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そういう世界
作:高居空


“中二病キター!”
  ディスプレイに悪意溢れる文字が躍る。
  続けて表示される侮蔑、嘲笑コメントの数々。
  僕はそれを一人、深夜明かりを落とした自室で眺めていた。



  今画面上で起こっている事のそもそものきっかけは、僕がネット上に書きこんだコメントにあった。
  とあるゲームを凄く面白いと書きこんだ、そんな僕に対するネット住民からのリアクション。それが、今ディスプレイを埋め尽くしているネガティブコメントの山なのである。
  だが、その反応はある意味予想された事でもあった。
  僕が書き込みをしたのは、何を書いてもほとんどネガティブなリアクションしか返ってこない事で知られている場所。さらに、僕が面白いと書き込みしたゲームは、その場所で発売前から叩きの対象として槍玉にあげられていたタイトルなのだ。
“登場キャラ、その全てを攻略セヨ”というキャッチコピーのついたそのゲームは、こことは別の世界を舞台にしたいわゆる美少女ゲームで、その謳い文句の通り、ゲーム内に登場するキャラクターの全てが“攻略対象”となっている。
  発売前、ゲーム雑誌の記事などでその内容が明らかにされると、ネットの住民達はさっそくその点について噛みついた。“これだけ数いりゃユーザーの好みにあう奴一人はいるだろというメーカーの意図丸出し”だとか、“大人数アイドル商法のエロゲ版”など、まだ発売もされていないのに数多くのネガティブコメントが飛び交ったのだ。そして実際にソフトが発売されると、今度はそのゲームの世界観に対して批判が集中するようになる。

“こんな妄想ゲー面白いって言ってる時点で人間失格”
“そもそも登場するのが主人公以外全員美少女って、作った奴含めてどんだけ中二病なんだよw”
“まあ、二次元スキーで時間持て余してる妄想ニートにはもってこいのゲームだけどな”
“というか、舞台からしてありえねー”
“絶海の孤島に建てられた全寮制学園(爆)”
“しかも島内の男は主人公のみ、他は全員女子学生(汗)”

  僕の目の前の画面には、発売当初から言われ続けているネガティブコメントが次々とアップされていく。
  ネット界の住民達が揶揄しているとおり、そのゲームの世界設定は、僕達の世界の常識からすると、とてつもなく現実離れしたものとなっていた。
  説明書に書かれた世界設定によると、ゲームの舞台となるのは通称『学生の島』と呼ばれる孤島。主人公達が通う学園は本土から遠く離れたその島に建てられ、“学生の自主性を育てることを極限まで追求する”という校訓に従い、島での生活の全てが学生自身の手で営まれていた。寮や学食、購買等も、全て学生の有志か当番制によって運営され、授業や医療関係といった本来『大人』が必要な部分は高性能AIロボットが代行している。このことにより、その島は文字通り“学生しか存在しない”特殊空間となっているのだ。
  ……と、正直これだけでもかなりぶっ飛んだ設定なのだが、その学園に通う学生のうち、なぜ男性が主人公しかいないのか、なぜ登場する女子学生が美少女ばかりなのかという説明はゲーム内も含めてどこにも出てこない。いや、美少女ゲームで、登場するキャラクター全てが“攻略対象”ということは、つまりそういうことなんだというのはちょっと考えれば誰でも分かる事なのだが、こと相手を非難中傷して対象を貶める事に全精力を注ぎ込んでいるようなネガティブコメンテイター達からしてみれば、こうしたいくらでも悪意的な解釈が可能な“お約束”的な説明の省略は絶好の攻撃対象となるのである。
  だが、僕はそもそもそういった舞台設定について色々チャチャをを入れるのは、そのこと自体がナンセンスな物だと思っている。それがこの世界を舞台としたノンフィクションだというのなら批判もやむ無しだろう。だが……

“別におかしくなんかないよ。だって、向こうの世界は『そういう世界』なんだから”

  僕が打ち込んだそのコメントに、さっそく反応し画面を埋めていく嘲笑レスの数々。
 だが、このネット民の迅速な反応もまた僕にとっては想定の範囲内。ここの住民だったら、こうしたコメントを書けばすぐにこういうレスを返してくるのはあらかじめ予想できていた。……というより、そうでないと困る。
 それら嘲笑レスが一旦落ち着つくタイミングを見計らい、僕は再びあらかじめ用意していたコメントを投下する。

“だったら、向こうの世界に行ってみる?”

  そのコメントに再び返ってくる嘲笑レスの山。

“なら連れて行ってもらおうかw”
“俺も俺も(^^)/”

  …………かかった。
  そのレスの中に待ち望んでいたコメントを見つけた僕は、一旦画面から目を離すと椅子から立ち上がり指をパチンと鳴らす。その音に反応し、床から立ち上ってくる紫色の光。幾何学模様を描いていくその光の中で、再び椅子へと腰掛けた僕は、画面に向かって“最後のコメント”を打ち込んだ。

“じゃあ、契約成立ということで”

  エンターキーを押すと同時に部屋の中を照らしていた紫の輝きは消え、室内照明が思い出したかのように独りでに点灯する。
  見慣れたいつもの白い明かりの下、僕は書きこんだコメントに対する反応を見ることなくネットとの接続を終了すると、続けてデスクトップに貼り付けたアイコンの一つをクリックした。
  軽やかなテンポの曲と共にプログラムが立ち上がり、ディスプレイにカラフルな画面が表示される。それは、僕が先程ネットに面白いと書きこんだ美少女ゲームだった。
  表示されたタイトルメニューの中から『最初から』を選択する僕。その動作に反応し、画面上ではゲームの導入パート、いわゆるプロローグが始まっていた。午前中授業を居眠りしていた主人公が、昼休みのチャイムと共に目を覚まし、寝ぼけ眼で教室内を見渡すという冒頭のシーン。だが、今回のその場面には、これまで見てきたそれとは明らかに異なる部分が存在していた。
  このシーン、ゲーム画面のカメラアングルは主人公の視線に合わせるように教室内を左右に見渡すような形となっている。おそらく、この演出はプレイヤーに攻略のメインターゲットであるクラスメイトのビジュアルを確認させる意味合いもあるのだろう。既に全キャラクリアを達成している僕にとっては見飽きたともいえる画面。だが、今回のそれには、見慣れたいつものクラスメイト達に混じって、これまでのプレイの中で一度も見た事のない新たなキャラクター達が何人か映りこんでいたのだ。長髪だったりショートだったり、三つ編みだったりメガネだったりとその容姿は様々だが、いずれもかなりの美少女。が、その少女達は皆一様にパニクった様子で、ギャグ漫画のように額から汗を飛ばしながら自分の胸や股間をまさぐっている。
  彼女達のそのリアクションに思わず吹き出してしまう僕。
  彼女達がこのような行動をとるだろうことは予想はできていたが、実際に見たその様は想像していた以上の滑稽さだった。まあ、おそらくキャラクター達がみんなアニメ絵調で描かれてる事も関係してるんだろうが。
  オートメッセージ機能で自動的に進行していくシナリオの中、画面端で未だにあわあわしている彼女達の姿に僕はニヤニヤを止めることができない。
  彼女達があれほどパニクっている理由は容易に想像がつく。彼女達は元々ここの生徒ではない。それどころか、彼女達のほとんどはついさっきまで“男”だったはずなのだ。

  ……ここで少し話は横道に逸れるが、ネットの住民に限らず、映画や漫画、ゲームなどといった創作物には、“そんなのは現実にはありえない”といった論調でその作品世界を否定しようとする輩が付き物だ。だが、そもそもそうした人達が根拠としている『現実』とは一体何なのか? 社会常識? 覆せない絶対的物理法則? まあ、おそらくはそんな所だろう。
  が、その『現実』を漫画やゲームの世界にそのまま当てはめようとするのはまったくもってナンセンスだ。理由は簡単。漫画やゲームの世界は、僕達がいる世界とは全く別の世界だからである。この世界にこの世界の『現実』があるように、他の世界には他の世界の『現実』が存在する。そしてその『現実』は、同じ人類が存在する世界であっても必ずしも一致する物ではないのだ。
  例えば、そこそこ科学に詳しくて特撮の怪獣物が嫌いな人間の中に“巨大怪獣は現実には自分の体重で自壊するか動けない”みたいな主張をする者がいるが、実際に巨大怪獣が存在するような世界では、問題の怪獣達はみな平気な顔をして大地を闊歩している。なぜか。答えは簡単だ。怪獣の存在する世界には、怪獣が自分の体重で自壊しないような、その世界でのみ通用する僕らの世界とはまったく異なる法則が存在しているのである。そして、その世界に住む人間にとっては、その法則こそがごく当たり前の『現実』なのだ。それを僕らの世界の『現実』では決してありえないという論調で否定するのがどれだけナンセンスかは言うまでもないだろう。そうした論調を用いる輩も実際にそちらの世界に行ってみれば、その世界にはその世界の『現実』が存在していること、そして、その世界にいる者は全てその『現実』に従っている事を認めざるをえないはずだ。
  ……ただ、その事を全ての人間に分かってもらうのは不可能だということも、僕は十分に理解していた。そもそも、僕のように一族が昔から世界を移動する術を研究していて、実際に他の世界に行った経験のある者ならともかく、普通の人にとっては、他の世界には他の世界の法則が存在するなんていう事はただの想像でしかない。そして、僕達の世界の常識では、そのような考えはそれこそ口に出しただけで“中二病”扱いされて当然な“妄想”にすぎないのだから。

  閑話休題。ここで再びゲームへと話を戻すと、目の前のゲーム画面の中に新たに追加されたキャラクター達、実は彼女達は僕がゲームの舞台である“向こうの世界”へと送り込んだ“こちらの世界”の人間だった。先程ネット上で発した僕のコメントに対してだったら向こうの世界に連れて行ってもらおうか%凾ニレスを返してきた者達、それが今画面の向こうであわあわしているあの少女達なのだ。
  僕はある目的のために向こうの世界……ゲームの世界へとこちら側の人間を送り込む必要があった。が、そのために用いる僕の家に伝わる世界移動の術には一つの欠点が存在していた。僕が使う術で自分以外の者を他の世界へと送りこむには、その事に対する対象者の同意が必要なのである。
  だから、僕は先程ネットに“あえて”ああいう書き込みをしたのだ。僕のその書き込みに反応し、文面はともかく世界移動に賛同の意を書きこんだ時点で、書き込みを行った者は僕の提案した世界移動の提案に同意し契約を交わしたことになる。そして僕はその契約に従い契約者を向こうの世界へと送り込んだ。……別に非難されることじゃないだろう。“彼女達”は誰に強制された訳でもなく、自分の意志でそういう書き込みをしたのだから。その書き込みが現実となり、さらにその後向こうで何があったとしても、それは自業自得って奴である。
  向こうの世界へと渡った者が、元はどんな姿で、どんな生活をしていたのかは僕は知らない。別に知るつもりもない。言えるのは、向こうの世界には向こうの世界の『現実』があり、その世界に生きる者は、誰もがその影響下にあるということだ。
  向こうの世界のあの場所にいる人間は、主人公以外に男性は存在せず、他の者は全員が美少女で、島内にある学園へと通う学生ということになっている。それが向こうの世界の『現実』だ。そして、向こうの世界へと渡った者達も、その世界にいる以上、その世界の『現実』からは逃れられない。つまり、元の姿や年齢がどのような者であったとしても、向こうの世界のあの場所では誰もが“学生の美少女”としてしか存在することができないのだ。
  僕はそんな“彼女達”の様子を眺めながらゲームを進めていく。
  向こうの世界のあの場所には“主人公以外全員が学生の美少女”という以外にも、ある意味あの世界の根幹をなしているともいえる抗うことのできない絶対的な『現実』が存在している。そう、“主人公は登場キャラクターの全てを攻略することが可能”という『現実』だ。
  当然、あの場所にいる“彼女達”も、そこにいる以上、このゲームの立派な『攻略対象』である。例え男性にに対して嫌悪感を抱いていそうな元男の性転換美少女であったとしても、主人公ならば必ず攻略できるはずだ……というよりも、そもそもそのために、僕は“彼女達”を向こうの世界へとを送り込んだのだ。
  先程僕がネットに書き込みした“このゲームが面白い”という感想、それはこちらの人間を向こうの世界へと送り込むための罠でもあるが、同時に僕の本心でもある。既にこのゲーム内に登場するキャラクターについては全キャラ攻略済みだ。そして、全キャラクリアを達成したが故の問題に僕は今直面していた。
  こうした美少女ゲームではよくある事だが、いくら面白いゲームだからといって、一度クリアしたシナリオをもう一回最初からやるかといえば、なかなかそう言う気分にはなれないものだ。つまり、全キャラクリアを達成した段階で、そのゲームに対するオチべーションというものは大幅に下がってしまうのだ。
  だが、僕は達成感を感じる一方でまだまだこのゲームで遊びたいという気持ちを持ち続けていた。だから僕はこのゲームに“新たなキャラクター”を“追加”することにしたのである。キャラクターが追加されれば、そのキャラクターのシナリオもまた新たにゲームへと追加される。そうすれば、僕が大好きなこのゲームもまだまだ遊ぶことができるというわけだ。
  懸念材料としては、新キャラクター達は元が“アレ”なだけに、攻略はこれまでのキャラクターとは違って一筋縄ではいかないだろうというところだが……だからこそオトシがいがあるとも言える。
  主人公にメロメロにされる新たなヒロイン達の姿を想像しながら、僕は新たなストーリーへの第一歩を踏み出すのだった。



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