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                      啄木紀行 ・ X   ( 釧路編 )



 3. 幣舞橋 (ぬさまいばし)     (’06.12/11 記 )

 「朝市」の前の道を釧路市役所の方向に400m程歩くと、右手に「釧路市交流プラザさいわい」 という施設がある。その施設のある場所辺りが、啄木が釧路に降り立った旧小樽駅の場所なのだ。

 その施設敷地の道路際に、「釧路停車場跡」 という表示と共に、啄木の歌碑があった。
 釧路入りした時の歌としては 「さいはての駅に下り立ち雪あかり…」 があるのに…と思ったが、刻まれていたのは次の歌であった。


    浪淘沙(らうたうさ)
   ながくも声をふるはせて
   うたふがごとき旅なりしかな


                       「一握の砂」

 以前には、この辺りの停車場跡地に、「さいはての駅に下り立ち…」 の歌碑と啄木像とがあったらしいが、現在それらは「港文館」の所に移設されてあるらしい。その結果、この場所に停車場跡の表示と共に、 「浪淘沙ながくも…」の歌が新たに選ばれて碑が設けられたのかも知れない…。
 啄木が釧路入りした当時は、鉄道は釧路が終着駅であった。従って、駅はその先が港のこの場所でもよかった。しかし、その後の厚岸方面への鉄道延長によって事情が変り、現在の地に釧路駅は移されたのだという。

 来た道をそのまま進むと左手に釧路市役所がある。すぐの広い道を左折して、駅前からの道との交差点を右折…。そのまま300mほど行くと、釧路川に架かる幣舞橋だ。

 1889年(明22)に架けられた木の橋はあったが、(1900年(明33)の初代の幣舞橋から数えて、現在五代目になるという。
 現在の幣舞橋は、1977年(昭52)に架けかえられたもので、橋の欄干には春夏秋冬の四季の像が配置されていて、単に利便の為にとどまらず、市民のこの橋に寄せる思いの程が察せられる美しい橋…といえる。
ちなみに、この橋は札幌の豊平橋や旭川の旭橋と並んで、北海道の三大名橋の一つとされている。



 幣舞橋は釧路市の幹線道路に架けられているから、車の通行量が多い。四季の像は、橋の右側と左側にそれぞれ春夏、秋冬と配置されているので、私は橋の上を行ったり来たりしながらそれを見上げた。

           釧路川
       幣舞橋の四季像を川面にゆらし
       ゆるりと流



 



 2. 釧路朝市    (‘06.12/9 記 )


 10月17日(火) の午前6時少し前に、「まりも」は釧路駅のホームにゆっくりと停車し、「疲れたぁ〜」 というようなモーターの音を響かせた。











 
 乗車している間、吸うことができなかったタバコを口にくわえて駅舎を出た私は、くわえていたタバコに火をつけて、釧路の空気と共に深く吸い込んだ。釧路の街はボチボチ目覚め…という人の動きしかない。駅前には、客待ちのタクシーが並んでいたが、乗り込む人はほとんどいないようで、駅から出てきてタバコを吹かしている私に、「お前は乗らないのか…?」 と声をかけているようだった。。


 「早い時間だけど…朝食を…」 と、駅から遠くない「釧路朝市」に向かった。朝は 6時からの営業だから、食べるものもあるのだろう…と期待していた。
 外観では、「未だ営業していないのかなぁ…」 と思わされたが、扉を開けて館内に入ると、市場に出店している人たちが忙しそうに動き回っていた。誰もが開店準備中の慌しさにあって、早朝からの闖入者には無頓着の様子である。館内を見回すと、食事処が隅のコーナーにあった。
 未だ準備ができていなかったのか、「食事…だいじょうぶですか…?」 と尋ねると、「あっ…ええ…どうぞ」 と戸惑いのある笑顔で応えてくれた。

 注文した記憶がないのだが、今朝の定食メニューとして決っていたのか、しばらく時間が経ってから、焼き鯖がセットで出された。焼きたての鯖を温かいご飯と味噌汁で食したが、私は作り手の心の温かさを同時に味わっていた。市場内の店の人がニ三人、一仕事を終えてコーヒーを飲みに集まって来て、世間話をし始めた。

 その食事処は、イメージするのに参考に…敢えて例えれば、ご主人は、巨人と横浜で活躍し現在は野球解説者の駒田徳広に…、その奥さんは女優の宮崎美子に…、『 似た 』雰囲気の夫妻が営む店であった…か?。

 食後、「タバコを吸ってもいいか?」 と確かめて一服していると、「観光で来たのか?」 と聞かれた。適当な話をしている内に、札幌の禁煙エリアの話になった。私はポケットから携帯灰皿を見せて、「こうやってマナーを守っているのに…」 と喫煙規制に不満を漏らした。すると駒田徳広似のご主人は、似たような口調で、「 この辺じゃ…くわえタバコで仕事してますからねぇ…ワッ八ッ八ッ 」 と軽快に笑った。ニコニコしていた宮崎美子似の奥さんが、「よかったらコーヒーをどうぞ…」 と言う。

 「これ参考になれば…」 と頂いたのは、釧路観光協会発行の「釧路ガイドマップ」であった。ページをめくると、啄木歌碑マップもある。

 店としては当然の接客だったのかも知れないが、私は勘定を済ませてから、「温かい食事をありがとう…」 と頭を下げて、「朝市」の建物の外に出た。


               眠気抱き釧路朝市のぞき見て
                     活気に目覚め温
(ぬく)き朝食(あさしょく)






 1. 夜行列車       (’06.12/7 記 )


 1908年(明41) 1月19日、小樽を発った啄木は、汽車が札幌駅に停車したとき、車窓から札幌の街を眺めようとした。

 「 窓を透かして見たが、我が愛する木立の都は雪に隔てられて、声もなく眠って居た。」(日記)

 「詩人の住むべき都…」として、この地に移り住めることに憧れ、その思いが叶う寸前だったのに、いま自分が向かおうとしている先は……。
 啄木は、運命というものの一寸先の不可知性と、運命に対する自分の非力さとに深くため息をつかされただろう。

 
 
その日の夜は、夫の転任で岩見沢に移っていた次姉トラの家に泊り、翌1月20日は旭川駅前の旅館にて、小樽日報社の社長であり釧路新聞社の社長でもあった白石義郎と合流した。夜が明けたら、早朝の汽車でいよいよ釧路へ向かうのだった。

            今夜こそ思ふ存分泣いてみむと
         泊りし宿屋の
         茶のぬるさかな 
                          
「一握の砂」

 
私の釧路行きは、札幌 23時10分発の特急「まりも」である。小樽から札幌に戻った私はあり余る時間に、「どうやって時間を潰すか…」と思い悩んだ。「酒を飲む…」それとも「湯に入って仮眠する…」
 取り敢えず大通公園に行った。大通公園も禁煙エリアだ。「公園でくらい喫煙させろ…」という苦情を交えて、「タバコは吸えないのか…」と観光案内コーナーで尋ねると、市役所の喫煙コーナーに行け…という。「何を言うか…」 と、苦々しい顔を残してテレビ塔の下まで行った。ベンチに腰掛けて黄昏時の市街を眺めていると…、。喫煙コーナーがあるではないか…。

 喫煙コーナーの設置に感謝して、「塔に昇ってみよう…」となった。
西の空に沈まんとする陽が市街を染めていた。隣で眺めていた人が、たぶん足下を見て 震えが生じたらしく、「ワァ〜…目が回る〜ぅ」 と叫び声を上げた。それを「どれどれ…」 と確かめた私がいけなかったのだが、私も同じ言葉を胸の中で呟いてしまった。四周をザ〜〜ッと眺めて、そそくさと地上に降りるエレベーターに乗り込んだ。地上に戻り「ホッ…」として振り返って見上げたら、ライトアップされたテレビ塔が、夜空に輝いていた。


 「酒を飲みながら…」 時間を潰すことにして、ススキノに向かった。二晩前に行って快く飲ませてもらった、和服姿の白髪の女将が営んでいる居酒屋へ…。


 程ほどの時間に店を出て、夜はこれから…という様なススキノの街を抜け、駅に歩いた。発車するホームに特急「まりも」の車体が、夜通し走り続けるエネルギーを満々とさせているようであった。
 私の情報確認不足だった…。寝台車両があるではないか…。発車前の慌しさに配慮して、発車後に車掌に寝台車両への移動の可否を尋ねて見た。すると、「そうなるのが当然…」 「どうして最初から寝台車両を選択しなかったのか…?」というようなことを言われ、移動するには「何々云々…数千円…」 と言う。私は移動しないで、座席で釧路まで行く覚悟をした。「どうせ…寝台車両でも熟睡はできないだろう…」 と。



 「それでは…おやすみなさい」 という車掌の車内アナウンスと共に、車内の照明が睡眠モードに切り替えられ、疎らにいる乗客たちも睡眠の体勢をとっていた。私は改めて 「これから孤独な時間を過すのだ…」 と覚悟した。しかし、私の身体は学生時代の若い身体ではなく、無理は避けるべきであった。眠れたような…身体の痛みに耐えていただけのような…。
 

 札幌から釧路までの「孤独との戦い」は、7時間弱つづいた。車窓から見える景色が薄っすらと明るくなって来て、列車の進行方向の右手車窓に海岸線が見られるようになった…。寝不足の痺れるような頭で、私は「間もなく釧路だなぁ…」 と安心していた。

         一夜かけ「まりも」釧路に近づきて
                     眠れぬ我に諦めがつく



 啄木は、1908年(明41) 1月21日の早朝 6時半に旭川を発ち、午後3時半頃に帯広を経て、午後9時半頃に釧路に着いたという。実に15時間も汽車に乗っていたことになる。

                何事も思ふことなく
          日一日(ひいちにち)
          汽車のひびきに心まかせぬ

                                         
 「一握の砂」




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