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四月の嘘
作:高居空


「なあ、今日って何の日か知ってるか?」
「はあ? エイプリルフールだろ? 4月1日だし。それとも他に何かあるのか?」
  カラオケルームに入るやいなや前置きも無しに問いかけた俺に対し、「いきなり何言ってんだ」というような顔をするダチ。
  4月1日といえば世は春休み。俺は普段からつるんでいるダチの一人を連れ出しカラオケ店へとやってきていた。こいつがカラオケ好きなのはこれまでのつきあいでよく分かっている。案の定、俺が誘うとこいつは嬉々としてこのカラオケルームへとやってきたのだった。
  今、カラオケルームの中にいるのは俺とこいつの二人だけ。当然ながら扉は閉まっており、外からは中の様子を窺うことはできない。
「いや、お前が今日はエイプリルフールだってことを分かってくれてりゃ良いんだよ。そう、今日が『嘘をつく日』だっていうことをお前が知っててくれりゃあな」
「?」
  俺のその言葉に何か引っかかるものでもあったのか、きょとんとした表情を浮かべるダチ。
  そんなダチに余計な事を思いつかれる前に、俺は言葉を畳みかける。
「そこでだ。実は俺、お前がみんなに秘密にしていることのいくつかを本当は知ってるんだよ」
「は?」
  俺の話に付いていけないのか、口から間の抜けた声を発するダチ。まあ、そりゃそうだろう。こうして話している俺自身、なんでエイプリルフールの話が急にこんな話に飛ぶのかなんて説明しろったってできないのだから。が、俺がこいつを呼び出した真の目的のためには、絶対に話をこの内容へと持ってこなくちゃならない。
  俺はダチの前で思わせぶりにふうと息を一つ吐くと、奴の目を見据えながら告げる。
「そう、俺は知ってるんだよ…………。実はお前が、本当は『男』なんだってことをな!」
「…………おい、お前一体さっきから何なんだよ? もしかして、何か変なクスリでもやってるんじゃないだろうな?」
  さすがにダチも俺の事をおかしいと思ったのか、何だか気色悪い物でも見るような視線を送ってくる。
  が、俺はそんなダチの視線を真っ向から受け止めた。こいつがこんな態度をとるだろうことは前から予想がついている。そんな事を気にするよりも重要なことが今の俺にはあるのだ。
  …………なんか全然変わってないな。ま、見た目だけじゃどっちか分からないような奴なんてよく考えりゃ結構いるからなあ。
  ダチの顔を正面に見据えながら期待はずれな結果に内心肩をすくめた俺は、あらかじめ用意していた次の言葉を口にする。
「それにもう一つ、お前のその声、実は裏声でホントは可愛いアニメのヒロインみたいな声だって聞いてるけど、本当は『その声が地声』なんだろ?」
「だから何を言ってんだって……?」
  と、そこまで言ったところで、はっと口を手で覆うダチ。
  よし、今度はうまくいったな。今の声、確かに『アニメのヒロインみたいな可愛い女の声』だった。それじゃあ次は……
「本当はお前、『身長が150センチ以上ある』んだ」
「実はお前、本当は『学校の美少女ランキングで5本の指には入っていない』んだ」
「お前は本当は『友達の前では女言葉は使わない』んだ」
「う、ああ……お……わたしが、変わって……変わっていっちゃうぅ……」
  俺が言葉を発するたびに、段々と姿と雰囲気が変わっていくダチ。背が縮み、顔は童顔気味な可愛らしい女顔となり、服もその姿にぴったりな色とサイズに変化する。
  今俺の目の前にいるダチは、身長150センチに満たない小動物のような可愛らしい美少女になっていた。
  ふむ、まあまあだな。
  そんな変わり果てたダチの姿を冷静に吟味する俺。
  うん、悪くはない。悪くはないが……正直、これじゃまだ俺好みのレベルまでは達してないな。まずはずいぶん貧相なあそこだ。ま、身長から考えればこのくらいが普通なんかもしれないが……
  目の前のダチを『修正』すべく、俺は再び口を開く。
「もう一つ。実はお前は、本当は『ブラのサイズはGカップよりも小さい』んだ」
「え、あ、やあ……!?」
  そう口にするやいなや、顔を赤らめたダチの胸がぐぐっと盛り上がり、服の上からでもはっきりとその大きさが判別できるぐらいにまで成長する。
  さて、これでこちらは良いとして、次は……
「さらにもう一つ、お前は本当は『男の前じゃスカートは履かない』んだ。『マイクロミニなんて論外』だ」
  その声とともに、ダチの履いていたズボンが溶けるように一本の筒になると、すすっとせり上がって襞付きのミニスカートへと姿を変える。その裾の丈は下に履いている物が見えるか見えないかぐらいのギリギリのラインとなっていた。それとともに露わになった白く柔らかそうな太ももには、男のようなむだ毛は一本たりとも生えてはいない。
  よし、これで良い。
  目の前のダチは、まさに俺好みのロリ巨乳なミニスカ美少女へと変貌していた。
  なぜダチがこのようなことになったのか。
  それはひとえに今日がエイプリルフールだからに他ならない。今日は『嘘をつく日』。つまり、口にした言葉、特に『本当は』などという言葉で始まるような物の内容は、今日に限っては全てが『嘘』になってしまうのだ。なら、その言葉が嘘だというのなら現実は? ……つまりはそういうことだ。
「やだ、わたし、いったいどうなってるの……?」
  自分の体を見下ろしながら戸惑いの声を上げるダチに対し、最後の仕上げに入る俺。
「最後にもう一つ。実はお前、本当は『俺の彼女じゃない』んだ」
  その声に反応するようにぱっとこちらへと視線を向けたダチは、その頬を愛くるしくふくらませる。
「ひっど〜い! いくらエイプリルフールだからって、そんな『嘘』つかないでよ〜!」
  可愛らしく「もう」と言いながらぷりぷりと怒る『彼女』を前に、俺はにやけた笑みが顔に浮かぶのを抑えるのに必死になっていた……。





「とまあ、こんなことができるのが今日、『エイプリルフール』なんだ」
「へえ〜、そうなんだ〜!」
  俺の説明に目の前の幼稚園児が目を輝かせる。
  俺は今、自宅で留守番をしながら親戚から預かったガキのお守りをしていた。
  このガキは俺の従兄弟。お袋の年の離れた妹……つまりは叔母さんの子供だ。
  叔母さんが急遽海外で単身赴任をしている旦那の所まで行かなければならなくなり、まだ小さなこのガキを連れて行くわけにもいかず、近所に住んでいる俺の家へと預けていったのが数日前。今日は両親が所用で夜遅くまで帰ってこないため、俺がこうして春休みの貴重な時間を泣く泣く割いてお子様の相手をしてるってわけだ。
「今日って凄い日なんだね、お兄ちゃん! ぼく、びっくりしちゃった!」
  そんな俺の内心も知らずに、説明を真に受けて素直に驚きの言葉を口にするガキ。
  だが、言うまでもないことだが、俺が目の前の従兄弟に話した内容、それは思いっきり『嘘』である。そもそも、エイプリルフールは『嘘をついても許される日』であって、『嘘をつく日』じゃあない。
  ならばなぜ、俺は従兄弟に向かってそんな『嘘』をついたのか……それは今日が『エイプリルフール』だからってのもあるが、俺がガキをからかって楽しみたかったからに他ならない。
  しかしまあ、まさかまだ幼稚園児だとはいえ、このガキがこんなにも俺の説明を最初から最後まで真に受けるとは思いもよらなかったな。普通ガキでもこんな妄想垂れ流しみたいな話を全部鵜呑みにゃしないだろ。
  そういや、叔母さんも「この子は何でも簡単に信じ込んじゃう上に、実際に信じ込んだとおりに事を起こしちゃうから、変なことは絶対に教えないようにしてね」って言ってたっけ。ちょっとこいつ、少し頭のネジが緩いんじゃないか?
  そんなことを俺が考えているとも知らずに、当のガキは興奮で目をキラキラさせながら俺へと話しかけてくる。
「でもねでもね、ぼく、お兄ちゃんがお友達にやった事、それをもっと簡単にできる方法を思いついちゃった!」
  何? さっきの俺の話から一体何を考えついたんだこのガキは?
  一瞬何を考えているのか分からずに呆気にとられた俺に従兄弟は「お兄ちゃんちょっと待ってて!」と言い残して部屋を飛び出すと、数分後バタバタと足音を立てながら戻ってくる。
「ねえねえお兄ちゃん、この本見て!」
  そう言って従兄弟が俺に見せてきたのは、俺がとある処に隠しておいたグラビア雑誌だった。
  おい、なんでお前がこの雑誌の在処を知ってるんだよ! ……まあ、実際にはこいつはグラビアアイドルのビキニ水着レベルぐらいまでの写真しか載っていない年齢制限なしの雑誌だし、そもそもこいつは本命の成人向けのお宝から目をそらさせるためのデコイとして、わざと探せばすぐ出てくるような処に隠しておいた奴だ。だから、見つかったっておかしくはないといえばないんだが……。
  とはいえ、幼稚園児のガキにさえあっさりと見つかってしまった事に内心少しだけ動揺した俺に対し、目の前のガキは本をぺらぺらとめくり、見開きでビキニ水着姿の巨乳美少女グラビアアイドルがピンで写っている写真が掲載されたページを開く。
  うん? この写真が何だっていうんだ?
  そう尋ねるよりも早く、ガキがニコニコしながら口を開く。
「はい、それじゃいっくね〜! 実はこの写真って、本当は『お兄ちゃんの事を撮った写真じゃない』んだよ!」
  実に楽しそうな従兄弟の声。その声が合図であったかのように、俺の胸がむくむくと膨らんでいく…………。



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