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リレー
作:高居空


『それでは、これより1年生のクラス対抗リレーを開始します』
  雲一つ無い秋空の下、グラウンドに放送部員の声が響く。
  第4走者が集まる中継地点で、俺は軽く体をほぐしながら第1走者がスタートラインへと移動していくのを眺めていた。
  リレーにおいて第4走者というのはアンカー、つまりは繋がれてきたバトンを手に仲間の思いを背負ってゴールを目指す最終走者である。体育祭で参加する競技を決める際、俺は真っ先にリレー走者に立候補し、そのまま第4走者の位置をもぎ取っていた。クラス対抗リレーといえば体育祭の中でも特に盛り上がる競技の一つ。そのアンカーともなればみんなの視線は釘付け、勝利すれば女の子達からキャーキャー言われること間違いなしだ。
  それにリレーは団体競技だってところも良い。ルックスには自信があるが運動能力的には正直普通の奴らに毛が生えたくらいの力しかない俺でも、他の3人の力が合わさればゴールテープを切ることは十分に可能だからだ。
  そう、このリレー、俺のチームの他のメンバーには非常に強力な面子が揃っていた。第1走者の世島は科学部に在籍しながらも体力測定ではドーピング疑惑が出るくらいに女子ではぶっちぎりの成績を残しているし……この学校ではクラス対抗リレーの第1走者は必ず女子が務める事になっている。なんでも、“第1走者は女子、その後は男子”というのが伝統として受け継がれているらしい……、第2走者の“ショタメガネ君”こと相島の奴も、小柄で見るからに100%文化系な出で立ちながらも、驚異のハイピッチ走法でそこらの運動部の奴らを遙かに上回るタイムを残している。そして、第3走者として控えているのが、1年生ながらも早くも陸上部短距離部門のエースと呼ばれている田中だ。この競技には陸上部員は各クラス一人までしかエントリーできないことになっている。となれば、選ばれた陸上部員の力量の差がレースに大きく影響してくるのはもはや自明の理だろう。このメンバーなら俺の所に来るまでにそう簡単には追いつけないくらいリードを広げてくれるはずだ。ただ……
  俺は首のストレッチをするふりをしながら、黙々と屈伸運動を行っている隣のクラスの大村へと視線を向ける。
  この大村にだけは気をつけないとな。田中には及ばないが、こいつもこの前の陸上部の地区大会で県大会に進めるだけのタイムを残していたはずだ。大量リードからマクられて逆転負けっていうのほど恥ずかしいもんはないからな……。かったるいが、どれだけリードがあったとしても全力で走らざるをえないか。
  そんな事を考えているうちにもコースの向こう側では着々と準備が進み、ライン上で第1走者の女子達が一斉にスタートの体勢に入る。
  数秒後、空に響き渡る一発の号砲。
  矢が放たれるかのように飛び出した第1走者の中で、まず真っ先に抜け出たのは予想通りといえば予想通り世島だった。同じ年とはまったく思えないくらいの桁違いのスピードで他の走者との差をグングン広げていく。そのままの勢いで走りきり赤く塗られたバトンを第2走者の相島へと手渡す世島。
  それを受けた相島も、一見ガキのように見える体格でどうしてそこまでスピードが出せるのかというくらいの凄まじい速さでトラックを駆け抜けていく。細い足を物凄い速さで回転させ、背中まで伸びた長い髪をたなびかせて走るその姿は、普段教室で“ロリメガネちゃん”とからかわれてるなどとはまったく想像できないくらいの気迫に満ちあふれていた。他の第2走者達を大きく引き離し、バトンは第3走者へと引き継がれる。
  勢いよく飛び出した田中は、前評判通りの圧倒的速さで後続との差をさらに広げていく。カモシカのような脚を高速で回転させながら大きな歩幅で大地を蹴り、ポニーテールを弾ませ疾走する様は、さすがに陸上部短距離部門の女子エースと呼ばれているだけのことはある。
  …………うん? ちょっと待て。何かおかしくないか? 確かこのリレー、女子は第1走者限定で、そのバトンを受け継いでいくのは男子の……
  と、そこまで考えたところで早くも田中が俺の所へと突っ込んでくる。
  ええい、んなこたどうでも良い。今一番重要なのは、このまま俺が1番でゴールして、みんなの視線を独り占めすること、ただそれだけだ!
  俺はバトンゾーン内で助走を始めながら手を後ろに伸ばし、田中からの受け渡しを待つ。
  パシッという音とともに、バトンが、そして第1走者から受け継がれてきた何かが俺へと引き継がれる。
  そのまま一気にスタートダッシュを決め加速しようとする俺。だが、スタート後すぐに感じ始めた想定外の違和感により、なかなかスピードに乗ることができない。
  原因はすぐに分かった。俺の胸にある二つの大きな肉の塊が、地面を蹴るたびに衝撃で暴れているのだ。
  えーい、このけしからん胸め! ルックス的にみんなの視線を集めるには必要不可欠なパーツの一つとはいえ、こう走るときに弾んだりするのはどうにかならんのか。ブラジャーをしてるってのにこんなに動いたんじゃたまったもんじゃない。まあ、今着けてるブラジャーがいつもと変わらないお色気重視タイプだっていうのもあんのかもしんないけど……って、ブラジャー?
  その単語に何かひっかかるものを感じた俺だったが、直後に感じた後ろから迫る気配のようなモノに下らない思考は一気に吹き飛ばされる。
  振り返ると、そこには隣のクラスの大村が、スタート時にはあれだけ差が開いていたにも関わらず、長い黒髪をなびかせながらすぐそばへと迫ってきていた。
  やばっ、大村やっぱ速い! くそっ、やっぱ速く走るのにはあのくらいスレンダーな胸じゃないとダメなのか? いや、しかし田中は俺ほどじゃないにしろ結構立派なモノを持ってたよな……って、今はそんなこと考えてる場合じゃない!
  俺は雑念を振り払い、とにかく体を前に進めることに集中する。ゴールテープはすぐ目の前。上体を突き出すようにしながら、俺はゴールへと飛び込んでいった……。



  走り終え、両膝に手をつき息を整える俺の周りにチームメイトが集まってくる。
「お疲れ、よく頑張ったね」
  スポーツタオルを首に掛け、労いの言葉をかけてくる田中。
「ホント、最後はどきどきしちゃった。遠くからじゃどっちが勝ったかまったく分かんなかったもん」
  普段通りの“ロリメガネちゃん”な雰囲気に戻った相島がそう言いながらトコトコと駆け寄ってくる。
「確かに際どかったわね。接戦も接戦、ほぼ横一列の同体だもの。で、勝因は?」
  嬉しい……というより、何故かは知らないけど面白いモノでも見たといった感じの表情を浮かべながら尋ねてくる世島に、俺は前屈みの姿勢のまま顔をあげ、ウインクしながら答えた。
「うん、最後の最後で明暗を分けたのは、やっぱりこのム・ネ・の・差・ね♪」
  そう、俺の胸が大村よりも遙かに大きかったお陰で、俺はほぼ同体でありながらも僅差であの娘よりも先にテープをこの胸で切る事ができたのだ。走ってるときにはジャマだと思ったけど、ホント、ここまで育った胸をホメてあげなきゃいけない。
  そんな俺の言葉に、遅れて集まってきたクラスメイト、特に男子達の視線が一斉に俺の胸へと集中する。
  おっと、ウチの男子には今のはちょっとばかり表現が刺激的すぎたかな。だけどまあ、その反応は想定のウチ。そのために今もワザと無警戒なフリをして前屈みの姿勢を取って胸を強調してるんだしな。ま、残念ながら体育着は生地がしっかりしてるから、襟元から胸の谷間が見えちゃうなんてことはないだろうけど、ね♪
  目論見通りみんなの視線を独り占めすることに成功した俺は、その快感に体が自然に高まっていくのを感じていた……。



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