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時間遡行装置
作:高居空


  ウイィィィン……
  円筒状のポッドに寝かされた俺の耳に、遠くから機械の駆動音が聞こえてくる。
  ポッドの上半分はガラス張りとなっており、室内の様子を眺めることができる。
  視線を天井から横へと移すと、そこには、壁に埋め込まれた機材を前に何かを入力しているよれよれの白衣を纏った頭髪ぼさぼさの年齢不詳の雇い主の姿があった。


“時間遡行実験被験者募集中”
  その求人広告を見たのは今朝のこと。どうみても怪しさ爆発の求人だが、報酬の額と日雇い・現金即日払いという文字に、俺の目は釘付けになっていた、俺は明日までにどうしてもまとまった金が必要だった。もはや闇金に手を出すしかないかと半ば覚悟したところで、この求人に出会ったのだ。
  広告をよく読むと、採用は面接後問題がなければすぐ、さらに希望すれば面接当日に被験者となることも可となっている。さらに、面接自体も申込した当日に可能とのことだ。これならば危険な闇金に手を染めなくても、必要な金を手にすることができる。その前に採用されなければ意味はないが、この条件からして、募集主が希望するほど人が集まっていないことは明白だ。それに、俺は昔からSFにそこそこ興味がある。時間遡行がどのようなものかも、映画やアニメなんかの知識で何となくイメージはできているつもりだ。向こうとしても、そうした人間の方が扱いやすいだろう。
  早速俺は、広告にあった連絡先にアポを取り、すぐに面接を受けることとなったのだった。


“俺の時間遡行装置はな、あの有名な漫画のタイムマシンのように本人をそのままの形で過去に送り込むものではない”
  面接にあたり、この仕事に興味があることをアピールするため、あえて時間遡行の方法についてSF知識を交えつつ質問した俺に対し、この研究所の主であり面接官でもある白衣の男は、俺の目論見通り餌を前にした動物のように食いついてきた。
  面接の会場に指定された研究所は、閑静な住宅街の中にあった。一見するとただの民家にしか見えない駐車場付きの平屋の一軒家。だが、その地下には、計器で四方の壁が埋め尽くされた、普通の研究所というより特撮やアニメに出てくる悪の軍団の秘密研究所といった感の空間が広がっていた。
  そして、この研究所は、今向こうで計器を動かしている白衣の雇い主が一人で切り盛りしているらしい。元の素材は良さそうだが明らかに格好に気を遣っているとは思えないその風体や研究内容から、マッドサイエンティストという言葉がぴったりの雇い主だが、室内の各種機器は、素人の俺から見ても、とれも十万百万の単位では用意できないと分かる代物が揃っていた。雇い主が相当の資産家なのか、それとも強力なスポンサーがついているのか、ともかく報酬の支払いの方は問題無さそうだ。
“俺の装置は、触媒を用い、その触媒が世間的に認知された特定の時代へと転移させるという、いわば限定的な時間遡行装置だ。被験者はこのカプセルの中で一度存在を分解され、過去でその触媒に縁ある者として再定義されることとなる”
  自らの発明について、意気揚々と解説する白衣の男。だが、聞いている俺はいまいちよく理解できない。とりあえず触媒が重要な要素であるっていうことは分かったが……。
  触媒とは何なのかと聞くと、雇い主は“くっくっくっ”とどこか意味深な笑い声をあげた後に答える。
“それはな、一言で言えば『ファッション』だ。このカプセルの上部には、過去に一世を風靡したファッションが納められている。それを触媒とすることにより、そのファッションが流行した時代と繋がるラインを作り出し、被験者をそのファッションに縁あるその時代の人間として再定義することで、その過去へと送り込むことができるようになるわけだ”
  ……つまり、さっき話に出た某漫画のタイムマシンみたいにどんな時代にでも行けるわけではなく、触媒となるファッションが流行した時代にしか行けないってわけか。
  自分なりに白衣の男から与えられた情報を整理する俺。
“だが、俺の装置はまだ未完成でな。過去とのラインを短時間しか維持することができない。被験者が過去に滞在できる時間は、向こうの時間で日付が変わるまで。それを過ぎると、被験者はこのカプセルへと強制的に帰還させられることとなる”
  なんだかシンデレラみたいだな。だがこれで、もし本当に過去に行けたとして、行ったまま戻れないっていう事態は避けられるっていうのは分かった。あくまで理論上は、かもしれないが。
 となると、確認しておきたい事柄はあと一つ。
  過去に行けたとして、そこで俺はなにをすれば良い?
  そう、過去に本当に行けたとして、そこで俺はどのように行動すれば良いのか。過去に干渉して、未来を変える……というのは、タイムトラベル物における鉄板の展開だ。俺だってできるならば、過去に戻って大金を用意しなければならなくなった現在に至る状況を変えられればって思っている。だが、雇い主のこれまでの話ぶりや、任意の時間軸に飛ぶことができないというシステムからして(行きたい時間軸で流行していたファッションを触媒として手に入れられれば話は別なのだろうが)、どうもそうした過去改変の意図は薄そうだ。となると逆に俺は行動に細心の注意を払わなくてはならなくなる。時間遡行者が過去で行ったなにげない言動が原因で、未来が大きく変わってしまうというのもまた、タイムトラベル物の王道の展開だからだ。
  だがしかし、その問いに対する雇い主の回答は意外な物だった。
“別になにもないぞ。お前は過去に行ったら、ただ自分がやりたいと思ったことをやれば良い。言うなれば、「汝、汝の欲するところを成せ」……という奴だな”
  ……本当にそれで良いのか? 正直疑問に思う俺だったが、ここで雇い主の機嫌を損ねて不採用となっては元も子もないため、あえて納得した振りをする。まあ、変な改変を起こさないよう、俺が気をつけていれば良いって話だしな。
 そうして一通りの面接を終えた俺は、その場で採用となり、そのまま被験者としてすぐに実験に臨むこととなったわけだ。


「それではいくぞ」
  準備ができたのか、壁の計器からカプセルの側へとやってきた雇い主が俺に告げる。
  いよいよか……。本当に時間遡行できるのか……? 失敗して変なことにならないだろうな……?
  金のため何でもすると自分に言い聞かせていた俺も、さすがに緊張を禁じ得ない。
  雇い主が俺をどの時代に送り込むつもりなのかを教えてくれなかったのも、その原因の一つだろう。
“その方がお前も面白いだろう?”
  くっくっと含み笑いを漏らす雇い主の顔が脳裏に思い浮かぶ。正直、不安しかないが、それが雇い主の趣向である以上、報酬をもらう側の俺は従うしかない。もちろん、時間遡行に用いる触媒も秘密のままだ。
「さあ、過去の世界で思うがまま楽しんでくると良い」
  雇い主は最後にそう言うとカプセル脇に設置されたレバーをガチャンと下げる。
  同時に、俺の入ったカプセルは、眩い光に包まれた。



  ……暑い。
  光の眩さに反射的に目を閉じた俺が最初に感じたのは、突如上昇した周囲の温度だった。
  同時にどこか遠くから波の音のような物が聞こえてくる。
  目を開くとそこは、太陽の照りつける砂浜だった。
  青く澄んだ空、鼻腔をくすぐる潮風。ビーチでは、水着姿の男女が思い思いに楽しんでいる。だが、そのビーチにいる若い女の髪に俺は違和感を感じた。明らかに今風ではない。あまり髪型には詳しくないのでうまく言えないが、そう、過去の映像で見る昭和アイドルっぽい雰囲気。それに、肌も健康的に日焼けしていて、紫外線絶対NOな今の女達とは明らかに異なる。
  これはひょっとして……本当に時間遡行に成功したのか?
  そう思い、体を動かそうとしたときだった。
  目に俺の腕が映し出される。だがそれは、まるで自分の腕とは思えない形をしていた。服を着ていたはずなのにいつの間にか剥き出しとなっていた腕、それは筋肉の落ちた、細くしなやかな造りをしていた。だが、肌は周りの人達と同じく小麦色に焼かれていて、不健康といった感じはしない。まるでそれは、ビーチで騒いでいる女達と同じ腕のようだった。
「……!」
  視線を下ろすと、俺の肌はそのほとんどが外気に晒されていた。ただ、下腹部はブリーフのような形をした赤い布で覆われ、胸も同じ色をした三角形の二枚の布地で隠されている。そして布地の下で、俺の胸は大きな膨らみを見せていた。二つの膨らみにより、胸の中央には立派な谷間が生じている。剥き出しになった腰はくびれ、ぴっちりと布地の張り付いた股間にはあるべき膨らみが見あたらない。
  俺は、ビキニ水着姿の女になっていた。
  これまで意識をしていなかったが、視線の端には長く伸びた黒い髪の毛が見え隠れし、肩の辺りにもその髪があたる感触がある。
  なんだ、どうなっている?
  混乱のあまり立ちつくすしかない俺の中で、雇い主の面接時の言葉が蘇る。
“被験者をそのファッションに縁あるその時代の人間として再定義することで、その過去へと送り込む……”
  まさか、ひょっとして、時間遡行の触媒として使われたファッションというのは『ビキニ水着』だったのか!? そして俺は、『ビキニ水着に縁のあるその時代の人間』として再定義され、『ビキニ水着を身に纏った女』になった……?
  雇い主がこの場にいない以上、本当のところは分からないが、自身に起きた状況について推測する俺。
  だがどうする? こんな女の姿になって、俺はいったい何をすればいいんだ?
  雇い主の言っていた送還の時間は午前零時。それまではこの姿でこの時代にいなければならない。俺はその時間に何をする? 雇い主からは“汝の欲するところを成せ”と言われているが……。
『○○○したい』
「!?」
  その声は、俺の頭の中に突然響き渡った。
『○○○したい』
  再び声が響く。それは快活な少女の声をしていた。言葉の大部分はなぜかよく聞き取れないが、その声が響くたび、俺の脳がガンガン揺れる。
『○○○したい○○○したい○○○したい』
  やめろ、俺の頭の中で騒ぐな!
『○○○したい○○○したい○○○したい○○○したい○○○したいだってこういう格好してるならそう思って当然だよだから○○○したい○○○したい○○○したい○○○したい○○○したい○○○したい○○○したい』
  その声に導かれるように、俺の中でなにか表現できない欲求が意識に浮かび上がろうとする。ボクはその衝動を頭を強く抑えながら押しとどめつつも、そんな自分の中で何かが崩れていくのを感じていた……。


   ビキニ水着 第1次流行期 1970年代




「…………」
  意識が戻ると、そこはカプセルの中だった。四方を機械で囲まれた部屋。そこに白衣を着た人影がある。
「戻ったか。どうだった?」
  白衣の男……雇い主は簡潔にそれだけを口にした。だけど、その目はしっかりと自分へと向けられている。
「凄かった……」
  雇い主に合わせるように、ボクも簡潔に答える。凄かった。そう、それしかない。あまりの凄さにボクは意識を飛ばし、気付いたらこのカプセルに戻っていたのだから。時間移動の影響もあるだろうけど、しばらくは身体に力が入りそうにない。
  だが、雇い主は「そうか」とだけ言うと、「では次に行くぞ」とレバーに手をかける。
  えっ、時間遡行の実験って1回じゃない?
  慌ててどういうことか訊こうとしたボクだったが、それより先に雇い主はレバーをガチャンと下げていた。



  波の音が聞こえる。
  気が付くと、ボクは再び夏の日差しが降り注ぐ砂浜にいた。海ではやはり水着姿の男女が歓声や嬌声を響かせながら楽しんでいる。デジャブを感じるような光景。だけど、ボクは女の子の着てる水着の種類が前と異なることに気が付いた。
  前の時は、女の子の水着はビキニが多かった。でも、今いる女の子達はほとんどワンピース型の水着を着ていて、ビキニは圧倒的少数だ。あと、髪型も昭和のアイドルカットではなく、ロングヘアが増えているようにも感じる。
  自分の身体を見下ろしてみると、予想通り、ボクもワンピース型の水着を身に着けていた。が……
「…………!!」
  ボクの水着は、股間の部分が凄まじく鋭角にカットされていた。大事なところが何とか隠せているくらい狭い角度の三角形から伸びる二辺は、腰の辺りでようやく水着のサイドへと到達している。
「ハイレグ……」
  そう、それは昔のレースクイーンの衣装等で有名な、ハイレグの形をした水着だった。その水着に合わせるように、ボクの体もさっきより足がスラリと長くなり、胸も一回り大きくなっている。背中の感触から察するに、髪型もロングヘアなんだろう。ワンレンっていうやつかもしれない。肌も紫外線対策をしているのか、そこまで焼けてはいなかった。
  ハイレグ水着の大人びた女と化したボク。そんなボクの頭に、あの声が響く。
『○○○したい』
  ボクはその声を拒むことはなかった。その楽しさにボクは気付いてしまった。そして、それを望む声が響くのは、この姿である以上当然といえば当然なのだ。
  頭に響く声に従うように私は……


   ハイレグ水着 流行期 1980年代後半




「どうだ?」
  カプセルの中に戻った私に雇い主が尋ねる。舐めるような彼の視線を感じながら、私は思ったままを答えた。
「とっても良かった……」
  受け入れてしまえば、それはとても楽しく、エキサイティングな体験だった。こんなこと、これまでの人生で経験した事なんてない。これが味わえるなら私は……。
  その心の声が聞こえたかのように、雇い主はフッと愉悦とも嘲笑とも取れる笑みを一瞬浮かべた後に、再びレバーへと手を伸ばした。
「では次に行くぞ」
  望んでいた言葉に私は期待を膨らませながらこくりと頷く。そして彼がレバーを下ろし……



  気が付くと、私はまた砂浜の上に立っていた。3回目ともなれば慣れたもので、今度は周囲よりも先に自分の格好を確認する。
  私は黒いビキニを身に着けていた。一見すると、最初の時と同じデザインのように見える水着。だが、体の方は2回目の方に準拠しているようで、グラマラスでセクシーな体のラインが露わになっている。さらに肌の色は2回目よりも更に白さをキープしているように見えた。
  この感じからして、ここはどうやら最初に行った時代とは違うみたいだ。でもどうして?
  何かヒントになるものはと、周囲に目を向ける私。
  ビーチでは男女が楽しそうに戯れている。その中で女達の身に着けている水着は、ビキニとワンピースがほぼ同数といった感じか。その中で、私が目を向けたのは海へと向かう一人の女性の後ろ姿だった。
  男の視線を誘うように腰をくねらせながら歩くビキニ姿の女性。そのヒップはまるで隠す意志がないかのように剥き出しになっていた。いや、目を凝らしてよく見ると、そこには紐のような水着がヒップの割れ目に食い込んでいる。
  これは……Tバック!
  その単語が脳裏に浮かび、私は自分のヒップへと手を伸ばす。
  案の定、私のお尻もまた、外気に晒されていた。
  同時に、私の中からある欲求が浮かび上がってくる。だけど、その欲求はもう声として私の脳を揺さぶることはなかった。それはあの声が私の本当の欲求であることを私自身が理解し、やるべきだと認めたからだろう。“汝、汝の欲するところを成せ”……まさにその状態に今の私はなっていた。
  え? なぜ、あの声が私の本当の欲求だって分かるのか、ですって? そんなの考えるまでもないことでしょ。若い女が一人、わざわざ見せつけるようなセクシーな水着でビーチに来てるのよ。
  そんなの、アタシが“男遊びしたい”からに決まってるじゃないの♪
  ぺろりとひとつ舌なめずりをすると、アタシはビーチに向かって歩き出す。アタシがここにいられる時間は限られてる。ならばとっとと動き出さないと損ってものよね。さあ、今日はどんな男がアタシを楽しませてくれるのかしら……。
  期待に胸を踊らせながら、アタシは早速獲物を物色しはじめるのだった……。


   Tバック水着 流行期 1990年代




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