トップページに戻る

小説ページに戻る
 


釣り
作:高居空


  どうしよう……。
  ボクは池の前で、釣り竿から垂れ下がる糸の先を見ながら、額からイヤな汗が垂れるのを感じていた。
  そこには、本来あるはずの物がついていなかった。水面に投げる前までは確かにそこにあったはずの魚の形をしたルアー。だけど、池から引き上げた今の糸の先には、その姿はどこにも見あたらない……。
  どうしよう……。でも、なんとかしなくちゃ……。
  ボクは頭をブンブンとふると、何か良い考えはないかと必死で頭をひねる。
  もしもルアーがボクの物だったら、こんな悪あがきはせずに、とっととあきらめていたかもしれない。
  だけど、無くなったルアーはボクの物ではなく、父さんの釣り道具の中からこっそり持ってきたものだった。
  夏休み、父さん母さんが仕事でいない中、ボクは父さんの道具を持ち出して、神社の裏手の森の中にあるこの池で魚釣りをしていたのだった。
  もしこれでルアーを無くした事がばれたら、勝手に道具を持ち出したこともあわせてメチャクチャ怒られる……。
  タンクトップに半ズボンという服のせいだけではない肌寒さを感じながら、頭をフル回転させるボク。
  だけど、考えても考えても一向に良いヒラメキは浮かんでこない。
  もうこうなったらいっそのこと池に飛び込んで探してやろうかと、半ば本気で思い始めたときだった。
  突然、目の前の池に音もなく波紋が広がると、その中心から、白い服を着たお爺さんが“気をつけ”の姿勢ですうっーと浮かび上がってくる!
「!」
  驚きのあまり声も出ないボク。
  その視線の先で、つま先まで水上に出てきたお爺さんは、水面をまるで地面でのように踏みしめると、ぎょろりとその目をボクへと向ける。
  怒ったときの先生のようなその目に、何だかいけないことをしてたところを見つかったような気分になって、ボクは反射的にビクンと背筋を伸ばす。
  そんなボクに問いつめるような声で話しかけてくるお爺さん。
「ふむ、お主、この池に魚を放したかの?」
「え?」
  身に覚えのない話に戸惑うボク。当然ボクはそんなことはしていない。もしかしたらキャッチアンドリリースのことをいってるのかもしれないけど、残念ながら今日の釣果は今のところゼロだ。それなのに……。
「覚えがないというか? 儂は見とったぞ。お主、さっきその釣り竿の先に魚をつけて池の中に放り込んだじゃろ。いかんぞ、外来種を日本古来の生態系の中に放つのは御法度じゃ。いや、それとも、お主は放つつもりはなかったが、勝手に魚が逃げてしまったというやつかの? それなら魚を返してやらんこともないが……」
  そこまで聞いてボクはピンときた。ひょっとしてお爺さん、ルアーのことを魚と間違えてる? しかも、それを返してくれるって……
  そのことに気付いた瞬間、ボクはお爺さんに大声で答えていた。
「はい! お爺さんの言うとおり、ボクは逃がすつもりはなかったんですけど、魚が逃げちゃったんです! お爺さん、ボクの魚を返してくれませんか!」
  思わぬ展開に、目の前がぱあっと明るくなったのを感じるボク。
  お爺さんはその言葉にフムと一つ頷くと、今度は片手を前に出して、閉じていた手の平を上に向けて開いた。
「そうか、では、お主が逃がしたのは、この“ぴっちぴち”の奴かの?」
  その声と同時に、お爺さんの手の平の上の空間に突然小魚が現れる。まるで下に見えない板があるかのように、空中でピチピチと身をくねらせる小魚。
「いえ、これじゃないです……」
  その光景に驚きながらも答えたボクに、お爺さんはもう一方の手を開く。
「では、こちらの“ビッチビッチ”の奴かの?」
  今度はコイより少し大きめの魚が空中に現れ、ビッチビッチと跳ね回る。
「いえ、そちらでもなくて……」
  ボクは自分の勘違いに心の中でため息をつく、どうやらお爺さんの言っていた魚というのはルアーじゃなかったみたいだ。これはもう、お爺さんに正直にボクが無くした物を伝えて、探してくれるよう頼むしかないだろう。……う〜ん、でもなんだろ? なんだかちょっと今のやりとり、ひっかかるものがあるんだけど……。
  でもボクは、すぐにその何とも言えない感じを心の奥に押し込んだ。そう、今一番大事なことはルアーを返してもらうことだ。それ以外のことを考えている場合じゃない!
「……えっと、ボクが逃がしたのは実は生きている魚じゃなくて、ルアーっていう名前の、人が作った魚の形をしたものなんです」
  それを聞いたお爺さんは、その言葉を待っていたとばかりに、表情を一変させ顔に満面の笑みを浮かべた。
「そうかそうか、お主は正直者じゃのう! いやあ感心感心。ならばほれ、お主が無くした物を返してやるとしよう」
  その声と同時に、ボクの目の前に無くしたルアーが現れる!
「あ、ありがとうございます!」
  心からのお礼の言葉に、にっこりと微笑むお爺さん。
「それと、これは正直者への褒美じゃ。“ぴっちぴち”と“ビッチビッチ”、これもお主にくれてやろう」
「え…‥?」
  その言葉に、ひっかかっていた何かが再び頭をもたげてくる。このやりとり、やっぱりどこかで聞いたことがあるような……。水、無くし物、2つ出された物がどちらも自分の物じゃない……。
  って、そうだ! これって童話の“金のおの銀のおの”の話とおんなじ流れじゃないか!
  そう気付いたときだった。
  ぐにゅり。
  これまで味わったことのない感覚が突然体の中をかけぬけ、ボクはその場にぱたんとひざをついた。
  そのまま体中から力が急に抜けていくのを感じる。
「あ、あ、ああ……っ?」
  体ごと前に倒れそうになったところを、何とか手をついてこらえるボク。
  な、なにがおこって……
  そう口に出そうとしたけど、口からは荒い息しか出てこない。
  何が起こったか分からずただ四つんばいの体勢を取るのが精一杯のボクの目の前に、突然ばさりという音とともに何かが垂れ下がってくる。
  えっ……、これって……髪の毛……?
  そう、それはどう見ても髪の毛だった。でもなんで? ボクが前かがみになっているから後ろ髪が前に垂れ下がってきたんだろうということは分かる。でも、ボクの後ろ髪は前に垂れてくるほど長くなんかない!
  意味が分からず頭がぐしゃぐしゃになるなか、今度は目の前の髪の色が黒色から栗色、そして金色に変わっていく。
  こ、これって……?
  驚く間もなく、今度は別の場所から違和感が伝わってくる。
  む、胸が……重い……?
  そう、なぜかはしらないけれど、急に胸のあたりに重さを感じ始めたかと思ったら、それがどんどんと重くなってきていたのだ。
「はあ、はあ、ああ……っ」
  それに合わせるかのように、ボクの口から漏れる声が、だんだん自分の声じゃなくなっていく。
「あっ、はあ、やあ、ああん……♪」
  その声がなんだかドキドキするような声に変わりきると、ようやくボクの体に力が戻ってきた。
  な、なんだったんだろ、今の……
  そう思いながら髪をかきあげ、四つんばいの状態から体を起こすボク。その動きに合わせて胸がたゆんと揺れる。
  ……え?
  その感じたことのない感覚に胸の方に目を向けると、そこには大きな二つのおっぱいがあった。
  母さんのそれよりずっとずっと大きなおっぱい。そのおっぱいが、ボクの胸にアニメのお姉さんのような立派な谷間を作り出していた。タンクトップはその胸に押し上げられたのか、それともボクの体が急に大きくなったのか、すそがぐっと上がっていて、おへそが丸見えになっている。おっぱいに手をあてると、その先の方からこれまでに感じたことのない感覚が体に走り、思わず口から吐息が漏れる。
「あ……」
  あてがった指の爪には、カラフルな色が塗られていた。
  何となくたまらなくなって、おっぱいをそのままもみもみするボク。
「あっ、うんっ、ああん……♪」
  その動きでスイッチが入ったかのように、お腹の奥がキュンキュンしてきて、いつのまにかジーパンと同じ生地に変わってむちむちの太股のつけ根まで露わにしていた半ズボンの中が湿り気を帯びてくる。
「どうじゃね、褒美の味は?」
  いつの間にか片方の手をズボンの真ん中にあてがっていたボクは、聞こえてくるお爺さんの声に、息を荒げながら尋ねる。
「あっ、こ、これってどういう、うん、こと…‥はあぁ」
「いったじゃろ、褒美として“ぴっちぴち”と“ビッチビッチ”をやると。それを受け取ったお主は、“ぴっちぴちのビッチ”になったんじゃ」
「ぴ、ぴっちぴちの、ビッチ? ボクが? あ、はあん♪」
「うむ、そのとおりじゃ。お主の今の容姿なら、ビッチとしていくらでも男を喰うことができるじゃろうて」
  男を……喰う? その言葉を頭に思い浮かべたとたんに、今まで聞いたこともなかった知識が頭の中に流れ込んでくる。
「あ、は、ああああん!」
  その知識にゾクゾクして思わず背中を仰け反らせるボク。それを見たお爺さんは満足そうにうんうんと頷いた。
「うむ、どうやら必要な知識も頭に入ったようじゃの。さてお主、もしもこの後そのままの体で生きていくことを望むのであれば、衣食住は儂の方で用意してやろう。逆に元の体に戻りたいのであれば、一日後に儂に会いに来るがよいぞ。まあ今夜一晩その体をたっぷり味わいながら、ゆっくり考えるが良かろうて」
  そこまで言うと、お爺さんは現れたときの逆再生のように音もなく水の中へと消えていく。
「あ、ちょっと!」
  それに気付いたボクがあわてて胸と股間から手を放して引き留めようとしたときには、既にお爺さんの姿は見えなくなっていた。
  残っていたのは、返してもらったルアーのみ。
「……………………」
  そのまましばらく呆けていたボクだったが、肌を撫でる風にはっと我に返る。
  そうだ、こうしちゃいられない。
  ボクは釣り竿と返してもらったルアーを放り出したまま、そそくさと身支度を整える。
  そう、今はこんな所で魚釣りなんかしてる場合じゃない。早く、早くここから街に移動して…………
  そこでオトコを釣らないと♪


トップページに戻る

小説ページに戻る