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名物ヤキソバ
作:高居空


  高温に熱した鉄板の上で、炒められた麺と野菜とが食欲を誘う香りを漂わせる。
  今日は秋晴れ。祭りにはもってこいの日だ。的屋を生業としている俺はこの街の中心地で行われる秋祭りに参加していた。朝早くから準備した出店の中で作っているのはもちろんヤキソバ。それもそこらの代物とは違うオリジナルの特製ヤキソバだ。
「お、良い匂いがするねえ。まだ祭り開始前だってのに腹が減ってきちゃったよ」
  そう言いながら隣に立てられたテントから俺をこの祭りに招待した街の商工会長が顔を出す。一見すると人なつっこい笑みを浮かべた好々爺にしか見えないが、商売人の間では会長はどんな悪条件でも必ず利益を上げるやり手として名が知られていた。近年も町中の高校がとある深夜アニメに出てくる学園のモデルになったのにあやかって様々なタイアップ商品を製作し、物語の舞台を見るべく集まってきたアニメファンを相手にかなりの売上を上げているとニュースなどで取り上げられていた。見ると今日も隣の商工会のテントには机の上に様々なアニメの関連商品が並んでいる。
  ただ、今日の秋祭りはアニメファンを対象にしたイベントではなく、町中の商店や飲食業者、それに市民団体等が準備する出店がメインという、役所と商工会の共同主催による地元住民の為のイベントだ。そのような場所でコアなマニアをターゲットにしたこれらのアニメ商品が売れるのかといえば正直難しいところだろう。真っ当な方法でそれらを売ろうとするならば、だが。
「いやあ、今日も天気が良いし、去年みたいにどんどん売ってくれると助かるねえ。期待してるからね」
  人の良さそうな笑みを浮かべながらそう激励してくる会長に無言で頷く俺。去年の秋祭りでも俺は今年と同じように商工会テントの脇でヤキソバを作っていた。そこに集まってきた客が隣のテントにも興味を示したことにより、去年の商工会ブースは当初の予想を大幅に上回る売上を記録したらしい。今年も同配置ということは、商工会はまず間違いなく去年の祭りの再現を狙っているのだろう。いや、そもそも去年も会長はそれを見越した上で俺の屋台を商工会のテントの脇に配置したに違いない。さすがはやり手と呼ばれるだけのことはある。
  そうこうしているうちに空に開会を告げる花火の音が響き渡り、徐々に会場に人が集まってくる。
「お父さん、あれ食べた〜い」
「お、富士宮ヤキソバか。へえ、こんな屋台でも売ってるんだ。よし、お昼には大分早いけど買ってくか」
  小学校に入ったか入らないかくらいの男の子を連れた男性が俺の屋台へとやってくる。どうやらこの親子が今日最初の客のようだ。さっそく出来たてのヤキソバをパックへと移す俺。
「あ、ごみを散らかすと実行委員会がうるさいから、持ち帰りじゃなければここで食べてパックはそこのビニール袋の中に捨ててってね」
  そんな俺の言葉に従い屋台の脇でヤキソバを口へと運ぶ親子。
「あれ……?」
  次の瞬間、子供が戸惑いの声を上げる。
「お父さん、何だか体がむずむずするよ?」
  そう口にするやいなや少年の体がビクンと跳ね、みるみるその身長が伸びていく。
「う、うわああっ!?」
  体が急成長するのに合わせて体型もみるみる変化していく子供。
  足がすらりと伸び、細身の体の腰の辺りがくびれ始めると、それに合わせるようにして胸と尻とが大きく膨らんでいく。スポーツ刈りだった髪はいつの間にか茶色く染まった上にショートボブと言っても問題のないくらいまでの長さまで伸び、顔つきも色気づいた少女の物へと変わっていく。
「やっ、やだぁ〜!?」
  少年が身につけていた半ズボンはカモシカのようなその脚を見せつけるようなホットパンツへと姿を変え、Tシャツはピッチリと体に張り付いて大きな胸を包み込むブラジャーの線を浮きあがらせる。
「ああっ! ああああっ!」
  自らの胸に突如生じた物体を両手で揉みしだきながら、Tシャツの丈が足らずに露出した臍もそのままに腰をくねらせる少女。
  だが、そんな異常事態を目の前にして元少年の父親からは悲鳴も驚嘆の声も上がらなかった。それもそのはず、時を同じくして父親の方も体の猛烈な変化に襲われていたのだ。
「あ……ああっ……」
  成人男性としては標準的なサイズだったその身長がどんどんと縮んでいき、同時に肩幅が狭くなり、なで肩になっていく。
  後ろ髪が音を立てるかのように急速に伸びて背中を覆うと、彫りの深い男性的な顔つきが柔らかくどこか幼さを残した少女のそれへと変貌していく。
  二つの膨らみが心もちTシャツの胸の部分を押し上げ、細くなった腰に巻かれた無骨なベルトが可愛らしい女性物へと姿を変える。
  履いていたジーンズは二つの筒が溶けるように一つに合わさるとともに縮んでデニム地のミニスカートへと変わり、それとともに露出した柔らかそうな足は黒いニーソックスに包まれる。
  悲鳴を上げるまもなく中学生になるかならないかくらいのロングヘアの少女になってしまった父親、その今の自分よりも年下に見える姿を信じられないといった表情で見つめる元少年。対するロングヘアの少女も小さな手を自分の胸と下腹部とにあてながら、体のラインがはっきりと分かる露出度の高い服で周囲に色気をムンムンと発散している元息子の姿を呆然と眺めている。
  何とも言えぬ空気が漂う中、隣のテントから商工会員の威勢の良い声が飛ぶ。
「限定限定!、あの人気アニメの商工会限定グッズを販売中だよ〜!」
  その言葉を聞いた少女達は体をピクリと震わせると、これまでのことなど忘れてしまったかのように目を輝かせながら我先にと商工会のテントに向かって走り出す。
  事情を知らない者が見れば少女達の突然の行動に唖然とするかも知れないが、彼女達がこのような動きを見せるのは半ば致し方のない事だった。なぜなら今の彼女達にとって、あの手の商品を手に入れようとする衝動はある種の本能ともいえるものであるからだ。
  今から数年前、俺は自分の作るヤキソバの味に行き詰まっていた。老若男女全てがそれなりに美味いと思ってもらえるヤキソバは作ることができるが、どうしてもそれより上の味を作り出すことができない。苦悩の末俺が出した結論は、万人受けする味を目指すことをやめ、ターゲットとする層を絞り込む事だった。他の購買層を犠牲にしてでも対象とする層が百パーセント満足するような究極のヤキソバを作る……その思いの元、長い苦行の末に完成させたのが、今俺が作っているオリジナルヤキソバ、その名も「婦女のみヤキソバ」だった。
  だが、このヤキソバは作り手である俺さえ想定もしていなかったような驚くべき副作用とでもいうべき特性を持っていた。もしもこのヤキソバをターゲットである婦女子以外の者が食べた場合、俺を除いた全ての者はこのヤキソバが美味く感じられるような婦女子に……それもいわゆる「腐女子」へと内面、外見ともに変貌してしまうのだ。
「さあさあこの商工会限定クオカード! 通常版では攻めの主人公が限定版ではなんと総受け! お隣はこの街限定絡みつく美味さのBLサンド、そして喉を潤す愛のヨーグルトドリンク! どれもパッケージやラベルに愛し合う二人のイラストが入ってるよ!」
  隣では先ほどの少女達が商工会員の説明を聞きながら並べられたグッズを前に目を煌めかせている。それもそうだろう。この商店会が作っているグッズの元になったアニメは、実は腐女子が好むといわれるボーイズラブ系の作品なのだ。作品内の学園のモデルになったという高校というのも男子校。そこで繰り広げられる禁断の愛をテーマにしたかなり濃いアニメに、この商工会は乗っかってしまっているのだ。当然、その作品でこの街を知りやってくるような客相手ならばこれらのグッズはかなりの売上を見込めるだろうが、世の中の大多数を占めるノーマルな方々にこれらが売れるのかといったら答えはノーだ。ここまでいえば商工会長が俺を商工会ブースの隣に配置した訳も自ずと理解できるだろう。
  そうこうしているうちに俺の屋台に次の客がやってくる。
「すいません、富士宮ヤキソバ一つ」
  客のその言葉に俺は内心またかと思いつつもヤキソバをパックに詰めて手渡してやる。
  俺の作っているのは「婦女のみヤキソバ」であって「富士宮ヤキソバ」ではない。ちゃんと屋台の方にも「フジョノミヤキソバ」と書いてあるのに、客のほとんどが「富士宮ヤキソバ」と勘違いをするのだ。確かに「ジ」と「ノ」の間に書かれた小さな「ョ」の字を見落としてしまうと「フジノミヤ」となるのだが……それは客の早とちりとしか言いようがないだろう。
  そんな事を考えている間にも、昼時が近くなってきたからか客は途切れることなく俺の屋台へとやってくる。
  まあいい。客が俺のヤキソバをどう呼ぼうが、それを食べた結果どうなろうが俺の知ったことではない。今俺がしなければならない事、それは祭りが終わるまで最高のヤキソバを作り続けること、ただそれだけだ。
  俺は流れ落ちそうになる額の汗を拭うと、再び鉄板の上で踊る最高の食材へと向き直るのだった。


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