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エイプリルフールの…
作:高居空



  俺には、特定の日にだけ使える特別な力がある────


「はあ……なんで4月の初っぱなから部活なんてあるんだよ…………」
  わたしの前で倉田の奴がやってられんとばかりにため息をつく。
  今日は4月1日。春休みまっただ中ながら、わたし達は学校に集まり校庭で柔軟運動をしていた。いわゆる部活動の前の準備運動である。
  4月1日といえば先生も異動なんかがあるからこの日の部活動は休みになることが多いと思うのだけど、わたし達陸上部については残念ながらそんなことは関係ないようだった。今は男女陸上部の部員全員がグラウンドへと集まり……練習前の準備運動までは男女合同で行うというのがうちの陸上部の伝統だ…‥こうして雑談をしながら本格的な運動の準備を進めている。
  ともあれ、わたしの向かいでストレッチをしながらもわざとらしいくらいに落胆した表情を見せる倉田に、わたしは思わず吹き出してしまう。
「なんだよ、そんなに笑うことないだろ! 今日部活がなかったら俺は彼女とデートのはずだったんだからな!」
「うそ!?」
  倉田の発した予想外の言葉に今度は驚きの声をあげるわたし。倉田といえばとにかく明るいがそれ以上にどうしようもないバカということで、彼氏としてみるならまったくの問題外だと思っていた。そんな倉田に彼女がいるなんて、これまで本人はもちろん噂でも聞いたことがない。
  そんなわたしを見て、倉田の隣でストレッチをしていた田中が苦笑いを浮かべる。
「ばかだな。エイプリルフールだよ、今日は」
「あ、そっか」
  その言葉に合点のいったわたしは、しょうもない奴ねとばかりに倉田の奴に生暖かい視線を送ってやる。そんなわたしに対し、少し顔を背けるようにしてふんと鼻を鳴らす倉田。
  もしかしたら万一のこともあるかもと思ったが、そのリアクションを見る限り、どうやら田中の指摘は図星のようだった。そんな嘘だと分かったら自分がダメージを負うような嘘をつかなくてもと思うのだが、それが分からないのが倉田の倉田たる所以である。
「ああそうだよ、エイプリルフールだよ! さあ、俺は今日のノルマを達成したぞ! 今度はお前が嘘をつく番だ!」
  受けたダメージの影響からか、今度はわたしに滅茶苦茶な理屈で噛みついてくる倉田。いや、そもそもエイプリルフールは嘘をつかなきゃいけない日ってわけじゃないし、それにわたしは…………
「やめとけよ倉田。こいつは昔っからひねくれててな。みんなが右を向いている時には決まって左の方向を向きたがるんだよ。例えば、みんなが嘘を言う日には本当のことしか言わないとか、な」
  そんなわたしに向かって再び助け船(?)を出してくる田中。
  田中とわたしは保育園の頃からの腐れ縁で、お互いが困っているときは仕草だけでなんとなくそれでとわかる間柄である。……だからといって、そのフォローはないんじゃない?
  さらに悪いことに、田中のその言葉から倉田は何か良からぬことを思いついたようだった。良くも悪くも感情がすぐに表情に出るのが倉田である。顔に浮かんだそのにやけた笑みを見れば、ろくでもないことを考えているのは一目瞭然だ。
「じゃあさ、嘘はつかなくて良いから代わりに正直に答えてくれよ。そう……俺のこと、本当はどう思ってるのかをさ!」
  …………はあ? ひょっとして倉田の奴、わたしが気があるとでも思ってたの!?  そりゃ確かに倉田は観ている分には面白いから何だかんだで一緒にいることが多かったけど、残念ながらわたしにはそんな奇特な趣味はない! まったく、そっちがそういうつもりだったらこっちだって……
「そうねえ、わたしは倉田のこと、正直なところホントにエロ可愛い女の子だなって思ってるけど?」
「って何よ! 可愛いってのは分かるけどエロっていうのはなに、エロって!」
  わたしの返答に抗議の声をあげる倉田。
  だが、その声とは裏腹に倉田の姿はまさにエロ可愛い女の子そのものだった。
  同年代の女の子よりも明らかに2サイズ以上大きな胸。スパッツを押し上げる臀部。そしてそれとは対照的に細くくびれた腰。そんな体のラインを浮き上がらせるようなピチピチの一回り小さなサイズの体操着を着込んでいるあたり、口ではああ言っているが明らかに確信犯である。
「ふふ、エイプリルフールでしょ、エイプリルフール。さ、そろそろ練習が始まるみたいだよ」
  そんな倉田に悪戯っぽい笑みを返すと、わたしはストレッチを切り上げて立ち上がった。



  わたしには、エイプリルフールの日にだけ使える特別な力がある。
  その力に気が付いたのは保育園の頃。エイプリルフールが嘘をついて良い日だということを知ったわたしが、幼なじみの男の子に対して「じつは女の子なのしってるんだ」みたいなことを言ったときだった。そう口にしたとたん、目の前の男の子が本当に女の子になってしまったのだ。小さかったわたしは驚きながらもそれを面白がって……まだこのころは常識とか罪悪感とか頭にないくらいに幼かったんだということでひとつ……その元男の子に対し、「ホントはワンワンなんだ!」「猫だ!」「子豚さんなんだ!」と次々と言葉を浴びせていった。そのたびに男の子の姿は犬、猫、子豚へと変わっていく。どうやらわたしには嘘をつくとそれを「本当」にしてしまう力があるらしかった。
  そのまましばらくその子で遊んだわたしは……最後どのような姿にしたのかはもはや覚えていないけど……満足して家路についた。そして翌日。保育園に着いたわたしを待っていたのは、昨日あったことが嘘であったかのようにいつもと同じ姿をした幼なじみだった。
  昨日のあれは幻だったのだろうか。試しに再び男の子に対し「じつは女の子なのしってるんだ」と言ってみたわたしだったが、男の子は怪訝な顔をするだけで、姿は一向に変化しなかった。まあそうだよね、そんな魔法みたいなことそうはないよねと思いつつ、なにか胸につっかえたまま過ごすこと一年。再びエイプリルフールの日に昨年と同じ嘘をつくと、男の子は去年と同じく女の子へと変身したのだった。
  その時点でこの力がエイプリルフール限定なことを悟ったわたしは、それからこれまでエイプリルフールのたびに試行錯誤を繰り返し、自分の力がどのようなものなのかを探っていった。
  その結果、わたしの力について分かったことは2つ。
  1つは、わたしがエイプリルフールの日に嘘をつくと、それが本当になってしまうということ。これは他人に対してだけでなく、自分自身に関することでもあてはまる。その点、田中が……察しはついているとは思うけど、保育園の時の幼なじみの男の子とはこいつのことだ……さっき口にした「わたしがエイプリルフールには本当のことしか言わない」というのはある意味当たっているといえるだろう。
  そしてもう1つ分かったことは、わたしの力で本当になった事柄は、どんなことであっても次の日には「なかったこと」になってしまうというものだった。わたしの力によって変化した田中の姿が次の日には元に戻っていたのもこれが理由だ。ちなみに自分自身に関することでもこれがあてはまることは既に実証済みである。もしそうでなかったら、今でもわたしは人間界を征服した大魔王として悪魔城の玉座に君臨しているはずだ。…………まあ、思いつきとはいえ、よくもまあろくでもない嘘を言ったものだと正直昔のわたしにはドン引きだが…………。
  ともあれ、わたしの力を簡単にまとめるならあれだ、国民的知名度を誇る某青い猫ロボットが持っている「もしもなんたら」の使用日限定版といったところだろう。4月1日に限り、わたしはifの世界を自由に体感することができるのだ。
  それに気付いたわたしは、4月1日になると様々な荒唐無稽な世界や立場を楽しんできた。とはいえ、さすがにこの歳になるとそういうことにも飽きてくる。というより、それよりもっと興味のあることが出てくるものだ。
  だから今、わたしは自分を『可愛い女の子』だったことにして、ここにこうしているのだった。
  自分を女の子にして女子運動部で何を狙っているのかといえば、それはいわずもがなだろう。運動で汗の染みこんだ服を、年頃の女の子がそのまま着て帰るなんてことはない。特にわたしの学校は結構恵まれていて、シャワー室も完備されている。これは大きなポイントと言えるだろう。
  ……とはいえ、ただ女の子になっただけでは実はこの日は楽しめなかったりする。去年はそれに気付かず女の子になったところ、心まで完全に女の子になっちゃって、同性相手にぜんぜんドキドキしないまま普通に部活をしただけで一日が終わってしまった。でも今年は大丈夫。ちゃんとそのために自分に『レズ属性』を付けておいたから♪
「さ、早く行こ♪」
「あ、ちょっと待ちなさいよ!」
  女子部員の集合場所に向かって走り出すわたし。そんなわたしを倉田が慌てて追ってくる。その体が弾むたび、ぷるんぷるんと大きな胸が揺れる。
  って、これは倉田のくせになかなかけしからん胸ね。なんだか横目で見てるだけでムラムラしてきちゃう。……そうだ! どうせなら倉田にもレズ属性を付けちゃおう! そうすればこの後……。
  部活の後のシャワールームでの親睦タイムを想像し、わたしは走りながら不随意に顔を綻ばせるのだった。


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