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チカン電車
作:高居空
俺の乗った車両は、いつものごとくほどほどに混んでいた。見たところ男女の比率は3対1といったところか。その見慣れた光景に、俺はマスクの下で口角をつり上げていた。
俺の乗っている車両は、知る人ぞ知るいわくつきの車両だった。この時間、この車両ではチカンが多発する……そんな噂がまことしやかに流れる、そんな車両なのだ。
あくまで噂は噂。長年この車両に乗っている俺は、実際に痴漢行為で駅員や警察に突き出された男はいないことを知っていた。だが同時に、この車両での痴漢行為は確かに存在していることも。
そんな車両にあえて乗るような女は、噂を知らずに乗ってしまったか、あるいはそれと知ったうえであえて乗り込んできたかのどちらかだろう。車内にいる女は学生、ギャル、OL風と様々だが、その何割かは、いかにも誘っているようなオーラを放っている。そのうちの何人かは、俺もよく知る常連ともいえる顔だった。
ふん、他の奴らはいざしらず、俺はお前等には手は出さないぜ。やっぱり獲物は新顔でないとな……。
俺は彼女達に対しそんな事を考えながら、いかにも何も知らずにこの車両に乗り込んだといった感じの若い女の後ろに陣取る。
就職活動中なのか、かっちりとしたリクルートスーツを着込んだその女は、なかなかの上玉だった。爽やかさを前面に出した化粧、スーツの下から存在を主張する胸、くびれた腰。まだ他の同業者の手に落ちていないのが不思議なくらいの女だ。
窓に顔を向けている女の後ろで、俺は挨拶代わりとばかりに、その臀部に手を添える。
「?」
スカート越しに彼女の臀部に触れると同時に、俺の指からはなんともいえぬ違和感が伝わってくる。
なんだ?
その違和感の正体を突き止めるより前に、俺のもう一方の腕は彼女の豊かな胸部へと這い寄っていた。
「!」
次の瞬間、俺は違和感がどこからきていたのか思い至る。
こいつ……下着を着けていない!
そう、スーツに隠され気が付かなかったが、女は下着を身に着けていなかったのだ。
しまった! こいつ、真性の淫女……!
後悔する間もなく、視界がぐらりと揺れる。
揺れが収まったとき、視線の向こうには、唖然とした表情を浮かべる『私』の顔が窓に反射し映っていた。
この時間、この車両ではチカンが多発する。それは真実だった。確かにこの車両では痴漢行為が行われている。だが、チカンにはもう一つ、別の意味があった。この車両で痴漢行為を行うと、痴漢と痴漢行為をされた側の存在が、『置換』されるのだ。
痴漢を仕掛けた男は痴漢をされる女となり、女は痴漢となる。それがこの車両のルールなのだ。
だが、置換が行われたからといって、それで痴漢行為が止まる訳ではない。入れ替えられた者達は、新たな肉体の脳にある記憶を引き継ぐとともに、人格もその影響を受ける。男になった女は、肉体からの衝動に突き動かされるかのように痴漢行為を続け、女になった男は『自分』を駅員や警察に突き出すわけにもいかず、甘んじてその愛撫を受け入れるしかないのだ。ある意味、痴漢にとっては自業自得といえるだろう。さらに、元の自分に戻るには、翌日以降に再度『自分』に痴漢を仕掛けられるしかないのだ。
しかし、この体験を味わった者の中のごく一部には、その倒錯した行為に痴漢以上の快楽を覚える者がいた。かくいう自分もその一人だ。
だがその快楽は、最初から女が痴漢行為を待ち望んでいるようでは半減してしまう。されたくないのに、されるがままにされるしかない。そしてそのうち、女の快感に呑まれていく。その屈辱的な流れがたまらないというのに、最初から痴漢ウエルカムな女では、その記憶に精神が引きずられて、屈辱という前戯を満足に味わうことができない。さらに言えば、そうした女は肉体的にもオトコを求める欲求が非常に高いときている。これが下着もあえて着けないような女となると……
「…………アン♪」
案の定、再開された『元の私』の勝手知ったる的確な指の動作、それだけで真性の淫女である『私』の心は前戯を飛び越え、一瞬でピンク色に染め上げられるのだった。
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