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「京都・花街に憧れて/京都私が見つけた、おすすめの建築物と食事処」

2002年7月2日〜9月28日
 

いつ行っても見るところのつきない京都ですが、今回は、「花街」と「建築物」にテーマをしぼって旅行をしましたのでここにレポートさせていただきます。

なお、今は七月ですが、私が実際に旅行をした期間は今年(二〇〇二年)の五月二十一〜二十二日です。また、同行者はうちの母でした。

花街に憧れて・その一 島原の太夫をしのぶ

初日の五月二十一日は、あこがれの花街にテーマをしぼって旅をしました。

芸者・舞妓・芸妓さん、キレイですよね。普通の人が着られないような素敵な着物や洋服をとっかえひっかえ着たり、いろいろな人とお話をしたり。

まあ実際は、光り輝く世界には影もあるし、厳しい面もあるでしょうけれど。

それはともかく、私がもし将来ちょっとでもお金を手に入れられたら、いつかお茶屋にあがって、舞妓さんの舞を見てみたいものです。

でも今のところそれは無理なので、京都で、古今問わず「花街」と関係のある場所をさがし、訪ねました。

まず訪れたのは、京都駅からもそう遠くない、「角屋もてなしの文化美術館」です。

歴史にあまり興味のない方も、かつての花街・島原や、太夫のことは知っていると思います。ここ、角屋(すみや)はかつてその島原の揚屋(あげや)だったところで、太夫がまねかれて、華やかな饗宴がひらかれていました。角屋の案内の人に言わせると、文化人が集まるサロンのような役割もはたしていたそうです。

ここの建物は重要文化財ですが、一般公開されています。けれど二階を見るには予約が必要です。

せっかくだからと予約をして二階を見学したのですが、京都には何度も来ているのに、こんないい所にどうしてもっと早く来なかったのだろうと、後悔することになりました。それほど素晴らしいところだったのです。

二階の見学できるところは、ほとんどが宴会などに使われていた座敷ですが、昔、そのような一流の人々がつどっただけの事はあり、各部屋の内装には、柱、天井、ふすまとその引手(ふすまを開ける時に手をかける部分)、欄間、障子、壁の色にいたるまで、あらゆる部分に趣向がこらされていて圧倒されます。

たとえば広さ二十一畳の「扇の間」は、天井に五十八枚の扇が舞い、欄間やふすまの引手なども扇のかたちをしている扇づくしの部屋です。ほかにも壁・建具一面に青貝をちりばめた青貝の間、緞子(どんす)の間など色々な部屋があります。ガイドがついてそれらの趣向を丁寧に説明してくれるのです。

それぞれの部屋で内装が違うので、きっと、当時の客はいつ来ても新鮮な気分になれたでしょう。

襖絵などかなり退色している面もありますが、基本的にはきれいに建物が残っていて、いたんだ所も修復がすすんでいます。

ここにいると、この角屋の華やかなりし頃に時間旅行できるばかりか、当時の、ここで遊ぶことができた、選ばれた人になったような贅沢な気分になれます。その気になって、ちょっと優越感にひたっちゃったりしてね。一八〇〇円(二階見学をふくめた料金、二〇〇二年五月現在)でこんな気分になれたら安いものかもしれません。

建築物・歴史が好きな人は特に、そうでない人もおすすめです。ぜひ行ってみてね。

でも、前述のように二階見学は予約制になっていますし、一年のうちで見学できる期間が限られているので、もし行くときは最新のガイドブックと電話の問い合わせなどで、開いているかどうか必ず確認した方がいいと思います。わたしの手元にある『まっぷるマガジン京都2002年版』では、ちょうどこれから、七月十九日から九月十四日、あと冬から春にかけての一時期も休館と書いてあります。

その二 舞妓ミュージアム&カフェ

そのあとは、祗園の「舞妓ミュージアム&カフェ」という所で昼食をとりました。

 

ここはなんというか基本的には食事処なのですが、舞妓ミュージアムの名のとおり、店内には舞妓さん・芸妓さんの写真や着物、かんざしなどが展示してあります。京都花柳界の資料なども少しあります。けれど内装は現代的で不思議な感じのところです。

けれど、それだけではありません。ここでは何と、一万円(ただし十人以上の場合)から憧れの舞妓さんを呼んでお茶屋遊び体験やお話をするのが可能なのです。

ごぞんじのとおり、お茶屋というのは基本的にいちげんさんお断りのところで、料金もいったいいくらぐらいかかるのか、私もふくめた普通の人にははかりしれないものがあります。

ところがここでは、十人以上なら一万円、二人でも三万円、三人なら二万二千円(すべて一人あたりの料金、二〇〇二年五月現在)で懐石料理つきで前述のようなお茶屋遊び体験・お話などができるのです。

すると店内は貸切になり、舞妓さんがやってきます。そして、いろいろ芸を見せてくださったりお話をしてくださるのです。時間は食事をふくめて二時間ぐらいかかるということです。

私はテレビでこの店の存在を知ったのですが、その番組では料金のことは言っていなかったので、いくらお茶屋遊び「体験」でもすごく高いだろうと思い、この日は食事をしただけでした。

でもここの店員さんに、「こんどはぜひそちらもどうぞ」と丁寧にご案内をしていただきました。

また、ここからお茶屋さんを紹介してもらい、お茶屋のお座敷にあがって本格的に遊ぶことも可能だそうです。ただ、もちろんその料金はパンフレットには書いてありません。それと、お茶屋の都合もあると思うのでいつも可能かどうかは分かりません。

「またぜひどうぞ。けれど、舞妓さんたちのスケジュールがありますので、その場合はどうか時間に余裕をもたせた予約をお願いします」
とのことでした。

「ミュージアム」といっても基本的には上記のようなところですので、着物やかんざしなどの展示は私が思ったよりあっさりしていました。でも、このお店は、サービスも料理の味もすごくよかったのです。私たちは一番お手ごろな値段の舞妓膳(3500円)を食べたのですが、物凄くおいしかった。あと、着物を着た女性が料理をはこんでくださったのですが、その人の接客も親切だけれど押し付けがましくないというか、とても良くて、居心地の良さを感じました。

私は昔、アルバイトとはいえ自分も昔接客業をしていた(シティホテルでウエイトレスをしていました)から多少分かる面があるのですが、こういう居心地の良さを感じさせるサービスというのは、とても難しいのです。無愛想・傲慢で冷たいサービスは論外ですが、有名なホテルやお店、航空会社でもけっこうそういうサービスをするところがあります。かといって、自分では真心をこめたサービスをしたつもりが、過剰というか、親切の押し売りや善意の自己中心主義になってしまったり。あと、客のいいなりになってもいけないですし。

だからこのお店は本当におすすめです。興味がある方はぜひ行ってみてください。
ただ、繰り返すことになりますが、お茶屋遊び体験などをされる場合は、舞妓さん達のスケジュールがあるので、できるだけ早めに予約してほしいとの事です。

このあとは、先斗町の舞妓さん・芸妓さん達がくりひろげる「鴨川をどり」を見、その後、京都の友人と食事をとる予定です。

ホテルグランヴィア京都 セミスイートルーム潜入

その後は、ホテルに戻ってひとやすみしました。ホテルグランヴィア京都です。知っている人も多いかもしれませんが、JR京都駅に併設したシティホテルです。

実は私たちは今回、「おそるべしJR東海ツアーズ」のところで書いた、格安ホテルパックを利用して、恐れ多くもセミスイートルームに泊まるのです。

京都駅に直結した高級シティホテル、ホテルグランヴィア京都のセミスイートルーム一泊宿泊(正規一泊約五万円)+新幹線の往復チケット(正規、東京―京都で往復約二万六千円)+ウェルカムフラワーサービス+朝食ルームサービスで、東京からひかりに乗って、ひとり三万一千四百円から!というプランです。

宿泊と新幹線だけで正規では最低七万六千円はするはず!それが半額以下です。

なのですよね。でも私たちは東京の人間ではないので、もっと安かったんです(新幹線代がもっと安かった)。

今、旅行会社のパンフレットをこまめにチェックしたら、ひとときからは信じられないようなプランがたくさんあるようですね。あの憧れの料亭にいくらで泊まれる! だとか。

まるで、かつては高嶺の花で手が届かなかった相手が、弱ってきたのを見て、そのスキにつけこんでものにしようとするやらしい親父のような気がしないでもないですが、そういうものを上手に利用することで、経済的に素敵な経験をするのもいいと思いませんか。心の栄養ですよね。

さて、セミスイートルームに泊まるとなると、こころなしか態度も大きくなりました。

部屋のある階につくと、廊下ですれ違うホテルマンの方のお辞儀もこころなしか丁寧な気がして。「アラどうも。私たちはセミスイートルームの客ですのよ。ごきげんよう」と言いそうになる自分がこわかったです。いい気になりすぎですかね。

それはともかく、部屋に入りました。さすがグランヴィアだけあってどこもかしこもピカピカ。ソファーとテーブル、大きな障子風のスクリーンで仕切ったむこうにベッドがあります。

京都の街を見下ろすピカピカのバスルームで化粧をするのは、何だか贅沢な気分でした。あと話が前後するのですが、これには朝食券がついていてルームサービスも可というので、ルームサービスにしました。今までホテルの朝食はほとんどバイキングだけだったので、これは楽しみだなと思いました。

翌日は窓際に台を置いて、またまた京都の街を見ながら朝がゆ定食を食べました。それがとても楽しかったです。

でも私はもう来られないだろうな。ホテルグランヴィア京都は場所もいいしおしゃれで好きなのですが(京都駅併設なので、もし観光中に道に迷ってもとりあえず駅に戻れば済むし)、今度はたぶんツインだとかになると思います。

話が前後しましたが、初日の話に戻りたいと思います。

私たちはホテルでひとやすみした後、鴨川をどりに出かけました。先斗町歌舞練場で行われる、舞妓・芸妓さんの踊りです。

花街に憧れて・その三  鴨川をどり

私は舞妓・芸妓さんが好きです。

衛星放送スカイパーフェクTV!に京都チャンネルというのがあって、京都に関する番組ばかりをやっています。そこで一時、舞妓さんの番組をやっていました。一回の放送につき一人どこかの舞妓さんを特集して、インタビューをしたり、その舞妓さんと一緒に京都の街をめぐったりするというものでした。

私はその放送のすべての回を録画して保存版にしていた時がありました。でもそれだとビデオテープが場所をとるので、さすがに今はお気に入りの人のものしか残していませんが。あと、舞妓・芸妓関係の本や写真集は見つけたら買います。

だから新聞だとか何かで舞妓さんの写真を見ると、「あっ、市寿々さん、こんなところに」「この人は志奈英さん」だとか、時々ですが、そらで名前が言えることがあります。だから何なんだと言われると困るのですけれどね。

なぜ、私が舞妓・芸妓に憧れるかというと、まず一つは、彼女たちが選ばれた特別な女性だからでしょう。やっぱりこう、着ているものからして、私を含めた普通の女性と違います。

彼女たちの仕事着は何と言ってもきものですが、きものは、ご存知のように美しいけれど大変高価なもので、一枚で何十万、百万円以上するものもあります。私は以前京都のとある展示会で有名作家の訪問着を見ましたが、梅の花のもようのそれは、きものだけで八百万円でした。これが梅の季節にしか着られないなら、なんだかもう豪華を通りこして今の現実の世界を無視しているかもしれません。

それがどれだけ非常識な値段かというと、たとえば、私が百万円のきものを買ったとします(あくまで例。そんなに高いものは持っていません)。親にいったんお金をたてかえてもらって一括支払いし、そして親に月三万円づつ返したとしても、大体三年弱ぐらいかかる事になります。

私は働いているとき、給料は十×万でした。その中の三万円というとけっこう大きいではありませんか。

他に何も使わないで、働いたお金をつぎこめば約半年で返済できますが、まず無理でしょう。ローンにすると利子がすごくかかります。

つまりきものは、おいそれと買えるものではないのです。それが普通なのです。

働くというのは、苦しむことです。どんな職場でも理不尽なことはあるし時には争いやいじめもあるし、そんな、一人の女性のまるまる何か月分、この例では半年分の苦しみが一枚の布からできたものと相当する場合もあるのですから、すごい事ですよね。

でも、舞妓さん、芸妓さんたちは、そういう高価なものをとっかえひっかえ着て、あまつさえ季節感さえ出すのが仕事になっている。それだけでもすごい事です。

またああいう人達は、外に出れば、「舞妓さんだわ、きれいー、きれいー、写真撮っちゃおう」と言われて羨望のまなざしりをあびたりします。一種のスターです。また、お座敷に上がれば各界の著名人や成功者と言われる人とも数多く接するそうです。

そういう生活を送っている人は、やはり良くも悪くも、同じ人間でも私を含めた普通の女性とは違うと思います。華やかな世界を知ることの許された女性なのです。

まあ、もし本人たちがそれを自慢に思っていて、普通の女性を見下していたりしたら、それはそれで思い上がりというものですが、彼女達が特権のある、選ばれた女性であるのは事実です。

こういう、「滅多な事では手の届かない女性」「なかなか口もきけない人」が存在するというのも、いい事だと私は思います。それは日本の文化が深く、洗練されていることの証しだからです。

人間は、普段の生活からつくられます。優雅な生活をしている人は優雅な人になりますし、華やかな生活をしている人は華やかな人になります。

舞妓・芸妓さんは、たえず人から注目される生活をしているせいでしょうか。私の知る限り、立ち振る舞いや姿勢もスキがないように思います。

私は、あまり緊張感の無い生活を送っているので、なかなかそういうふうにはなれません。ですから時々、鴨川をどりのようなこんな機会に舞妓・芸妓さんを見て、彼女たちの、言ってみれば完璧に洗練された女性を目指している人の緊張感を見習い、少しでも吸収することは、私の心の栄養でもあるのです。

そんなわけで、鴨川をどりではお茶つきの券にし、舞妓芸妓さんがお茶をたてる様子を見ることにしました。

これは立礼式で、客の前で舞妓・芸妓さんがお茶をたてるというものです。もっとも全員が舞妓さんのたてたお茶を飲めるわけではありません。それでは数がこなせないからでしょう。

たぶん芸妓さんだと思うのですが、背筋をぴしりと伸ばして、ちょっとつんとした感じでお茶をたてていました。その緊張感にしばしほれぼれしながら、ああ、私も少しはこのスキの無い身のこなしを見習わなくてはなと思いました。

それからまだ開演まで時間があったので、会場(先斗町歌舞練場)内の食堂で時間をつぶしました。割と素朴な食堂ですが、鴨川が見えて気分がいいです。

そして席におもむきます。その時、券に「い×番」と書いてあるのでもしや・・・いやでもまさか・・・と思っていたら、最前列だったのです。本当にびっくりしました。

劇場の最前列に座ったのは約三十年間の人生で初めてです。どうしてなのか分かりません。ホテル等を頼むときに、JR東海ツアーズの窓口で鴨川をどりの券も一緒に頼んだだけだったのに。しかも、私達が頼んだ直後にその日の券は売り切れたというので、あまっている悪い席だと思っていたのです。

しかも受付のお姉ちゃんが、何を間違えたのか、仮予約券に、「鴨川をどり」のことを、
「京都カルガモおどり」
と書いたのですね。カルガモ踊りってなんだ! 旅行会社につとめているのに鴨川をどりもしらんのか! と突っ込みを入れたかったのですが、それもままならず、
「これちょっと違ってますよ」
と言うにとどめました。だからというわけではないのですが、席についてはあまり期待していなかったのです。こんないい席をキャンセルした人がいたのでしょうか。謎です。

さて、舞台が始まりました。私は踊りの事はまったく分からないので、ひたすら舞妓・芸妓さんと、そのきものだけを見ました。

白地の裾を藤色で染めたきものを着ている人がいて、ああー、玄人の世界と思ったものです。白地は汚れが目立ちやすいですから、素人はなかなか着ないし、私の知る限りはあまり売っていないと思います。またお金の話で恐縮なのですが、私は薄いグレーのきものを着ている時、コーヒーを飲んだら、気をつけていたつもりが針の穴ほどのシミがいくつか襟元にできていて、その染み抜きだけで五千円取られたことがあります。それなのに、ほとんど白のきものなんて、まあ贅沢な。そのうえ、藤色(今思い返せば紫だったかも。あれが藤色だったとしたらですが)は、女性を美しく見せる色である反面、退色しやすい色なので贅沢な色なのです。こんなきもの、まあ普通は着られないでしょうね。

踊りは「花女」というもので、物凄く即物的な言い方をしてしまえば、女大好きの亭主の浮気が妻にばれる話です(こんなロマンの無い言い方したら怒られますかね)。華麗かつコミカルで話も分かりやすかったし、なかなか面白かったです。ただやっぱり、伝統芸能というのは、長いものが多いのですね。もう少しスピーディーにぱっぱっとできないものなのでしょうか。でもそうしたら伝統芸能では無くなってしまいますから仕方がないのでしょう。

それと、今回の鴨川をどりのパンフレットに、「浮気の虫」という名でとある人が随筆のようなものを書いていたのですが、「浮気万歳!」と浮気を正当化するような事を書いていたので、ちょっと嫌だなあと思いました。なんだか憎めない感じがするけれど、反面、女性を馬鹿にしているような気がするなあ。人の心をどういうものだと思っているのかな、と私は思いました。

それはともかく、メインの出し物の間その合間を縫うようにして舞妓さん達が踊るのですが、これは短いし、百花繚乱の美しさという感じでよかったです。

「豆子」さんという人が一番きれいだったわ。真っ白なうりざね顔に、真っ黒な細い小さな瞳、品良く弧を描いた眉。本当に日本人形のようで舞妓姿がよくはえました。顔立ちのみならずどこか、はかなげな感じが古典的な日本美人という感じでした。あの優しそうな上品な微笑み方は私も見習いたいと思いました。あんな雰囲気を出せたら、私も、もうちょっともてるかもしれない。

この豆子さん、売れっ子のようで、パンフレットの広告モデルにもいくつか出ていました。

舞妓さん芸妓さんの踊り、また見たいものです。女性としての魅力の出し方を見習うためにも。

その後は、京都在住の友人と食事をしました。

二条城と新島旧邸

次の日はまず二条城を見ました。代表的な観光名所ですが、本当に素晴らしかったです。

考えてみれば、私が二条城を見るのはおそらく初めてなのです。ひょっとしたら小学生の時に修学旅行で来たかもしれないのですけれど、もう二十年近く前の話ですから記憶にありません。

その後、京都に来るときも、あまりにも有名な場所のためにかえって足が遠のいてしまっていました。なんとなく、穴場的なところばかり探していたような気がします。でも考えてみれば、代表的な見所を見ずにして穴場も何もありませんね。今回実際に行ってみて、とても感動して、もっと早く来ればよかったと思いました。

二条城は、ご存知の方も多いと思いますが、一六〇三年(慶長八年)に徳川初代将軍家康が、京都御所の守護と将軍上洛のときの宿泊所として造営したもので、その後、三代将軍家光により、伏見城の遺構を移すなどして、一六二六年(寛永三年)に完成しています。

「したがって、豊臣秀吉の残した文禄年間の遺構と家康がたてた慶長年間の建築と家光がつくらせた絵画・彫刻などが綜合されて、いわゆる、桃山時代様式の全貌をこの城に見ることができます」
と二条城の案内にあります。

角屋を見たあと、この二条城の二の丸御殿を見ると、それぞれの大きな違いが分かって感慨ぶかいものがあります。

角屋は今でいう料理屋、料亭にあたるものの、いわば当時の文化サロンのような役目もはたしていたそうです。そのせいで前述のように内装にも趣向がこらされていますが、その反面、実は建材などが統一せずちぐはぐなところもあるそうです。

なぜかというと、角屋のある「島原」は、もとは柳町という名でよそにありました。ですがその後、こういうものが皇居に近い所にあるのはけしからんとか何だとか、お上の意向であちこちに移転を命じられました。一六四一年に西新屋敷に移転されるのですが、その移転命令もあまりに急だったので住民関係者の狼狽・混乱がひどく、その様子が当時おこった島原の乱を思わせたため、そのあたりは、西新屋敷という公称があるのにもかかわらず「島原」と俗称で呼ばれるようになったということです。

角屋の建物もその混乱のあとがあり、移転命令があまりに急で建材がそろわなかったので一部ちぐはぐなところがあると聞かされました。封建時代、庶民は上には逆らえなかったのでしょう。

そして二条城は、言ってみればその、上の方の人のものです。角屋も素晴らしかったですが、素晴らしさの種類が違うのです。

御殿の中は当然ながら広々として、それぞれの間には、障壁画や欄間彫刻に豪華絢爛なものがあたりまえのようにあります。これを「あたりまえ」と思っていた支配階級の人がいて、同じ世の中に、これをつくる為の財を吸い取られ、そして一生この御殿の中を見ることもなく死んでいった庶民がいたことを考えると、この御殿の美しさに見ほれる一方、残酷なものだと思いました。今の世の中に生まれてよかった。こういう、不公平な時代があったことを忘れてはいけないですね。

そんな事を思う一方で、単に時間旅行としてもここは楽しめます。考えてみれば、国宝と言われる城でもほとんどは残っているのは天守閣だけです。天守閣は普段人が住むところではありませんから、外は美しくても中はガランとしているのが普通です。普段人が住んでいた「御殿」は、だいたいが消滅してしまっていて、跡地に「御殿跡」とだけ書いてあるところが多いと思います。

お殿様、お姫様の生活をしのばせる、豪華な「御殿」を見られるところはなかなか無いかもしれません。そう考えると、ここの二条城の二の丸御殿は貴重な建物なのですね。

またここでは、大政奉還が発表され、徳川幕府の幕が閉じられた歴史的な部屋、「大広間一の間」では人形を使ってその場面が再現されていたりします。それに、一部の障壁画は修復・復元されていて建築当時の輝きが分かります。

二条城はいいですね。この時は混んでいたので、また来ようかしらと思いました。

その後、食事したところは、雑誌などでよく取材されている有名なところで味はよかったのですが、天狗になっているのか、感じが悪かったので書きません。あそこの女将さんには、うちの母なんか、あんまり怒らない人なのにけっこうムカついていたぞ。ガイドブックや取材の人には愛想いいのかなあ。まあ、そういう事もあるよね。

あと、新島旧邸(新島襄の家)を見ました。ここもなかなか良かったのですけれど、、営利団体ではなく同志社がやっているので、公開日がすごく限定されているのです。無料ですが、開いていない日の方が多いので注意してね。

やっと書き終わってもう九月になっちゃいました。これから秋で京都はいいですね。

皆さんもぜひお出かけください。私の体験が少しでも助けになれば幸いです。

 
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