トップページに戻る

小説ページに戻る
 


ツかれた女
作:高居空



  お客様、お待たせいたしました。本日のマッサージを担当させて頂きます古暮と申します。宜しくお願いいたします。


  おや、お客様のその週刊誌、あの記事が載ってるやつですね。旦那が不在の時に男を自宅に連れ込んで遊んでたっていう元アイドルの。いやあ、しかし本当災難ですよね、彼女。


  あっ、すいません。確かに不謹慎と思われるのも当然ですよね。ですが、私が見た所、まず間違いなく彼女、ツかれてますよ、男にね。
  あっ、ツかれてるって男遊びに疲れてるって意味じゃないですよ。私が言いたいのはですね、彼女が『男に憑依されてる』ってことです。お客様、今、ネットの裏サイトなんかで『憑依薬』っていう物が売られてるって噂、聞いた事ありますか?


  そうですか。まあ、普通の方であれば眉唾物と思われるのは当然ですよね。ですが、本当に存在しているんですよ、憑依薬って。そして、それを闇で流通させている組織もあるわけです。まあ、どんな組織かはご想像にお任せしますが。
  そして、その憑依薬を買った客、特に男が若い女に憑依した場合、まず、ナニをヤるか……まあ、そういうことです。
  ネットなんかじゃケダモノやら何やらと叩かれてますけどね、そういう書き込みをしている連中にもし憑依薬を渡したなら、まず間違いなくなりますよ、そいつらも自分達が言うケダモノにね。


  ああ、確かに一般の人がこういう事を知ってるのはちょっとおかしいかもしれませんね。実はですね、私、昔かなりやんちゃをしてた時期がありまして、その憑依薬にも手を出した事があるんですよ。あっ、もちろん今は足を洗ってますけどね。実はあの薬を使った仲間が大変な事になってですね、それをきっかけにそちらの世界とはきっぱり縁を切ったんですよ、ええ。


  おや、お客様、興味がおありですか、憑依薬。それではもう少しお話しておきましょうか。あの薬は使うにしても知識の有る無しで全然違いますから。


  まず、ネットの裏サイトでは今、憑依薬について『誰にでも憑依できる薬』なんて宣伝してますが、実際の憑依薬ではそんなことはできません。もしもそうなら、国の要人や芸能人なんてとっくに誰かが憑依しているでしょう? つまりはそういうことです。まあ、全てが嘘というわけでもないんですがね。正確に表現するなら、『誰にでも憑依できる可能性がある』といった所でしょうか。


  ああ、可能性があるというのはですね、憑依するときの憑依判定の際に、絶対成功の可能性が僅かながら存在しているからです。
  あ、まずは憑依判定から説明した方が良いですね。
  お客様、昔あったテーブルトークロールプレイングゲームってご存じですか? ご存じなら話が早いのですが……。
  まあ、そうでしょうね。昔流行ったといってもそれは一部マニアの間でだけ、本当に狭い世界の中の話でしたから。
  それではお客様でも分かるように説明しますと、人間にはそれぞれステータスというものが存在します。お客様、テレビゲームの方のロールプレイングゲームはプレイしたことがございますか? そうですか。そうしたゲームの中でキャラクターの能力を数値化した物、HPやMPのほか、お馴染みなのは力や素早さといったものですね、それがステータスです。
  そして憑依判定とは、憑依する側と憑依される側のステータスを比較する事によって行われます。具体的に申しますと、憑依する側が魔力と幸運値を足した数値、憑依される側が魔力抵抗値と幸運値を足した数値を基準値とし、それにお互いそれぞれランダム値を加えた数値を比較し、憑依する側の方が大きければ憑依成功、憑依される側が大きければ憑依は失敗、同じ相手には二度と憑依判定を行う事ができない、そんな内容のものです。まあ、ちょっと胡散臭い感じもしますが、それが事実なのですから致し方ないでしょう。
  そしてその判定で用いられるランダム値ですが、これはサイコロをイメージしてもらえればと思います。お互いにサイコロを振って、出た目を基本値に加える。そんな感じです。
  ただその際、ランダム値で憑依する側がサイコロの目で例える所の最も大きな目を出した場合と憑依される側が最も低い目を出した場合は、通常の判定とは異なり相手の数値にかかわらず憑依は自動的に成功となります。絶対成功とはこの事を指します。昔流行ったテーブルトークには、サイコロを使ってこれに似た判定を行うゲームがあったんですよ、ええ。


  それで、なぜ国の要人や芸能人に憑依する事ができないのかですが、これは簡単な理由です。そうした方達というのは、憑依判定で用いられる幸運値がずば抜けて高いんですよ。考えてみれば当然ですよね。星の数ほどの人間がいる中で、ほんの一握りの権力者やトップアイドルに上り詰めるために、才能や努力の他にどれだけの幸運が必要となるのか。
  そういった方々が相手では、憑依をしようとする側はそれこそ相手と同格の方でもないかぎり、まず勝負になりません。基準値で大差がついている上に、ランダム値があるといってもそれは言いかえれば運任せということ。そして運というのは当然幸運値に左右されるものですから。


  ああ、確かに今言った理屈だとこの週刊誌に載ってる元アイドルも憑依なんかされないってことになりますよね。ただ、彼女は『特別』なんですよ。


  さきほど、憑依判定で憑依される側は魔力抵抗値と幸運値を足した数値を基準値とすると言いましたよね。ですが、彼女の場合、その魔力抵抗値が『マイナス』になっているんです。そう、彼女の肉体は掛けられた魔法や呪いに抵抗するどころか、それらを大幅に増幅してしまうという特殊体質なんですよ。まれにいるんですよね、そういうレアな体質をされた方が。そして彼女の場合、そのマイナスが同じ体質を持つ方の中でも飛び抜けている。それこそ、トップアイドルに輝くだけの幸運値をプラスしたとしても、基準値がマイナスになってしまうくらいにね。


  ええ、彼女の事は当時私がいた頃の裏の世界でもかなり知られていましたよ。ほら、彼女人気絶頂の時に男遊びをしてアイドルグループを脱退したことになっているじゃないですか。あれも結局は男が憑依していたんですよ。もちろん記事にはなりませんでしたけど。組織もそこら辺のフォローはしっかりしてるんですよね、まあ、裏の世界のやり方で、なんですが。


  しかし実際の所、私がいた頃には彼女に誰かが新たに憑依したって話はほとんど聞かれませんでしたね。そもそも、彼女の名前が知られてたのは彼女が『危険な存在』だからでしたし。
  正直、憑依がどのような物であるのかを知っているなら、彼女に憑依をしようなんて者はまずいないですよ。彼女に憑依なんてしようとするのは、憑依について中途半端な知識しか持たずに、ただ簡単に憑依できそうだからって手を出すような浅はかな連中だけですよ。


  そうですね、彼女がなぜ危険なのか。それは、彼女の魔力抵抗値のマイナス値が大きすぎることにあります。先ほど、魔力抵抗値がマイナスの場合、掛けられた魔法や呪いを大幅に増幅してしまうという話をしましたが、彼女の場合、そのマイナスが桁外れに大きい。つまりは、その増幅値も桁外れなものとなってしまっているんです。それこそ、短時間魂を憑依させるだけの略式呪術であっても、憑依した魂と肉体とを完全に結合してしまうぐらいに、ね。
  そう、彼女に憑依してしまうとですね、その魂は彼女の肉体から抜け出せなくなってしまうんですよ。例え彼女に憑依するために使った憑依薬を用いても、彼女の肉体から抜け出す事は叶いません。


  その後、彼女に憑依した魂がどうなるか、ですか? まあ、普通に生活する事はとりあえずできるでしょう。憑依した側は憑依された側の記憶を自由に引き出す事ができますからね。もちろんそれは、憑依した魂が『女』として生きる事に嫌悪感を抱かなければ、の話ですけど。
  ただ、彼女の場合、その持ち合わせた肉体の特性がありますからね。それがまた問題になってくるんです。
  突然ですがお客様、他人の魂に憑依されてる間、憑依されている側の魂はどうなっていると思いますか?
  答えはですね、仮死状態です。まあ、魂が仮死状態というのもおかしな話ですが、憑依されている側の人間の魂は、存在はしているものの意識がまったくない状態となります。そして、憑依していた魂が抜ければされていた方の魂は意識を取り戻し、元に戻るわけですが……
  そう、彼女の場合、憑依した魂は二度とその肉体から抜け出る事はない。つまり、他の魂に憑依された時点で、前に存在していた魂は二度と目を覚ます事のない、事実上死んだも同然の状態となるわけです。そして、彼女の肉体は憑依に抵抗する事ができない。つまり、彼女に憑依した魂は、後から憑依してくるかもしれない魂に日々怯えながら生きていくことになるのです。


  私が裏の世界に足を踏み入れた時点で、既に彼女には100人以上の魂が憑いていると言われていました。まあ、それでもごくまれにいるんですよ、ろくに調べもしないで彼女に手を出すような奴が。私が昔ヘッドを務めてたチームでも新入りが説明も聞かずに薬を無断で使用してですね。まあ、それをきっかけに……ってわけです。おそらく、組織の人間と直接やりとりせずにネットで購入できるような今の状況では、その数は更に増えてるんじゃないですかね。


  まあ、今の私に言える事は、怪しげな物には手を出さない事、手を出すのだったら事前によく調べておく事、そんなごく当たり前な話だけですね。


  さて、世間話はこのくらいにして、そろそろ施術の方に入りましょうか。あ、もちろん今のおしゃべりの時間は料金の内には入っておりませんのでご安心を。


  それではお客様、今日はどこか特におツかれの箇所はございますか?



トップページに戻る

小説ページに戻る