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食べ放題
作:高居空


  いやあ、外の陽気もすっかり秋めいてまいりましたねえ。秋と言えば芸術の秋、スポーツの秋とまあ、何をするのにも良い季節とばかりに様々な呼び名がございますが、忘れてはならないのが食欲の秋。これはもう、秋の味覚と言われているような食材はもちろんのこと、その他のどんな物を食べても美味しいと感じられるような季節でございます。
  とまあ、このようにテレビなんかでは盛んに言ってはおりますが、現実にはどんな高級食材を使ったとしても作り手の腕がいまいちの場合は味も残念な事になってしまうのは周知の事実。季節が秋になったからといってこれが急に美味しく感じられるなんて事はございません。「母ちゃん、今朝の黄身がコチコチに固まって白身の焦げた目玉焼き、秋になったからかいつもの3倍おいしいよ!」とはならない訳であります。
  やはり食欲の秋を堪能するためには、まあ少々お金はかかりますが、評判の良い飲食店へと足を運ぶのが一番でございます。ただまあ、昨今の外食産業界は経済不況下でのサバイバル状態。飲食業だからというわけではございませんが文字通り弱肉強食の世界であります。それを経営するオーナーの皆様にも色々と悩みがおありのようで……

「5番オーダー入りましたー! カルビ、タン塩、野菜盛り合わせをそれぞれ5皿ー!」
「はいよー! いやあオーナー、今夜もご覧の通りテーブルは満席、しかもひっきりなしに注文が入ってますよ! 繁盛繁盛!!」
「う〜ん……」
「おや、どうしたんすかオーナー、なんだか浮かない顔をして? こんなにお客さんが入ってるんすから、オーナーも焼き肉屋の経営者らしくもっとその脂ぎったテカテカした顔にニクニクしい笑みを浮かべたっていいじゃないっすか」
「……それは気の利いたジョークでも言っているつもりなのかい店長? まったく、君は料理の腕や食材を見る目は一級品だが、相変わらず口の方は品がないねえ」
「いやあ、ブラックジョークっていうのは海外からの輸入品ですからねえ。国産と比べたらどうしても品が落ちるのは仕方のないところで」
「そうやってトンチが働かせられるんだったら、もっと最初から色々と上手い事が言えるだろうに……。まあいい。今私が悩んでいるのはね、ここのところ少し客から注文が入りすぎてるってことだよ」
「って、何を言ってるんすかオーナー! 注文がドカドカ入るっていうのは、お客さんがウチの料理を気に入ってるっていう証拠じゃないっすか。それを注文が入りすぎるだなんて、そんな事言ってちゃいつかバチが当たりますよ」
「それはそうだがねえ。ほら、ウチはこの前のリニューアルで食べ放題がメインの店に変えただろう? これがリニューアル前だったら注文が入れば入るほどウハウハだったんだが、今は時間制の定額食べ放題。注文されればされるほど、こちらの儲けはどんどん少なくなっていくってわけだ。客が入らないっていうのはもちろん困るが、これはこれで厳しいんだよねえ。それに客席も確かに埋まっちゃあいるが、食べ放題目当てで来た客は制限時間が来るまでは必ず席に居座るからねえ。客の回転率も悪くなって、正直リニューアル前に想定していたほど利益が出ていないんだよ」
「へえ、それじゃあいっそのこと食べ放題コースのお代をちょっとだけ値上げするっていうのはどうですか? それとか、人気メニューや高級肉は食べ放題コースの対象外にするとか」
「そいつはダメだ。いいかい、お客さんはね、こちらがサービスすると最初の1回は喜ぶもんだが、大半は次に来たときにはそのサービスが当然の物だと思うようになってしまっているんだよ。そうした客はこちらがサービスを止めたり見直したりしたとたんに一気に店から離れてしまう。それに、一度こういうサービスを始めると周りの店もそれに合わせるようにして同じようなサービスを始めるからねえ。いくら厳しくても先に手を引いた方が他の店に客を奪われるのは目に見えてるから、止めるに止められないのさ」
「ああ、そいつぁ分かりますよ。他の飲食業なんかでも、期間限定でメイン商品の値段を下げたらライバル業者が完全値下げで対抗してきたもんだから止めるに止められなくなって結局完全値下げ。そしたらライバルはさらに値下げで対抗してきて、こちらもやむなく値下げ……てよくやってますもんね。まったく、お前らその商品の本当の原価はいくらでこれまでどれだけぼったくってたんだか言ってみろって!」
「って、私にそんな真剣な表情で詰め寄られても困るんだがねえ……。ともかくだ。客の回転は仕方がないとしても、客に出す料理に係る経費をなんとか抑えられるようにしないと、ウチはこれからドンドン厳しくなっていくのは目に見えているんだよ。ひょっとしたら、君たちスタッフの内の何人かにも辞めてもらわなくてはならなくなるかもしれない」
「はあ、そこまで厳しいっていうんじゃ何か考えなくちゃあならないっすね。あっ、ただ言っときますけど、経費を抑えるとしても今出してる肉や料理のランクを落とすっていうのはダメですからね。いくらオーナーの命令だとしても、こっちにもお客さんに良い物を食べて喜んで貰いたいっていう料理人の意地と誇りってモンがありますから」
「ああ、分かっている。君ならばそう言うだろうと思っていたから、今回は別の方法を試してみる事にしたんだよ」
「別の方法?」
「ああ、そうだ。別にコース自体の内容は変えなくても、客が注文する料理の量が減りさえすればその分食べ放題の利益は上がるわけだ。だったら、客がそんなに料理を注文できなくすればいい。もちろん、客には十分な満腹感と満足感を味わってもらった上でね」
「って、そんなのどうするっていうんっすか? 今だって満腹にならないから注文がわんさか入っているわけだし、それを量を減らしてお腹一杯にさせるって……ああ、分かった。お客さんに水の代わりにバリウムを出してお腹を膨らませようってんでしょ? ゲップをしたらもう一杯って事で」
「何をバカな事を言ってるんだね。そんな事をしたらウチは翌日から営業停止だよ。まったくほら、これが今回試そうとしているものだよ」
「うん? なんすか、この一昔前の漫画に出てくる自爆スイッチみたいなあからさまに怪しいボタンは? ま、まさか、押したとたんに店がドカンとなってこれ以上料理は出せません、とかっていうオチじゃないでしょうね」
「そんな事ある訳ないだろう。まったく、昔のコントじゃあるまいし。このボタンはね、開店前にあの3番テーブルの中に仕込んでおいた、ある装置を起動させるためのスイッチなんだよ」
「3番テーブルっていうと……ああ、あの40歳前後のサラリーマン風のスーツを着たお客さん達が座っている席っすね。そういや今日のあそこは予約席で、確か川本さんって人が予約者だったでしたかねえ? まあ、おそらくは会社の同期あたりの飲み会ってことなんでしょうけど、どうにも同年代の野郎ばかりで正直全く華のない席っすねえ」
「ああ、そうだねえ。だが、私がこれからやろうとしている実験にはあのような席の方が都合が良いんだよ。これならば装置の性能も含めた全ての面でテストをする事ができる」
「って、その装置っていうのはいったい何なんすか?」
「ああ、この装置はね、私が昔学生時代にバイトでお世話になっていたある会社に頼んで特別に譲ってもらった、存在変換装置という機械なんだ」
「存在変換装置? なんっすかそれ?」
「文字通りの装置さ。この装置を起動すると、装置の影響範囲内にいる人間は全て私が事前に装置に入力した姿をした人間へとその存在を変化させるんだ。分かりやすくいうと、対象を自分が望む姿へと変身させた上に、その存在、要は過去や現在の人間関係などその人物を構成するものの全てを姿に見合った形へと変化させるといった感じかな。まあ、実際のところは“変身後この場所にいることが相応しくない人間”には変身させられないという制約があるから、どんな姿にも変身させられるって訳ではないんだが」
「…………オーナー、ちょっとここのところお疲れなんじゃないっすか? ビジネスも確かに大事っすけど、たまにはゆっくりと気持ちを休めるのも必要っすよ。どうっすか、これから白い服を着た個性的な従業員がウリの大型宿泊施設に行って、健康的な食事を採りながら清潔な白いベッドに横になってゆっくりするっていうのは?」
「おお、そうかい……って、そりゃあ病院の事を言っているのかい? おいおい悪いが私はいたって正常だよ」
「いやあ、SFなんかだと思考回路が壊れたコンピュータは大抵“自分は正常に稼働中”とかって言うんすよね」
「だから私は正気だと言っているだろう、まったく……。まあ、君が信じられないのも無理もないが、私が昔バイトをしていた会社はこうした存在を変化させる装置を長年に渡って研究している企業なんだ。様々な理由から表だって成果は発表されてはいないがね。ともかく、これから起こる事を見れば、君も私の言っている事を信じざるを得ないはずだ。っと、ちなみに付け加えておくと、これから起こる変化はこの装置のスイッチの周囲にいる者しかそれを知る事ができなくなっている。他の者は変化した当人も含めて“元から変化後の姿をした人間がそこにいた”としか認識できなくなってしまっているからね」
「へえ、そうなんすか。じゃ、さっそくやってみせて下さい」
「……何だか私の言う事を全く信用してなさそうな口調だが……まあいい、よく見ておきたまえ。いくぞ…………ポチッとな」
「っと、こりゃまた時代がかったボタンの押し方っすねえ……って、えっ、ええっ!? おっ、オーナー、ほ、ホントにあ、あそこのテーブルの周りに座ってた人達の姿が、かっ、変わってってる!? 高かった背がどんどんと小さくなって、肩幅まで狭くなった上になで肩になって……。髪はドンドン伸びてくし、スーツもなんだか形が変わって……ってあれって女物じゃないっすか!? うわあ、よく見たら胸もあんなに張り出しちゃってるし、逆に腰はキュッってくびれちゃって、タイトスカートから伸びる足もむっちりと柔らかそうで……。あらら、中にはスタイリッシュな眼鏡なんかをかけちゃってるのもいるよ。いやあ、何かみんなやけに若々しくなっちゃって、こりゃあ見るからに才色兼備のキャリアウーマンって感じだねえ。まあ、実際にはみんな男なわけだけど」
「いいや店長、さっきも言っただろう? この装置は対象の人間をあらかじめ設定された姿へとその存在から変化させると。私が装置に設定したのは性的な魅力に溢れた若い女性の姿。それを受けて装置があそこに座っていたサラリーマンを文字通りうら若い華やかなOLへと変化させたのだよ。つまり、今あそこにいるのは生物学的にもその他の面でも女性以外の何者でもないということだ」
「はあ〜、そいつぁ凄い。しかしオーナー、そもそもなんであそこのお客さん達をOLなんかにする必要があったんすか? まさかその方が接客する側も楽しいからってこたぁないんでしょうが」
「何だ、分からんのかね? いいかい、女性っていうのは総じて男性と比べると胃袋が小さいと相場が決まっているだろう? つまり、ここに来る客をみんな女性にしてしまえば、客は今よりも少ない量で満腹になってくれるわけだ。そうなれば別にサービスの質を下げなくても自然とこちらが提供する料理の量を減らす事ができるだろう? それに、自分の体型を気にするようなあの年代の女性なら、その小さい腹が満腹になる前に自分で食事の量をセーブするものだ。その分こっちはさらに儲かるって寸法だよ」
「へえ〜。しかしオーナー、悪いっすがそいつぁ正直あんまりうまくいくとは思えないっすがねえ?」
「うん? そいつはどういうことだい?」
「そいつぁ……っとと、言ってるそばからさっそくあそこのテーブルから注文が入ったみたいっすよ」
「3番テーブルオーダー入りましたー! カルビ10皿追加でーす!」
「何!? あそこの席の客は今やみんな華のOLなんだぞ! それなのになんでそんなバカみたいな量を注文するんだ!?」
「はあ、やっぱり思った通りっすか……。オーナー、さっきその装置を説明しているときに自分で言ってましたよね、“この装置は変身後この場所にいることが相応しくない人間には変身させる事ができない”って。それってこの店に当てはめると、どんな姿に変身させるにせよ、“食べ放題が目当てでこの店に来た客”っていう部分は変える事はできないってことになるんじゃあないっすか? で、根本的な事なんっすが、これだけ街中に飲食店が溢れている中、あえて食べ放題が目当てで来るような客が、果たして量を食べないなんってことがありえますかねえ?」
「それは……」
「こいつぁ例えお客さんが美人のOLだったとしても当てはまる事でしょう。いや、むしろ普段は体のためにと食事を制限してるような女性ほど、こうした店に入った時は“自分へのご褒美”とばかりにリミッター解除して食べまくるもんだと思いますがねえ」
「3番追加オーダー入りましたー! 上カルビ5皿ー!」
「ほ〜ら、また来た。あぁあぁ、あんな美女の集団がなりふり構わずガツガツガツガツ、肉ばっかりをまあ、見ていて気持ちが良いくらいの食べっぷり! いやあ、あれぞまさしく“肉食女子”だ」



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