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ある催眠術師の証言
作:高居空


  おや、どなたですか? 今はまだ開店準備中なのですが。
  ああ、警察の方でしたか。そういうことならこちらへ。話をするだけなら署に出向かなくても構わないのでしょう?
  ええ、あなたがここに来られた理由は大体察しがついています。私の耳にも情報は入ってきますからね。特に、私の店の利用者となればなおさらです。
  あなたが聞きたいのは、最近頻発している自殺者に関する話ですね。ここ数週間の自殺者のうち、5名がこの店を利用していたとなれば、警察が聞き込みにこられるのも当然でしょう。それとも、既に私のことを容疑者として疑っていますか。私が、利用者に向かって自殺を教唆していると。
  いえ、私の経歴を調べられたのであれば、疑われるのも当然でしょう。確かに、私は相手の心の内にある自殺願望を膨らませることもできる。それも相手がそうされたと意識することのないうちに、ね。私の専門は催眠術。相手の心に働きかけることを生業とする者ですから。
  ですが、その点については明確に否定させていただきます。私は彼らに自殺を教唆するようなことは一切行っておりません。
  証拠ですか? それはありません。ですが、気になるのなら、私の店の他の利用者を調べて頂いても構いませんよ。
  ええ、分かりました。それではお話ししましょう。この場で私が彼らにどのような催眠をかけていたのかを。
  ですが、それにはまず、この店がどのような店なのかを知って頂く必要があります。
  あなたは、今、漫画やアニメで異世界転生物というジャンルが流行っているのをご存じですか?
  簡単に説明しますと、異世界転生物というのは、主人公が物語冒頭で不慮の事故等で死亡し、別世界に転生するといった内容のジャンルです。
  そしていかにも物語だなと思うのが、主人公は転生したにもかかわらず、転生前と同じ姿か、もしくは転生前より美形の若者の姿になるのが多いということです。赤ん坊から始まるわけではないのですね。さらに言えば、主人公は転生後の世界では規格外の能力を有していることが多く、大抵のことはそれで切り抜けられるようになっています。境遇は物語により様々ですが、大体その規格外の能力でどうにかなるため、本格的な窮地に立たされることはそうはありません。異性からは大体好意を持たれ、同性は敵もいますが信頼できる仲間もいる。大体そのような設定で、主人公が自由気ままに生きていく、そのような話だと考えていただければ。
  荒唐無稽な話だ、といった顔ですね。ええ、私もそう思います。ですが、そうした都合の良い妄想的な話が支持されているのも紛れもない事実。巷では今、何となく閉塞感を感じる、生きづらさを感じるといった人が多いと聞きますが、そうした人達に受けているのかもしれませんね。
  そしてそこに、私は目を付けました。異世界転生物を支持する層の一部には、実際に心の奥底に転生願望を持った人間がいるのではと考えたのです。
  私はネットで異世界転生を疑似体験したいという人間を募り、催眠術を用いて相手の無意識下の転生願望を刺激、増幅して、自分が理想の世界に転生したかのような幻想を見せる商売を始めました。それが一部で話題を呼び、こうして店舗を持つまでに至ったというわけです。
  ええ、あなたの懸念はもっともです。理想の転生世界を疑似体験した者が、「現実」よりも「そちら」を選んでしまう。その危険性は私も承知しています。
  ですので、この店の利用者にはまず、私から「この店で見る物は自分の無意識下の転生願望が形となったものであり、来世のビジョンでは決してないこと」を説明し、そのうえで了承した旨の署名をいただいた方のみ、催眠をかけさせていただいています。
  ええ、こちらが署名頂いた書類を保管したファイルになります。どうぞ。
  ご納得頂けましたか。それにもう一つ、私が実際に催眠術をかける際、保険として一手間加えているものがあります。
  先ほど、利用者には、私の催眠術が見せるのは利用者の無意識下の転生願望を形にしたものだと説明していると話しましたが、実は一つだけ、私が意図的に術で働きかけているものがあります。それは、転生後の利用者自身の姿です。
  私は、利用者の転生後の姿が必ず異性になるように催眠をかけています。どんなに自分に都合の良い世界であっても、自身が本来の自分とはまったく異なる異性の姿で、さらに元同性から性的な目を向けられるとなれば、そちらの世界を望む方はまずいないでしょう。あなたもそう思いませんか?



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