揺れる……

作：高居空

　う～ん、やっぱり露天風呂の独り占めは最高だぜ！
　山奥にある温泉宿、そこの売りである露天風呂を独占した俺は、口元の緩みを抑えられずにいた。周りから見たら場合によっては薄気味悪い笑みに見えるかもしれないが、俺以外誰もいないこの風呂じゃそんなことを気にする必要もない。
　俺が今いるこの宿は、しなびた風情と白い濁り湯の源泉かけ流しで通の間ではそこそこ名の知れた温泉宿だった。こじんまりとした古びた館内には、最近の旅館にある事前予約制の家族風呂なんかはなく、あるのは男女別の内風呂とこの混浴露天風呂だけだ。
　もちろん、こうした温泉が売りの宿で、肝心の風呂が貸し切り状態になるなんてことは、普段なら皆が寝静まった深夜にでも来ない限りそうそうありえることじゃない。だが、今日に限ってはこの風呂は完全に俺のものだ。なぜなら、今夜この宿の宿泊客は俺しかいないのだから。
　今、日本に着々と近づきつつある超大型の台風。この宿は、その台風の予想進路の真上に位置していた。おそらく明日の昼頃にはこの辺は暴風圏に入っていることだろう。その予報を見た客が、俺以外全員宿泊をキャンセルしたため、今、俺はこの風呂を独占できているというわけだ。
　予報通り既に空からは雨がぽつぽつと降り始めてはいるが、野趣を楽しむ露天ではそれはそれで乙なもの。台風の近づく中で露天風呂に入るなんて、滅多にできない経験だろう。それにこの露天には東屋のように屋根の設置されているところもあるから、降りが強くなってきたらそっちに移動すればいい。
　まあ、一つだけちょっと味気ないことがあるとすれば、混浴のこの風呂に女が入ってくる可能性がゼロってことだが、そもそも風呂に設けられた女性専用時間以外に女が混浴風呂に入ってくるなんてことはほとんどないってことは、これまでの経験から十分承知してるんで、残念というレベルじゃあない。
　はあ～、それにしても良い湯だ。……さて、今日はこの風呂には誰も来ることはないんだし、いつもの露天じゃできないことでもちょっとやってみるかな……。
　そう考えた俺は、湯船で一つ大きく伸びをすると、その場で立ち上がる。
　さて、それじゃまずは凝りをほぐす運動でも始めますか。
　そう、最近俺はスマホのやりすぎが原因か、肩や腰の凝りに悩まされていた。
　当然、温泉にはそれらに対する効能があり、湯に浸かっているだけでも効果はあるんだろうが、それに運動を組み合わせれば効果倍増間違い無しだ。もちろん、他に客がいたら湯船の中でそんなことはできないわけだが、今この風呂には俺しかいない！
　さて、まずは腰の凝りを取る運動からだな。こう、大きく腰を回して、と……
　俺は湯船の真ん中に立ち、前をタオルで隠すこともなく、腰をグラインドさせはじめる。
“こら！　公共の場でそんな粗末な物を見せつけるだけでなくブラブラ揺らすとは何事じゃ！　そのまま揺らし続けるなら、その揺れてる物を取ってしまうぞ！”
　 ……どこからか声のような物が聞こえたような気がするが、まあ気のせいだろう。構わず腰を回し続ける俺。
　ふう、まあこんなものかな。さあ、次は肩にいくか。
　続いて俺は腕を後ろに大きく回転させて肩周りに刺激を与えていく。
　確か、ポイントは“胸を開いて、肩胛骨を寄せるように意識して回すこと……”だったよな。
　テレビで聞きかじった知識を思い浮かべながら腕を回す俺。
“むっ、まだ公共の場で周りの迷惑となることを続けるか！　……しかしこの動き、逆に大きく揺れる物があった方が良い感じもするのう”
　またもや声が聞こえた感じがするが、気にしないことにする。
　さて、だいぶほぐれてきた感じがするな。運動はこのくらいにして、もうひとっ風呂浴びますか。
　少し体が楽になった俺は、再び湯へと体を沈める。乳白色の湯が肌を包みこむような感じに、自然と口から“ふ～っ”と息が漏れる。
“う～む、勢いにまかせて公共の場ではいささか刺激的すぎる体にしてしまったか……。じゃがこれだけの良い体、儂だけしか見てないというのも少しもったいない気がするのう”
　そんな声が聞こえた気がしたが、見られても減るものではないので放っておくことにする。
　さて、そろそろあがるとするか。
　それからしばらくの間湯を楽しんだ俺は、そろそろ頃合いかと湯船からゆっくりと体を起こす。
　本当はもう少し楽しんでいたい所なんだが、そろそろ部屋で“アイツ”が待ちくたびれてる頃だからな。残念だが、“アイツ”が変にへそを曲げる前に戻らにゃあかんだろう。それに、どうせ“アイツ”と一汗かいたら、もう一度体を洗いにこなきゃならないからな。
　部屋で俺のことを待って悶々としているだろう“アイツ”の姿と、これから“アイツ”とやることになるだろうことを思い浮かべ、つい苦笑してしまう俺。
　しっかし、自分じゃまったく動かないで騎乗位お任せ、しかも俺の腰動かしてる時の“パイ揺れ”がサイコーとか、付き合ってる俺もなんだが“アイツ”も大概マニアックだよな！

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