Boys will be boys
終わった。俺の夏。
試合終了のホイッスルが響いて、俺たち3年生にとっては最後にして最大の大会である
中体連が幕を閉じた。
結果は、全道大会1回戦敗退。何とも不完全燃焼。ひたすら中途ハンパ。
そして今まで「取り組みません勝つまでは」「我が校の為に」と言い訳していた受験勉強一色の日々。
あああ〜。
「修斗くん、ちょっといいかな」
大会の報告が終わり、重い足を引き摺りながら帰ろうとした俺を呼び止めたのは夏目響だった。
響はブラスバンド部の部長でアルトサックス担当。容姿端麗、成績優秀。
なのに傲慢なところはない紳士ぶり。俺の苦手なヤツだった。
成績は下の上、ルックスはありふれたもの。サッカーの実力も3年の中では下から2番目。
己が酷くつまらないものに想えて、でへへとだらしない笑いでゴマスリしなくてはならないような
強迫観念に襲われる・・・のは俺だけじゃないはず。
「な、何だよ?」
何でございましょ?と云いそうなのをこらえて訊くと、響は白い羽根が舞うような笑顔を見せた。
「強姦してみない?」
ぶほっ。コーラがむせた。きっと俺の脳内変換ミスだ。合同・・・ナントカ、略して「ゴーカン」だ。
「え?」
「聞こえなかった?強姦。女を犯すんだよ」
長い前髪の下から、人より淡い茶色の目が真っ直ぐに俺を捕らえた。
窓からの斜陽で色素の薄い髪や肌が光に透けて、俺のきたねー部屋が明るく見える。
「や、ツッコミどころが多すぎてどうすりゃいいのか・・・。え〜と、どうして俺と?
何でそんなことしたいんだ?」
「そうだね。まず独りより2人の方が安全性、成功率が高い。次に君を選んだ理由、黒い」
は?黒い?俺は自分の浅黒い腕を見た。
「うん、闇に溶けて解りづらいからね。次に小さい」
響は俺を見下ろしながら続けた。確かに180cmのコイツより15cmは低い。どうせ俺はチビだよ!
「怒るなよ。小さい方が隠れやすいだろう?最後に、エロい」
「な、何の根拠があっていってんだよ!?」
「目、だよ。飢えた獣みたいな目」
そんないやらしい目してんのか俺は!?
ごそごそと俺のベッドの下に潜ると、響は数冊の本を出した。つきのあみ写真集、女子高生の秘密、美少女水着特集・・・などなど。
「勝手に出すんじゃねぇ!」
「ベタだなぁ。俺がいい隠し場所教えてやるよ」
呆れたように笑いながらパラパラと「ナースの誘惑」と書かれた雑誌をめくっている。と、突然本から目を離す。
「最後の質問な。ヤりたいからに決まってるだろ?」
キャラ違ぇ・・・。でも、くっと笑ったその顔は、俺がコイツと同じクラスになった1年半で、1番綺麗だった。
ある日、俺たちは塾の前の路地裏でウチの学校一の美少女・仲原恵美を待っていた。
仲原は清楚で物静かだけど、テニス部でも活躍する活発さも持っている。響と付き合ってる、と云う噂もあったが
「いや、あれはデマ。モロ好みだけど」(響談)・・・だそうだ。
21:00を回ると、仲原が出てきた。俺たちはこっそりと後を尾ける。そして、友達と別れたところを――――。
響が素早く口を抑えて路地裏に引き込んだ。「騒ぐなよ」と鋭いナイフを見せつけるようにかざした。
「さ、ヤれよ」響は俺を振り返った。
とんでもないことをしている。それは恐怖だった。しかし、俺以上に怯えた中原の顔を見ると
何も憶えていなかった。
ただ、酷く疲れた。響が嬉しそうに笑って、恐怖は人を欲情させると云った。
響のプレイは猟奇的だった。執拗に肌を舐め(テニスで焼けた浅黒い肌が好みらしい)、狂ったように腰を振る。
最後には月光に光るナイフを滅茶苦茶に仲原の身体に突き刺して殺してしまった。
荒く息をする響の首筋から汗と返り血が流れる。血塗れの指を舐めながら妖しく笑っていた。
その後、俺たちの町では連続猟奇的強姦殺人、と云う長ったらしい事件が騒がれることになる。
普段は俺たちはまったく会話をしない。俺は相変わらず馬鹿な友達とつるみ、響は下級生の女の子に慕われて引退しても
部活に顔を出している。
ただ、どちらともなくメールで連絡を取り合って、行動に移す。
響に仕込まれた通りに、闇に紛れて女を物陰に引き摺り込み、響と犯して最後に響がトドメをさす。
結局、捕まることはないまま卒業の日を迎えた。
「なぁ、いつまでこんなことすんの?」
あの日のように、俺の部屋でコーラを飲みながら響に訊ねた。
「もう止めたい?」
逆に響の方から質問で返された。
「ん〜、なんつうか、もう高校も入るし・・・。彼女も欲しいし・・」
「うん、じゃあ止めようか」
あっさりと響は云った。何だかこっちが拍子抜けした気分だ。
「いいのか?」
「ん。あぁそうだ。修斗の飢えた目はね、いやらしいって云うか、壊したいって目だと想ったんだ」
想い出したように響は続ける。壊したい。確かに俺は壊したかったのかもしれない。女を。道徳を。ゴミみてぇな自分を。
「俺たち、すげーことしちゃったな。償わなきゃいけねぇのかな」
「どうだろうな。じゃあ俺は死をもって償うかな。本気で惚れた女に、殺されて死にたい」
さらりととんでもない言葉を吐いた響の顔は、長い前髪でよく解らない。
「えー、おまえM?」
「ばぁか、俺はミスター・サドだよ」
2人でひとしきり笑って、響はじゃあもう帰るな、と立ち上がった。
「すげぇ、楽しかったよ」
俺の言葉に、ちょっと振り返って響は、くっとあの綺麗で憎たらしい笑顔を見せた。
あれから、7年。今年大学を卒業した俺は久々に同窓会でかつてのクラスメートと再会した。
そこに、響の姿は無かった。響は22歳を迎える前に、死んでしまった。
同棲していた彼女が実は2股をかけていて、響の金を奪って別の男と暮らそうとして殺人に至ったらしい。
ニュースで観た女はどこか仲原に似ていて、健康的な肌をしていた。
遺影の中の響は、中学の頃より色気が増して、怖いぐらい美しかった。
良かったな。
空を見上げて呟いた。響はきっとこの上ない快感の中、幸せに包まれて逝ったのだろう。
そして、こんなちっぽけな世界に生きる俺を、笑いながら見下ろしているんだろう。
end
Boys will be boys――男の子は何処までも男の子(悪さをするのは仕方が無い)、だそうです。
辞書で見かけて、この単語から1作書きたいなぁ、と想って仕上げた物です。
羨ましいなぁ、男の子。女の子の醍醐味も当然ある。だから僕は欲張りにいこうと想う。
中性的な人間になれたら理想的。
大人気なくていいんです。悪戯も冒険も必要だ。
人生から炭酸水の喉越しを失ったら、美味しくないです。