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プリクラ
作:高居空


「ねえ君、この寒い中ずっとビラ配りなんて大変でしょ。少し休憩がてら俺と遊ばない?」
  日本でも有数の電気街として知られる街のメインストリートでチラシ配りをしていた私は、横からかけられた男の声にまたかと内心ため息をついた。
  私はこの街の一角にあるメイド喫茶で働くアルバイトだ。本来の仕事内容は当然メイド服を着込んでのウエイトレス業務なのだが、人が集まる休日にはこうして街頭で店のチラシを撒いたりするようなこともある。というのも、今この街のメイド喫茶はどうみても供給過多状態。どの店も生き残りの為に少しでも客を呼び込もうと必死なのだ。そのため、土日になるとこの街の大通りでは行く先々でメイド服を身に纏った女の子達が笑みを浮かべながら通行人にチラシを配るという、ある意味非現実的な光景が毎週のように現出するのである。
  ちなみに、今私が着ているメイド服は胸元を強調した少々お色気系のデザインになっている。同じ店で働くアルバイト達の中にはこの格好で街中に出ることを恥ずかしがる子もいるけど、私はそんなことはまったく気にしていない。大体、この服を着て仕事をしたいがためにアルバイトに応募したくせに、それで人前に立つことを恥ずかしがるなんてちゃんちゃらおかしな話だ。そんなのは厨房で永遠に皿洗いでもしてればいい……って、さすがにこれは言い過ぎか。
  だがまあ、そんな感じでメイド服で人前に出ることには全く抵抗のない私でも、苦手にしている物が一つだけある。人が一生懸命働いている所に鬱陶しくまとわりついてはこちらを口説いてくる男達……いわゆるナンパ師達だ。こいつらにネチネチとつきまとわれるのは精神的にかなり苦痛だし、しかたなく会話をするにしてもその間は肝心のチラシ配りができなくなってしまう。配布枚数のノルマを課せられている身にとってはこれは非常に痛い時間のロスだ。まあ、実際の所は少し会話に付き合いつつ適当にあしらってやれば脈無しと察して向こうに行ってくれるような輩がほとんどなのだが、中には本気で私に惚れてるんだか何なんだか、やたらに粘着質的にこちらにつきまとってくるような奴もいる。正直そうした連中とは関わりたくはないのだが……今回声をかけてきた男はどうやらその関わりたくないタイプに属する者のようだった。
  女の扱いに長けた生粋のナンパ師というよりこの街特有のマニアな気配を発するその男は、何度私が相手を怒らせないように婉曲的な表現で断りの言葉を発しても、その言葉の意味を理解できていないのか、それとも不退転の決意をもって事に当たっているということなのか、笑みを浮かべたまま一向に私の側から離れようとしない。正直かなりウザいのだが、この手のタイプはキレるととんでもない行動に出る場合があるため、うかつに刺激するわけにもいかない。とうとう根負けした私は心の中で小さく一つため息をつくと、彼に向かって職業柄身に付いている営業用スマイルを浮かべた。しかたない。断れないならあそこでちゃちゃっと片づけちゃおう……。
「それじゃちょっとだけ遊んじゃおうかな。でも、あんまりここを離れる訳にもいかないから、場所はあそこで良いですよね」
  そう言って私が指差したのは、通りの向かい側に立つ六階建てのアミューズメントセンターだった。





「それじゃあ、まずはこれで記念撮影をしましょう♪」
  アミューズメントセンターに入った私は、男を連れて娯楽用の簡易撮影機……通称プリクラの筐体が並ぶフロアに向かうと、目的の筐体の前で彼に話しかける。
「へえ、プリクラか。ずっと昔に何回か撮ったことがあるけど、最近のは分からないなあ」
  物珍しそうな顔をしながら筐体をしげしげと見つめる彼。まあ、それも仕方のないところだろう。最近大きなアミューズメントセンターでは、プリクラを使えるのは基本的に女性だけ、男性は女性同伴の時のみ使用可能といった制限を設けている所が増えてきているのだ。中には男性のフロア内への立入を禁止しているような場所さえある。というのも、このプリクラという筐体は、構造上ある行為に対して致命的な欠陥を持っているのだ。
  プリクラの筐体は基本的に衣料店の試着室のようにカメラ以外の三方向を上から垂れ下がる布で隠すというような形になっている。そして、当然の事ながら中に入った女の子の視線と意識は正面のカメラへと集中する。それを見計らって携……っと、これ以上の説明は私が同じような行為をやってると誤解されたら嫌なので省かせてもらうけど、要はそういう困ったチャンが一時期街中で横行していたため、店側では女の子を護るために様々な規制を行うようになったのだ。その結果、元々そのような物に興味の薄かった一般男性にとってはプリクラは更に縁遠い物になってしまっている。そのような人のほとんどは、未だにプリクラは顔写真を撮ってそれがシールとして出てくる物だと思っているに違いない。
「今のプリクラは全身写真を撮れたりとか携帯電話に写真のデータを送れたりとか色々できるんですよ。写真イメージなんかもだいぶ調整とかできますし」
「そうなんだ」
「論より証拠。実際にやってみれば分かりますよ♪」
  そう言って私はお目当ての筐体の撮影スペースに入るとさっそく操作を開始する。
「へえ、確かに撮影一つとっても色々と設定ができるんだな」
  そんな私と筐体の操作パネルを横から覗き込みながら感心したような声をあげる彼。
「そうなんですよ。その中でも特にお奨めなのがこのシークレットモード」
  そう言いながら私はパネルに表示されたメニューとはまったく関係ない画面の端っこの部分を指で軽くタッチする。次の瞬間、これまで表示されていたパネルのメニューが一斉に切り替わり、画面には“あなたも美人! 少女のための簡単補正モード”というタイトルとともに新たなメニューが浮かび上がった。
「なるほど、いわゆる裏モードってやつか」
「ええ。このモードで撮影条件を色々設定すると、表のモードで撮るのとはそれこそ桁違いに可愛い写真が撮れるんです。どうです、私の代わりに色々設定してみませんか?」
「へえ、面白そうだな」
  彼はそう言うとさっそく私と入れ替わるようにして画面の正面に立つ。
「なあ、このバストアップ補正っていうのは何なんだ?」
「ああ、それはバストアップの写真を撮るための補正ですね。今の設定は0になってると思いますけど、そこの数値を大きくすればするほどその分大きくなるって訳です」
「ふうん。それじゃ最初の一枚はアップの写真を撮りたいから数値をとにかく大きめに設定だな。で、その下のイメージ補正っていうのは?」
「それは雰囲気を決める補正ですね。今0になっている目盛りをプラスの方向に動かすとそれだけ派手に、マイナスの方向に動かすと落ち着いた雰囲気になります。私はどちらかというと落ち着いた感じの方が好きですね」
「へえ、じゃあそうしとくか。次にある美しさ補正って項目は?」
「それは文字通り美しさを決める補正ですね。目盛りをプラスの方向に振るとそれだけキレイに、マイナスに振るとその逆になります」
「なるほど、デジタルカメラの解像度みたいな奴か」
「まあ、確かに似てるとも言えなくはないですね。値段的にはどんなにキレイにしても同じ金額ですからプラスの方向に振っておくのが良いと思いますけど、あんまり高く設定しずぎると撮った後が色々面倒かもしれません」
「確かに解像度が高いとその分容量が大きくなって携帯へのデータ転送とかには向かなくなるもんな。ここはそこそこキレイなレベルで止めておくか」
「分かりました。それじゃあ後は設定終了のボタンを押して……はい、これで準備完了です」
「よし、じゃあポーズは俺の肩にしなだれかかるような感じにしてもらってニッコリピースサインということで」
「はい、それじゃあこういう感じで良いですね♪」
  私は彼の注文に内心げんなりとしながらも、外面的にはそのような感情などおくびにも出さずに彼が望んだ通りのポーズを取る。まあ、この撮影が終わった後はずっと私のターンになるんだから、今だけは彼に良い思いをさせておくのも悪くはないだろう。
「はい、それじゃあカメラの方に視線を向けて下さいね♪」
  私がそう彼に告げてから数秒後、撮影スペースに電子的なシャッター音が鳴り響いた。続けてスカートのポケットに入れた携帯電話が着信メロディーを奏でる。先程操作していた時に撮影したデータが私の携帯に転送されるよう設定しておいたのだ。ポケットから携帯を取り出しその画像を確認した私は、こみ上げる笑いを堪えながら隣に立つカレに携帯の画面を見せつける。
「はい、どう? すごくキレイに撮れてるでしょ?」
「えっ……うそ……、何ですか、これ……?」
  私の差し出した携帯の画面を見たカレは、予想通り可愛らしい声を漏らしながらその顔に困惑の表情を浮かべた。まあ、それもそうだろう。私の見せた画像には、本来写っているはずの物とはまったくイメージの異なる物が写りこんでいるのだから。メイド服を身に纏ってカメラに向かってピースをする私。だが、その隣に当然あるべき男の姿はどこにも写っておらず、代わりにそこには恥ずかしそうに顔を赤らめながら小さくピースサインを作るおとなしそうな黒髪のロングヘアーの少女が写っていたのだ。
「何言ってんの。どこからどう見ても私と“アナタ”の写真じゃない」
  先程まで“彼”に使っていた営業用口調から地の口調へと戻った私は、“カレ”に向かってわざと呆れたような表情を作りながらそう告げる。その言葉を聞いた“カレ”は、まるで自分の姿を確認するように視線を落とし、そこで固まってしまったかのように動きを止めると目を白黒させた。そう、今の“カレ”は写真に写っている少女と寸分違わぬ美少女へとその姿を変えてしまっていたのだ。落ち着いた雰囲気の白いセーターと茶色のロングスカートという出で立ちの美少女。全体的におとなしそうな印象の中で、厚手のセーターの上からでもはっきりと分かる大きな二つの膨らみが強烈な自己主張をしている。その体に以前の“彼”のイメージはどこにも見あたらない。
「わ、わたし、どうして……こんな……女の子に…………それとも……これが本当のわたし……なの……?」
  完全に混乱状態に陥った“カレ”は、事情を知らない者が聞いたらまったく理解できないような言葉を漏らしながら、両手で頭を押さえつけている。恐らく今、“カレ”の頭の中では少女として生きてきた記憶が急速に形成されているのだろう。“彼”を女性へと変えた力は単に肉体を変化させるだけに留まらず、人格や記憶……最終的にはその存在その物を“カレ”が“元々そうした少女だった”ということに作りかえてしまう。変化する前の事を覚えていることができるのは、変化した本人……少女としての記憶が作られても元の記憶が消去される訳ではない……と、変化した人物と一緒にプリクラのカメラに収まった者だけ。そう、“彼”が少女へと変わってしまったのは、全て目の前にあるこの機械のせいなのだ。
  この機械は普通に使う分には他の機種と代わり映えのしないただのプリクラなのだが、裏モードを起動すると信じられないような機能が追加される。通常、カメラ写り等の補正はカメラや画像に調整を加えて行うものだが、この機械の裏モードで補正をした場合、機械はカメラや画像ではなく直接被写体の方を補正の内容の通りに一瞬にして作りかえてしまうのだ。どういった原理でそんなことができるのかはさっぱり分からないけど、カメラのシャッターが切られた瞬間、被写体は事前に自分が入力した通りの容姿へと瞬時に変貌してしまうのである。そして、もう一つ重要なのがこの裏モードの“あなたも美人! 少女のための簡単補正モード”というタイトル。つまり、この裏モードは元々少女のためのもの……言い換えるなら女の子しか使わないという前提の元に作られたモードなのだ。そのためか、このモードを使用した者は、元がどのような者であったとしても撮影後は例外なく少女へと強制的に作りかえられてしまう。例え撮影前にどのような補正を入力したとしても、撮影後の姿は自分の入力した補正を加味した少女の姿になってしまうのだ。
  ちなみに“彼”が撮影前に行った補正が本当はどのようなものだったのかというと、まず、最初のバストアップ補正が文字通りバストサイズのアップ補正。数値を大きくすればするほど、胸が大きくなる仕組みになっている。“彼”はだいぶ大きな数値を入力していたため、撮影後は厚手の服を着ても隠すことができないくらいの巨乳少女になってしまったのだ。次のイメージ補正は少女の全体的な雰囲気を決定する補正。プラスに振れば振るほど派手でイケイケなコギャル風に、逆にマイナスに振るとおしとやかで清楚な感じの少女へと変わっていく。最後の美しさ補正はそのまんま見た目の美しさを決める補正である。プラスにすればするほど美少女になるわけだが、ここであまり高く数値を設定しすぎると、被写体はまさしく“絶世の美女”へと変わってしまう。そうなると後が大変だ。常に男の視線がまとわりついてくるし、ナンパや性犯罪紛いの行為に巻き込まれる確率も格段に上昇する。私が“彼”に数値を高く振りすぎると後が面倒だと言ったのは本当はそういう意味なのだ。まあ、それだけでなく“彼”は私の説明に対して色々と思い違いをしていたみたいだったけど。ワザと“彼”が勘違いするような説明の仕方を私がしてたのも事実だけどね。
  さてと、これでとりあえずナンパ男は“いなくなった”訳だけど、残ったこの子はどうしようかな。これまでの経験からすると“カレ”の“女の子としての記憶”では、私と“カレ”とは学校のクラスメートか部活の先輩後輩といった間柄になっているはず。忙しいからここでサヨナラって手も使えるだろうけど、それだとこれまで私が受けてきた精神的苦痛を考えればちょっと物足りないような気もする。ここはやっぱりこれまでと同じやり方でもう少し楽しませてもらおうかな。
  私は未だに頭を抱えて何やらブツブツ呟いている“カレ”の後ろへと静かに回り込むと、彼女の背中に私の胸を押しつけるようにしながら両手を前へと回し、その立派な乳房をおもむろに揉みしだいた。
「きっ、きゃあ!?」
  突然の刺激に反射的に裏返った声をあげる“カレ”。
「う〜ん、やっぱりアナタの胸って大きいわねえ。ちょっと嫉妬しちゃうかも」
  私から逃れようと体をくねらせながらも丁寧な指の愛撫によって徐々に甘い吐息を漏らしはじめた“カレ”の耳元に私はそっと顔を近づけると、息を吹きかけるようにしながら語りかける。
「これだけ大きな胸なら、私の着ているメイド服もきっと似合うでしょうね」
「え……」
  その言葉にとまどったような声をあげる“カレ”に対し、私は顔に浮かんだにやけた笑みを見せないよう気をつけながら話を続ける。
「アナタ本当はこの服に憧れてるんでしょ。だからわざわざ学校帰りとかじゃなくて私がバイトをしている所を狙ってプリクラを一緒に撮ろうと誘ってきた。“そういう事になっている”んじゃない?」
「あ……いや、その……そう言われればた、確かにそう……かも知れません……」
  そう言って泳ぐような目をしながら顔を赤く染めていく“カレ”の表情を横目で眺めながら、私は“カレ”に優しく語りかけた。
「ねえ、もし何なら私から店長にアルバイトとして雇って貰えるようにお願いしてあげよっか。大丈夫。こうやって“知り合い”のつてでアルバイトとして採用されたってケースは結構あるんだから。実はね……私も本当はそのクチなんだ♪」



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