら景色を眺めるふりをしての顔を盗み見ると、
こんなに近い桜の花を、遠い目で見ていた。
そして、気のせいか 泣いているような目をしていた。
「そうだね。僕もそう想うよ。これから出逢うどんな桜より」
ゆく川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
澱みに浮かぶ泡沫は、かつ消えかつ結びて、久しく留まりたるためし無し。
世の中にある人と住処と、またかくの如し。
花の命は短くて、永遠なんてものもありえない。
今、僕らがここで見てる桜は、明日には散ってしまうかもしれない。
それでも、また季節は巡る。枯れては咲く。痛いぐらい綺麗な花が。
ほら、現にこの桜は、初めて見た頃より、ずっと鮮やかに咲き誇っている。
だから、大丈夫だよ。
end
伝わりづらい妄想小説シリーズ。
風景描写は僕の学校の教室から見える銀杏の木が元になってます。
手、伸ばせば届きそう。否、絶対届く。落ちる覚悟でやってみようと想います。
黄色の中に埋葬されるなら本望。
桜墓地もいいなぁ。