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ヤラナイカ

作:高居空



「ヤラナイカ」
  夜の公園、ベンチから声を掛けてきたのは、彫りの深い顔立ちをしたラテン風の外国人男性だった。
  太い二の腕、服の上からでも分かる厚い胸板。男の色気を漂わせ、口元をニヒルに吊り上げながら、外人は俺に誘うような視線を向けてくる。
  おそらくその筋の人間であれば堪らないシチュエーションなんだろうが……あいにく俺にはそっちの趣味はまったくなかった。ここに来たのも、飲み会の後、電車に乗る前に念のために公園の中にあるトイレで用を足しておこうと思っただけだ。しかし、もしもこの公園がこのような性癖の人間が集まるような場所ならば、ここのトイレを使うのは、色々な意味で危険なのではなかろうか。
  道の先にあるトイレに一瞬目をやり、どうしたものかと再び視線を戻すと、そこには無人のベンチがあるだけだった。
  あの外人はどこへ行った? 俺が目を離したのはほんの一、二秒のはずだが……
「ヨケイナコロモハ、ホントウノスガタヲオオイカクス」
  声は突然真後ろから聞こえてきた。
  驚き振り向くと、そこには俺と目と鼻の先に立ち、右手を大きく振り上げた外人の姿があった。
「ソンナモノハ、ハヤクヌギステタホウガイイ」
  理解が追いつく前に、天に掲げられた外人の腕が振り下ろされる。
  真っ直ぐに伸ばされた指が俺の体の中心をなぞるかのように頭から股間まで一気に駆け抜けると、次の瞬間、ぱさっと何かが左右に落ちる音がする。
  同時に、ばさりという音とともに、うなじの辺りに何かが触れる感触があった。
  何が当たっているのかと手を首筋に伸ばすと、指先から伝わってきたのは、柔らかな髪の毛の感触だった。
  視線を下ろすと、目に見慣れない物が飛び込んでくる。
  俺は、女物のブラウスを身に着けていた。
  飲み会の席で乱れたのか、ブラウスの胸元のボタンは外され、胸の谷間が露わになっている。その端には、二つの肉塊を包み込んでいる布地が見え隠れしていた。下半身を覆っているのは、タイトスカートだろうか。
「ヤラナイカ」
  だが、そのことについて考えるよりも早く、男の声が耳に飛び込んでくる。
  反射的に男に目を向けた俺は、その体の一点に思わず釘付けになっていた。
  今になって酔いが回ってきたかのように、呼吸が熱く、荒くなっていく。
  何かを考えなければならないはずなのに、頭に靄がかかり、思考しようとする意志自体が霧散していく。
  股間が尿意以外の理由で湿り気を帯びていく。
  俺はズボンの上からでも分かる男のそそり立った逸物から、目を離せなくなっていた……。



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