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チカン電車2

作:高居空



  おや、見慣れない子がいるな。
  電車に乗り込んだ俺は、すぐに車両にこれまで見たことのない少女が乗っていることに気が付いた。
  女子高生と思われる、制服を着た少女。彼女は、俺が乗り込んだドアとは反対側のドアの前で、窓から外を眺めるように立っている。車内の通路に背を向けたその後ろ姿は、いかにも無防備に見える。
  そう、無防備だ。俺の乗っている車両は、一部でチカンが多発していると噂されている車両だった。そしてそれは事実である。この時間、この車内では盛んにチカン行為が行われているのだ。
  そんな車両に視線を窓の外に向けて乗るなど、襲ってくれと言っているようなものだ。中にはそれを期待しているような数奇者もいる……というか、この車両に乗っている女は実際そちらの方が多いのだが、少女の後ろ姿は俺の記憶にはないものだった。
  そう、俺はこの車両に度々乗り込んでいた。そこで何をやっているかは、言うまでもないだろう。
  とはいえ、記憶にないのは、これまでたまたま俺が彼女と乗り合わせなかっただけかも知れない。仕事の繁忙期などの関係で、俺がこの時間の電車で出勤できるのは月に1週間程度。「その後」の事を考えると、さらにこの車両で「色々」できるのは2、3日だけということになる。あの娘とタイミングが合わずにこれまで顔を合わせることがなかったというのも十分考えられた。
  だが、初物を味わえる機会というのはそうそうないからな。
  俺は彼女に狙いを定めると、静かにその後方へと近づいていった。

  この時間、この車両において、チカンという言葉には二つの意味がある。一つは皆が想像する通りの痴漢。そしてもう一つが、痴漢と痴漢行為をされた側の精神が入れ替わる「置換」だ。
  この車両で痴漢行為を行うと、精神の入替が起こり、痴漢を仕掛けた男は痴漢をされる女となり、女は痴漢となってしまう。入れ替えられた者達は、新たな肉体の脳にある記憶を引き継ぐとともに、人格もその影響を受ける。男になった女は、肉体からの衝動に突き動かされるかのように痴漢行為を続け、女になった男はその愛撫を受け入れることとなるのだ。さらに、元の自分に戻るには、翌日以降に再度「自分」に痴漢を仕掛けられなければならない。つまり、元に戻るには、最低でも日を跨がなければならないのだ。それを考えれば、月に大体1週間くらいしかこの車両に乗れない俺が色々楽しめるのは、2回から多くて3回となるわけだ。
  そう、俺はこの車両で痴漢行為というよりも、女との入れ替わりを楽しんでいた。本来の自分とは逆の性になり、それを満喫する……その愉しみに、俺は完全に嵌っていた。
  そして、どうせ入れ替わるなら、既に何回も入れ替わっていてどんな人間か分かっている女よりも、未知の女の方がスリルがあって良いと思うのは、ある意味当然の摂理だろう。
  俺は、目を外に向けている彼女の後ろにぴったり立つと、ゆっくりと手を女の感じる場所へと伸ばしていった……。




  やられた……。
  昼休み、私≠ヘ教室の机に突っ伏していた。動こうにも動く元気もない。そう、私の今日の体調は最悪だった。
  私の頭の中で、元の私≠フ記憶が再生される。
  元の私はあの車両にたまたま乗りこんだ訳ではなかった。むしろ逆に、あの車両で何が起こっているかを知った上で、あえてある目的のために車両に乗り込んでいたのだ。それがこれだ。
  私の体はとてつもなく生理が重かった。こうして休み時間にはやせ我慢も限界に達し何もできないくらいに。
  そう、元の私は生理から逃れるためにあの車両へと乗り込んでいたのだ。これまで私が見たことがなかったのは、文字通り私と元私の「周期」がたまたま合わなかっただけらしい。考えてみれば、あれだけ無防備な子を、同業者達が何の理由もなしに放って置くわけがなかったのだ。まあ、今さら後の祭りなんだけど。
「うぅ……絶対、明日には元の体に戻るんだから……」
  机の上でうめきながら、私は心に固くそう誓うのだった。



  結局、それから生理が終わる日まで、彼女が自分の体に痴漢を仕掛けてくることはなかったとさ。



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